コモン・マーモセットの大脳皮質運動野を光刺激することで腕の運動を誘発することに成功

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2019-10-23   東京大学

1. 発表者:
松崎 政紀(東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻 教授)
/理化学研究所脳神経科学研究センター脳機能動態学連携研究チーム チームリーダー)
蝦名 鉄平(東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻 助教)

2.発表のポイント:
◆霊長類コモン・マーモセットの大脳皮質運動野を光刺激して、腕の運動を誘発することに成功しました。
◆マーモセットの大脳皮質運動野では、異なった腕の動作が別々の領域で表現されている事がわかりました。
◆光刺激による非侵襲的な運動野の機能マッピングが可能になったことで、運動学習や運動障害のリハビリの過程で起こる脳の運動機能の変化を長期的に計測し、解析することができるようになります。

3.発表概要:
 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻生理学講座細胞分子生理学分野の松崎政紀教授(理化学研究所脳神経科学研究センター脳機能動態学連携研究チーム チームリーダー)、蝦名鉄平助教、自治医科大学分子病態治療研究センター遺伝子治療研究部の水上浩明教授、自然科学研究機構生理学研究所生体システム研究部門の南部篤教授、理化学研究所脳神経科学研究センター高次脳機能分子解析チームの山森哲雄チームリーダーらの研究チームは、霊長類コモン・マーモセット(注 1)大脳皮質運動野の神経活動を光遺伝学(注 2)の技術で操作(光刺激)することによって腕の運動を誘発できる事、また運動関連領域を網羅的に光刺激することで、異なった方向への腕の動きが運動野の中の別々の領域で表現されている事を明らかにしました。
マーモセットはヒトと似た生物学的な特徴を持っており、遺伝子改変動物を含む疾患モデルの開発が進められています。今回開発した技術によって、運動学習やリハビリの過程で起こる健常脳の機能再編や、パーキンソン病などの運動失調の異常機構への理解が進み、運動失調をもたらす精神・神経疾患に対する新たな治療方法の開発が期待できます。
本研究は、日本医療研究開発機構『革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト』の一環として行われました。本研究の成果は Proceedings of National Academy of Sciences of the United States of America 誌に掲載されます。

4.発表内容:
ヒトが持つ高次脳機能の基盤メカニズムを解明し、精神・神経疾患を克服するためには、ヒトが属する霊長類の脳をターゲットとした研究が不可欠です。2014 年に日本で開始された「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(略称:革新脳プロジェクト、ホームページ:http://brainminds.jp/)」は新世界ザルであるコモン・マーモセットをモデル動物として、霊長類の高度に発達した脳の神経ネットワークの全容を細胞レベルで理解することを目標としています。同プロジェクトは、米国の BRAIN Initiative、EU の The Human Brain Project などとともに、現在世界的に推進されている脳機能の統合的理解を目指す試みの中の一つに位置づけられます。
大脳皮質の運動野は、手や足などを動かすために必要な脳の領域で、各体部位の動きは運動野の中の別々の領域でコントロールされています。そのため、運動野の特定の領域の神経活動を上昇させると、その領域に対応する体部位の運動を誘発することができます。脳の神経活動を制御するための方法として、最近では光遺伝学を利用する研究が増えてきています。この方法は、これまでに広く用いられてきた電気生理学的な方法と比較して、標的の神経細胞のみの神経活動を特異的に、かつ、高い空間分解能で制御することができます。そのため、さまざまな生物種で知覚・認知・運動に関連する神経活動の解明に大きく貢献しています。しかしこれまでの 10 年間、霊長類脳の運動関連領域の活動を光刺激して手や足の動作を誘発することは世界的に成功しておらず、光遺伝学によって運動野の機能を解明しようとする研究はほとんどありませんでした。
そこで本研究では、光遺伝学的に霊長類大脳皮質運動野の機能を非侵襲的かつ網羅的に解析するための技術開発を目指しました。本研究では研究グループが 2015 年に発表した、導入遺伝子の発現を増幅させる方法(Tet 発現誘導法、注 3)を利用して、青色光の高頻度照射によって神経活動を上昇させる事ができる光活性化タンパク質(チャネルロドプシン 2、ChR2)を、マーモセットの大脳皮質運動野に発現させました。次に、マーモセットの大脳皮質運動野の上部に非侵襲的に光ファイバーを設置して光刺激することで、腕の運動が誘発されることを確認しました(図1)。
次に、大脳皮質運動野を小区画に分割して、それぞれの区画を光刺激しました。光刺激で誘発された運動について手の軌道を解析してみると、中央の区画では手が体の中心から外側に向かって上後方に、その両端の区画では下前方に移動していました(図2)。また、同様に肘の軌道を解析してみると、中央より左側の区画では肘を後方に引く軌道になっていたのに対して右側の区画では肘を前に押し出す軌道になっていました。また、腕を使った運動課題をマーモセットに行わせているときに運動野を、通常は腕運動を誘発できない微弱な光刺激で操作すると、強い光刺激で誘発される腕運動と同じ向きに腕を動かす事がわかりました。これらの結果から、マーモセットの運動野ではさまざまな向きの腕の動きが別々の領域でコントロールされていて、それぞれが協調的に機能することで複雑な腕の運動が形成されている可能性が示唆されました。
マーモセットはヒトと共通性を持った高度に発達した脳を持っています。また、ヒトと類似した生理学的、解剖学的な特徴や薬物代謝を持っています。日本は、次世代まで導入遺伝子が受け継がれる遺伝子改変マーモセットの作製に世界で初めて成功しており、現在、精神・神経疾患モデルの作製が進められています。本研究では光遺伝学の技術によってマーモセットの運動野機能を非侵襲的にマッピングするための方法を開発し、光刺激によって実際に、運動野の特定の領域がどのような腕の動きを支配しているかを調べる事に成功しました。これまでに本グループは、マーモセットでの脳活動を単一細胞レベルでイメージングする技術と、複雑な運動機能を評価するための腕運動課題を開発してきました。今回開発した技術を加えることで、運動失調を示す疾患モデルマーモセットでの運動野活動と行動の関連性と因果性を調べることができます。これらの開発によって、特に脳神経損傷後のリハビリにおける運動野機能や、パーキンソン病などにおける運動失調の理解が大きく進展し、精神・神経疾患の運動失調に対する新たな治療方法の開発が期待できます。

