乳牛の乳房・乳頭組織におけるウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの増殖性状を解明

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2025-01-22 東京大学

  • ヒト型レセプターは泌乳牛の乳腺胞、乳腺槽、乳頭槽の各組織の上皮細胞表面に広く分布しているのに対して、鳥型レセプターは乳腺胞と乳頭槽の上皮細胞表面に分布していた。
  • 泌乳牛の乳房(乳腺)・乳頭組織におけるウシ由来高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスの増殖能は、ニワトリH5N1ウイルスやヒトの季節性インフルエンザウイルスよりも高かった。
  • 高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスは、病原体が比較的侵入し易い乳頭組織でよく増殖することがわかった。H5N1ウイルスは乳頭組織に感染、増殖し、その後乳腺組織内に侵入・増殖することで、乳房炎を発症することが示唆された。

乳牛の乳房・乳頭組織におけるウシ由来H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの増殖性状を解明
細胞で増殖した高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスの電子顕微鏡写真

発表内容

東京大学医科学研究所並びに国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センターの今井正樹客員教授/部長と、同センター並びに東京大学国際高等研究所 新世代感染症センターの河岡義裕センター長/機構長らの研究グループは、高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルス(注1)感染が引き起こす乳房炎発症メカニズムを解明することを目的として、泌乳牛の乳腺・乳頭組織におけるウシ由来H5N1ウイルスの増殖能をその他の動物種由来のH5N1ウイルスと比較しました。また、泌乳牛の乳腺・乳頭組織におけるインフルエンザウイルスの受容体(レセプター:注2)の分布を解析しました。

米国では、2024年の初頭以降、高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスが乳牛の間で流行しています。感染乳牛が発生した酪農場では、乳牛から乳牛への感染のみならず、酪農場従事者への感染も確認されており、その制御が喫緊の課題となっています。

H5N1ウイルスは、乳牛の乳房(乳腺)組織に感染して、乳房炎を引き起こすことが明らかにされています。しかし、ウシ由来のH5N1ウイルスのみが乳腺組織に特異的に感染して増殖するのか、その詳細は明らかにされていませんでした。

インフルエンザウイルスが宿主に感染するためには、宿主細胞の表面にあるレセプターに結合することが必要です。本研究グループが乳腺胞、乳管、乳腺槽、乳頭槽(図1)の各組織におけるウイルスレセプターの分布を調べたところ、ヒトの季節性インフルエンザウイルスが認識するレセプター(ヒト型レセプター)は、乳腺胞、乳管、乳腺槽、乳頭槽の各組織の上皮細胞表面に広く分布していることがわかりました(表1)。一方、鳥のインフルエンザウイルスが認識するレセプター(鳥型レセプター)は、乳腺胞、乳管、乳頭槽の上皮細胞表面に分布していました。

続いて、泌乳牛の乳腺胞、乳腺槽、乳頭槽の各組織におけるウシ由来H5N1ウイルスの増殖能をニワトリから分離されたH5N1ウイルスとヒトの季節性ウイルスと比較しました。泌乳牛の乳房(乳腺)・乳頭における牛由来H5N1ウイルスの増殖能は、どの組織においてもニワトリH5N1ウイルスやヒト季節性ウイルスと比べて高いことがわかりました(図2)。興味深いことに、ニワトリH5N1ウイルスも乳腺槽、乳頭槽で良く増殖することがわかりました。このことは、他の動物種由来のH5N1ウイルスも乳牛で流行を引き起こすことを示唆しています。

本研究により乳牛の乳腺・乳頭上皮には、ヒト型レセプターが広く存在することが示されました。ウシ由来のH5N1ウイルスは鳥型とヒト型レセプターの両方に結合することが明らかにされています。H5N1ウイルスが乳牛の乳腺・乳頭に繰り返し感染することで、ヒト型レセプターのみを特異的に認識する変異株が出現する可能性があります。

H5N1ウイルスは、病原体が比較的侵入し易い乳頭での増殖能が高いことが明らかになりました。乳頭口から侵入したH5N1ウイルスは乳頭組織に感染、増殖し、その後乳腺組織内に侵入・増殖することで、乳房炎を発症することが示唆されました。

本研究を通して得られた成果は、高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスを起因とするパンデミックの出現予測やその感染拡大阻止に役立つ情報となります。

本研究は、1月15日に英国科学誌「Emerging Microbes & Infections」(オンライン版)にて公表されました。

発表者・研究者等情報

国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センター
今井 正樹 部長
兼:東京大学医科学研究所 客員教授

東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕 特任教授/機構長
兼:国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センター長
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授

研究助成

本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、米国ウィスコンシン大学が共同で実施し、日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症研究基盤創生事業(中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)および SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学国際高等研究所新世代感染症センター))の一環として行われました。

用語解説

注1)インフルエンザウイルス
A型、B型、C型、D型と4種類に分かれるインフルエンザウイルスの中で、過去に何度か世界的大流行(パンデミック)を起こしてきたA型インフルエンザウイルスは、ウイルス表面にある2つの糖蛋白質、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性の違いにより、さらに細かく亜型が分類されている。現在までに、HAでは19種類(H1からH19)、NAでは11種類(N1からN11)の亜型が報告されている。H5N1というのは、H5亜型、N1亜型に分類されるA型インフルエンザウイルスのこと。

鳥インフルエンザはA型インフルエンザウイルスを原因として起こる鳥の病気である。鳥インフルエンザウイルスは家禽に対する病原性を指標に、低病原性と高病原性の2つのカテゴリーに分類される。低病原性鳥ウイルスに感染した家禽は無症状か軽い呼吸器症状、下痢、産卵率の低下を示す程度であるが、高病原性鳥ウイルスでは重篤な急性の全身症状を呈して、ほぼ100%の家禽が死亡する。

注2)受容体(レセプター)
一般に、外界からの刺激や情報を受け取るための細胞表面にある分子、またはその複合体のことをいう。インフルエンザウイルスは、レセプターとして細胞表面にあるシアル酸と結合する。

論文情報

Masaki Imai, Hiroshi Ueki, Mutsumi Ito, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Maki Kiso, Asim Biswas, Sanja Trifkovic, Nigel Cook, Peter J. Halfmann, Gabriele Neumann, Amie J. Eisfeld, and Yoshihiro Kawaoka, “Highly pathogenic avian H5N1 influenza A virus replication in ex vivo cultures of bovine mammary gland and teat tissues,” Emerging Microbes & Infections: 2025年1月15日, doi:10.1080/22221751.2025.2450029.
論文へのリンク (掲載誌)

お問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕(かわおか よしひろ) 特任教授/機構長
兼:
国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センター長
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授

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