2025-01-24 医薬基盤・健康・栄養研究所
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市、理事長:中村祐輔) 難病・免疫ゲノム研究センター プレシジョン免疫プロジェクト 山本拓也センター長、野木森拓人研究員らの研究グループは、ボルドー大学を中心とする共同研究で、COVID-19重症化メカニズムを解明しました。
これまでの研究について
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染は、パンデミック初期において、感染者の最大5%が重症化し、それに伴って高い致死率を呈しました。SARS-CoV-2が重症化する際の特徴の一つとして、体内で強い炎症反応が起こることが挙げられます。この炎症は「サイトカインストーム」と呼ばれる現象として知られ、体内のウイルス量が非常に多くなる等、ウイルスがなかなか排除されない場合に発生します。この現象がさらに病状を悪化させ、生命を脅かすことがあります。
感染初期にウイルスの増殖を防ぐためには、中和抗体が重要な役割を果たしますが、病気の進行を抑えるためにはT細胞と呼ばれる免疫細胞が欠かせません。特に、ウイルスに感染した細胞を除去する、いわゆるキラーT細胞を含む抗原特異的CD8+ T細胞は、SARS-CoV-2と戦う上で中心的な役割を果たしています。
今回の研究では、フランスと日本でパンデミック初期に感染したワクチン未接種の患者の免疫応答を詳細に調査しました。
研究成果のポイント
重症患者では、SARS-CoV-2感染細胞の除去に関わる抗原特異的CD8+ T細胞の頻度及び感染細胞を攻撃する因子の発現頻度がともに低く、これが重症化に関与していることが示唆されました。
抗原特異的CD8+ T細胞の頻度は、特定の病原体や抗原と接触していない未熟なCD8+ T細胞(ナイーブCD8+ T細胞)の絶対数と正に相関していました。
重症患者では血中の炎症性サイトカインIL-18が高く、これが抗原特異的CD8+ T細胞の誘導を抑制することが示されました。
⇒高齢者では、ナイーブCD8+ T細胞は、加齢とともにその数が減少し、機能も低下することが知られています。そのため、急性COVID-19のような強い炎症反応を伴う感染症においては、IL-18等の炎症性サイトカインの作用と相まって、感染細胞の除去に関わる抗原特異的CD8+ T細胞が誘導されにくくなっていることが、高齢者が重症化しやすい理由だと考えられます。
本研究の成果は、今後のパンデミック対策や高齢者を対象としたワクチン設計等の免疫学的アプローチの再評価と、炎症制御を含む新たな治療戦略の開発に向けた一歩となることが期待されます。
本研究成果は2025年1月24日、JCI insight誌にて公開されます。
研究の背景と意義
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染は、特に高齢者に深刻な影響を与え、多くの人が重症化したり、命を落としたりするリスクが高いことが知られています。感染拡大の初期から、高齢者がなぜ重症化しやすいのかについて多くの研究が行われてきましたが、その仕組みを完全に理解するには至っておらず、高齢者に特化した効果的なワクチンや治療法を開発する上での課題となっています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化の特徴の一つは、体内で強い炎症反応が起こることです。この炎症は「サイトカインストーム」と呼ばれる現象として知られ、体内のウイルス量が非常に多くなる等、ウイルスがなかなか排除されない場合に発生します。この現象がさらに病状を悪化させ、生命を脅かすことがあります。感染初期にウイルスの増殖を防ぐためには、中和抗体が重要な役割を果たしますが、病気の進行を抑えるためにはT細胞と呼ばれる免疫細胞が欠かせません。特に、ウイルスに感染した細胞を直接攻撃する抗原特異的CD8+ T細胞は、SARS-CoV-2と戦う上で中心的な役割を果たしています。
しかし、感染者の中には、このようなT細胞の応答が十分に機能しない人もおり、特に高齢者でその傾向が顕著です。本研究では、フランスと日本でワクチン未接種のSARS-CoV-2パンデミック初期に感染した患者の免疫応答を詳細に調査しました。
本研究の内容
本研究では、フランスと日本のCOVID-19患者を対象に、ウイルスに特異的な抗体や免疫細胞の働きを分析し、年齢や疾患の重症度、炎症との関係を明らかにしました。