5.発表雑誌:
雑誌名:「Proceedings of National Academy of Sciences of the United States of America」 2019 年 10 月 22 日
論文タイトル:Arm movements induced by non-invasive optogenetic stimulation of the motor cortex in the common marmoset
著者:Teppei Ebina, Keitaro Obara, Akiya Watakabe, Yoshito Masamizu, Shin-Ichiro Terada, Ryota Matoba, Masafumi Takaji, Nobuhiko Hatanaka, Atsushi Nambu, Hiroaki Mizukami, Tetsuo Yamamori, and Masanori Matsuzaki* (*は責任著者)
DOI 番号:10.1073/pnas.1903445116
アブストラクト URL:https://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1903445116

6.注意事項:
日本時間 10 月 22 日(火・祝)午前 4 時(米国東部夏時間:21 日(月)午後 3 時)以前の公表は禁じられています。

7.問い合わせ先:
国立大学法人東京大学 大学院医学系研究科
機能生物学専攻 生理学講座 細胞分子生理学分野
教授 松崎 政紀(まつざき まさのり)

8.用語解説:
(注 1)コモン・マーモセット
広鼻猿類に属するサルで、南米に生息することから新世界ザルとも呼ばれる。小型で繁殖力が高く、飼育が容易なため、近年、生物医学における霊長類のモデル動物となってきている。

(注 2)光遺伝学
光の照射(光刺激)によって神経細胞の活動を変化させることができる光活性化タンパク質を神経細胞に導入して、光刺激による神経活動の操作を可能にする方法。

(注 3)Tet(テトラサイクリン)発現誘導法
テトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)という転写因子と、tTA が結合することで下流の遺伝子が発現されるテトラサイクリン応答因子(TRE)プロモーターという配列を組み合わせ、導入遺伝子の発現を調整する方法。tTA は抗生物質テトラサイクリン誘導体のドキシサイクリン(Dox)存在下で TRE に結合できなくなるため、Dox 投与によって導入遺伝子の発現調整が可能になる。また、Dox 非存在下で TRE 下流の導入遺伝子発現量が増幅することが知られており、本研究ではこの性質を利用して、ChR2 遺伝子の発現を増幅させている。

9.添付資料:


図1.光刺激による腕の運動の誘発
500 ms の光刺激によって誘発された手(赤)、肘(緑)、肩(水色)の運動軌道。光刺激の開始時点 -300 ms から +500 ms について、それぞれの体部位の位置を提示した。四角は-300 ms から +0 ms までのそれぞれの部位の平均位置、丸は+500 ms の時点での位置を示している。全ての試行(n = 12)で腕の運動がほぼ同じ軌道で誘発されている事がわかる。


図2.光刺激による大脳皮質運動関連領域の機能マッピング
コモン・マーモセットの体性感覚野、一次運動野、運動前野を含む領域(左図、4.2 mm x 8.2 mm; A、Anterior、前側; P、Posterior、後側)を複数の小領域(中央図、右図の灰色の四角、0.5 mm x 0.5 mm)に分割して光刺激した時に誘発された運動の向きと移動距離を矢印で示した。運動の向きは、小領域の色としても提示している。腕の運動はマーモセットの正面と横に CCD カメラを設置、撮影して解析した。刺激点に応じてさまざまな方向の手や肘の運動が観察された。

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