難治性前立腺がんをアルファ線で攻撃 ~阪大発の治療薬を用いた医師主導治験の準備を開始~

ad

2022-11-14 大阪大学

2022年11月8日
掲載誌 European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging

図1. アスタチン標識PSMAリガンド(211At-PSMA5)を用いた標的アルファ線治療

研究成果のポイント
  • 前立腺がんは国内(男性)で最も罹患率の高いがんであり、世界的に増加傾向
  • 前立腺特異的膜抗原(PSMA)を標的とした、新たな放射性リガンドを大阪大学で開発
  • 体内で治療効果の高いアルファ線を放出し、全身の多発転移に対する治療が可能
  • AMED橋渡し研究の支援を受けて、難治性前立腺がんに対する医師主導治験の準備を開始
概要

大阪大学大学院医学系研究科 核医学の渡部 直史 助教ら放射線科学基盤機構(機構長 富山憲幸)の研究チームは、前立腺がんに発現する前立腺特異的膜抗原(PSMA : Prostate Specific Membrane Antigen)※1を標的とした新たなアルファ線※2治療に用いるアスタチン標識PSMAリガンド([At-211]PSMA5) ※3の開発に成功しました(図1)。

今回、開発したα線治療用リガンドを前立腺がんのモデルマウスに静脈内投与したところ、腫瘍に高い集積を示し、単回投与で腫瘍の退縮効果が長期間持続することが確認されました。前立腺がんは世界的に増加傾向にあり、国内では男性で新規罹患数の最も多いがんとなっています(国内新規患者数94,748人/年*)。手術後の再発病変に対してはホルモン療法※4が実施されますが、ホルモン療法抵抗性で多発転移を伴う場合は、有効な治療法が限られます。一方、PSMAの発現はホルモン療法抵抗性前立腺がんでも保たれていることが多く、全身に多発転移を認める場合でも治療効果が期待できます。

本シーズは日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究(シーズF)※5に採択され、放射線科学基盤機構の研究チーム(兼田加珠子 教授、白神宜史 特任准教授(常勤)ら)と共に治験開始までに必要な非臨床試験を進めています。今後、研究分担者(泌尿器科 野々村祝夫 教授、波多野浩士 講師、薬剤部 仲定宏 薬剤師ら)と共に医師主導治験の準備を進め、2024年度の治験開始を目指しています。

*出典:国立がん研究センターがん情報サービス(2019年の診断数)

研究の背景

近年、狙った標的に結合する化合物に、標識する核種を変えることで、がんの診断から治療まで一貫して実施するセラノスティクス(Theranostics)※6が注目を集めています。前立腺特異的膜抗原(PSMA : Prostate Specific Membrane Antigen)※1はPETを用いた画像診断から核医学治療まで展開できるセラノスティクスの有望な標的として注目されています。

大阪大学では、これまで独デュッセルドルフ大学(Frederik Giesel教授ら)との共同研究によって、PSMAを標的としたPET画像診断※7の臨床研究を実施してきました(図2)。また国外ではβ線核種※8のルテチウム(Lu-177)を用いたPSMA治療が注目されていますが、Lu-177は国内製造ができないことや、Lu-177治療抵抗性の患者がいることがわかっています。アスタチンは従来の放射線よりもエネルギーの高いα線を放出する核種であり、β線治療抵抗性であっても治療効果が期待できるだけでなく、加速器を用いた国内製造が可能です。理化学研究所では、重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」の加速器を用いて、本研究に必要とされるアスタチン原料を大量製造する技術開発を行い、大阪大学への安定供給を実現しました。

大阪大学では既にアスタチン化ナトリウムを用いた難治性甲状腺がんに対する医師主導治験※9が開始されていますが、国内で患者数が多く、アンメットニーズが強い難治性前立腺がんに対する有効な治療法の開発が強く求められていました。

本研究の成果

多くの前立腺がん細胞にはPSMAと呼ばれる膜タンパクが発現しています。今回、PSMAを標的とした新たな前立腺がんに対するアルファ線治療を目的として、複数のPSMAリガンドをアルファ線核種のアスタチン(At-211)で標識を行い、 [At-211]PSMA5の開発に成功しました。

本放射性リガンドを前立腺がんのモデルマウスに単回静脈内投与を行ったところ、腫瘍に高集積を呈すると共に、腫瘍の退縮効果が長期間持続することが確認されました。一方で投与後のマウスに大きな体重の変動はなく、腎臓などのリスク臓器にも大きな副作用は認められませんでした。

本シーズは日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究(シーズF)に採択され、医師主導治験の開始を目指して、治験までに必要な非臨床試験(拡張型単回投与毒性試験等)の実施準備を進めています。

またアカデミアとしての研究だけでなく、医薬品としての実用化に向けて、アスタチン創薬の大学発ベンチャーであるアルファフュージョン株式会社(藤岡直CEO、戸村裕一 研究開発部長)との強固な連携体制を構築し、共同研究講座(アスタチン創薬実用化共同研究部門)を通じて、共同開発を進めています。

これから2年後に医師主導治験を開始し、安全性と有効性を示すことで、本治療法が難治性前立腺がんの患者さんにとって、有効な治療選択肢となることを目指します。


図2. PSMAを標的としたコンパニオンPET画像:多発リンパ節転移(赤矢印)を伴うホルモン療法抵抗性前立腺がん
クリックで拡大表示します


図3. 前立腺がんモデルマウスにおける単回投与後の抗腫瘍効果(左)と
担癌モデルにおける体内分布(右):腫瘍への高集積(矢印)が確認できる
クリックで拡大表示します