調査の結果、COVID-19軽症患者では重症患者に比べてSARS-CoV-2抗原特異的CD8+ T細胞の頻度が高く、これらの細胞が感染細胞を攻撃するために必要な分子(グランザイムA、グランザイムB、パーフォリン)を高頻度で発現していることがわかりました(図1)。これに対し、重症患者では抗原特異的CD8+ T細胞の量と質が低下していることが確認され、これが疾患の悪化に関与している可能性が示されました。
さらに、高齢者における免疫応答の弱まりを説明するため、抗原特異的CD8+ T細胞の前駆細胞であるナイーブCD8+ T細胞に注目しました。これらの細胞は、加齢とともにその数が減少し、機能も低下することが知られています。ナイーブCD8+ T細胞の絶対数は抗原特異的CD8+ T細胞の頻度と正に相関していました。これらのデータは、高齢者では、ナイーブCD8+ T細胞数の低下が、COVID-19の急性期における抗原特異的CD8+ T細胞反応の誘導を制限していることを示唆しています。
次に、患者の血液中に含まれる炎症性物質(炎症性サイトカイン)を測定したところ、特に重症患者ではIL-18やHGFといった物質が高濃度で存在していることがわかりました。これらの物質のうち、細胞実験では、IL-18が抗原特異的CD8+ T細胞の増殖や細胞傷害能を直接的に妨げることが確認され、IL-18が疾患重症化の鍵となる因子であることが強く示唆されました (図2)。
本研究は、高齢者や重症患者がなぜCOVID-19で免疫応答を弱めやすいのかを説明するとともに、新しい治療法の開発に向けた重要な知見を提供しています。特に、IL-18を抑制する治療が、重症化を防ぐだけでなく、ウイルスの完全排除や長期的な後遺症の改善にもつながる可能性があります。
研究支援
本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業における研究開発課題「免疫学的リンパ組織解析に基づくHIV感染症治癒戦略の構築」(21fk0410040h0001)での支援を受けました。
論文情報
論文タイトル : Ageing and inflammation combine to limit the induction of SARS-CoV-2- specific CD8+ T cell responses in severe COVID-19
著者 :Gaëlle Autaa, Laura Papagno§, Takuto Nogimori§, Andrea Boizard Moracchini, Daniil Korenkov, Maeva Roy, Koichiro Suzuki, Yuji Masuta, Eoghann White, Sian Llewellyn- Lacey, Yasuo Yoshioka, Francesco Nicoli, David A. Price, Julie Dechanet-Merville, Takuya Yamamoto*, Isabelle Pellegrin and Victor Appay*
(§ 同等の貢献を行った著者 |* 責任著者)
掲載雑誌 : JCI insight
用語解説
キラーT細胞:
細胞傷害性T細胞とも呼ばれ、ナイーブCD8+ T細胞が、ウイルス等の異物(抗原)に反応して誘導される。抗原特異的に、ウイルス感染した細胞、がん細胞等、生体に危害を与える細胞の除去に関わっている。
ナイーブCD8+ T細胞:
まだ抗原刺激を受けていないキラーT細胞であり、細胞傷害活性を持たない。これらの細胞は、まだ特定の異物(抗原)と接触していない未熟な状態にあり、新しい感染等に対応する能力を持っている。
炎症性サイトカイン:
免疫細胞が分泌するタンパク質で、炎症を引き起こしたり調整したりする役割を持つ物質。体が感染や損傷に対処する際、免疫細胞を活性化して炎症反応を促進することで、病原体の排除や損傷部位の修復を助ける。ただし、過剰に働くと体に害を与えることがある。
お問い合わせ先
<研究に関すること>
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 (NIBIOHN)
難病・免疫ゲノム研究センター プレシジョン免疫プロジェクト
センター長 山本 拓也
<報道に関すること>
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 戦略企画部 広報チーム