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

多発転移を伴うホルモン療法抵抗性の患者さんには化学療法などが実施されますが、副作用が少なくありません。一方、核医学治療では重篤な副作用を認めることは稀であり、かつ飛程の短いアルファ線を用いた治療では専用の病室への入院が不要です。アスタチンは加速器を用いた国内製造が可能であり、製造拠点を整備することで、多くの患者さんに外来治療として実施できることが見込まれます。将来的には日本発の治療として、世界中で治療を必要としている前立腺がんの患者さんに用いられることが期待されます。

研究者のコメント

<渡部 直史 助教>
難治性甲状腺がんに対するアスタチン化ナトリウム注射液を用いた医師主導治験を実施する中で、何とかこの治療を他のがんにも展開できないかと考え、並行して研究を行ってきました。数多くの関係者の尽力により、2番目の治療薬候補として前立腺がんに対する本シーズの開発に成功し、医師主導治験開始までの道筋につなげることができました。アスタチン創薬はまだ黎明期であり、数多くの克服すべき課題がありますが、着実に前進しています。ゴール(医薬品としての承認)はまだしばらく先ですが、本シーズの治験開始の準備も進めつつ、他のがん種へのさらなる展開も目指したいと思います。

用語説明

※1 前立腺特異的膜抗原(PSMA : Prostate Specific Membrane Antigen)
前立腺がんの細胞表面に発現している膜タンパク。多くの前立腺がんで発現が認められ、ホルモン療法抵抗性の前立腺がんでは特に強い発現が認められる。

※2 アルファ線
近年、短い飛程でエネルギー(治療効果)の高い放射線として、治療利用が進んでいる。アルファ線を出す薬剤をがん病巣に選択的に集めることで、周囲の組織には影響を与えることなく、がんの治療が可能。

※3 アスタチン標識PSMAリガンド([At-211]PSMA5)
アルファ線放出核種のアスタチンで標識されたPSMAに結合する化合物を指す。アスタチン(At-211)は加速器を用いて、ビスマスにアルファビームを照射することで製造される。

※4 ホルモン療法
前立腺がんの増殖に関係している男性ホルモンの働きを抑えることによって、がんの増殖を抑える治療法。

※5 日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究(シーズF)
大学発の有望な研究シーズを実用化担当企業への橋渡しを目的として、AMEDが実施する「橋渡し研究プログラム」の中で、治験開始を目指す研究課題を支援する産学協働事業。

※6 セラノスティクス(Theranostics)
治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を一体化した新しい医療技術を指す。

※7 PET画像診断
PET(Positron Emission Tomography)検査は陽電子放出断層撮影法と呼ばれ、がんの病期診断や再発診断に用いられる。

※8 β線核種
原子核から電子(β線)を放出する核種を指す。代表的なβ線治療として、放射性ヨウ素(I-131)を用いた甲状腺がん治療が保険診療で実施されている。

※9 アスタチン化ナトリウムを用いた難治性甲状腺がんに対する医師主導治験
甲状腺がんがアスタチンを取り込む性質を利用して大阪大学医学部附属病院で実施されている第1相医師主導治験のことを指す。国内で最初に開始されたアスタチンの治験である。

特記事項

本研究成果は、2022年11月8日(火)午後3時(日本時間)に科学誌「European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging」(オンライン)で掲載されました。

【タイトル】
“Targeted α-therapy using astatine (211At)-labeled PSMA1,5,and 6: a preclinical evaluation as a novel compound”

【著者名】
渡部直史1,2*,兼田加珠子2,3, 白神宜史2, 角永悠一郎1,2, 大江一弘1,2, 王洋4, 羽場宏光4, 豊嶋厚史2, Jens Cardinale5, Frederik L. Giesel5, 富山憲幸2,6, 深瀬浩一2,7. (*責任著者)

【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 核医学
  2. 大阪大学 放射線科学基盤機構
  3. 大阪大学 大学院理学研究科附属 フォアフロント研究センター 医理核連携教育研究プロジェクト
  4. 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
  5. 独デュッセルドルフ大学 核医学科
  6. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線医学
  7. 大阪大学 大学院理学研究科 化学専攻

【DOI番号】10.1007/s00259-022-06016-z

本研究は、科学技術振興機構(JST)産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA QiSS)(課題5代表者:深瀬浩一 教授)の一環として開発が進められました。また本シーズは大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部の橋渡し拠点(田中友希夫 プロジェクトマネージャー)の支援を得て、2022-2026年度日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究(シーズF)に採択されました。
本研究におけるアスタチン原料は、理化学研究所 仁科加速器科学研究センター(センター長:櫻井博儀)の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」のAVFサイクロトロンを用いて大量製造を行いました(製造担当:羽場宏光 チームリーダー、王洋 特別研究員)。さらに、豊嶋厚史 教授(放射線科学基盤機構)の下で、短寿命RI供給プラットフォームより提供されました。
大阪大学では今後の多施設共同治験の実施に向けて、経済産業省「地域の中核大学の産学融合拠点の整備」 に係る補助事業(Jイノプラ)にアルファフュージョン社と共に採択され、大阪大学核物理研究センターにおいて、大規模なアスタチンの製造拠点の建設が開始されています(研究代表者:中野貴志センター長)。

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました