2025-02-07 国立長寿医療研究センター
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下、国立長寿医療研究センター)口腔疾患研究部の四釜洋介副部長を代表とする研究グループは、徳島大学・東京科学大学との共同研究で、加齢および糖尿病治療薬であるメトホルミンにより、唾液腺におけるACE2・TMPRSS2発現や、唾液可溶型ACE2・TMPRSS2タンパクレベルが変化することを動物実験により明らかにしました。これらのタンパクは新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス感染に関与することから、本研究の成果は、メトホルミンによる唾液腺タンパク発現制御が新たなウイルス感染予防・感染拡大予防法になり得ることを示しています。
この研究成果は、国際生化学・分子生物学連合が出版する国際専門誌「BioFactors」に2025年1月26日付でオンライン公開されました。
なお本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業および国立長寿医療研究センターの長寿医療研究開発費の支援のもとに実施されました。
研究の背景
ウイルスは様々な経路から体内に侵入しますが、侵入経路の1つが「くち(口腔)」です。また、飛沫・接触を介した伝播は唾液中のウイルスによるものです。唾液は唾液腺でつくられており、その有機成分として様々な種類の抗菌・抗ウイルス成分が含まれています。すなわち、唾液は感染予防および伝播の両方に重要な役割を担っていることになります(図1,2)。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症などのウイルス感染症による死亡や重症化のリスクは、年齢および肥満や糖尿病などの代謝異常と関連することが知られていますが、そのメカニズムは十分に解明されていません。本研究はその感染経路、すなわち唾液を介した飛沫・接触感染に着目し、ウイルス感染およびその伝播には「唾液の質」が重要であり、加齢・代謝異常がその「質」に影響を与え得るのではないかという作業仮説のもと、研究をおこないました。
研究の内容・成果
SARS-CoV-2スパイクタンパクが宿主細胞の受容体(ACE2)に結合し、タンパク質分解酵素であるTMPRSS2によりスパイクタンパクが活性化され、ウイルス外膜と細胞膜が融合することで感染が成立します(図3)。またACE2は、SARS-CoV-2スパイクタンパクとの結合ドメインを有するもの(fACE2)と、もたないものが存在することが知られていましたが、本研究により口腔粘膜と比較し、唾液腺にfACE2が強く発現していることが明らかになりました。また、野生型マウスにメトホルミンを投与すると、唾液腺でのfACE2発現が増加しました。TMPRSS2は唾液腺では活性型が発現しており、メトホルミンによりその発現が顕著に抑制されました。ACE2切断酵素であるADAM17(図4)発現もメトホルミンにより抑制され、これら発現変化に伴い唾液可溶型ACE2(sACE2)レベルは増加、可溶型TMPRSS2(sTMPRSS2)レベルは低下しました。
一方で、老齢マウス唾液腺では若齢マウスと比較し、fACE2発現は低下していましたが、TMPRSS2・ADAM17発現は増加しており、これら変化は唾液腺上皮細胞を生体外で複製老化させたモデルでも同様でした。唾液sACE2・sTMPRSS2レベルはともに増加しており、sACE2増加は唾液腺におけるADAM17発現増加に起因するものと考えられました(図5)。
今後の展望
唾液sACE2のSARS-CoV-2感染に対する中和活性やsTMPRSS2のプロテアーゼ活性などを詳細に解析し、「唾液の質」がウイルス感染に関与し、薬剤などによる「質」の制御法を明らかにすることで、新しい感染予防・拡大予防法の開発に役立つことが期待されます(図6)。
用語解説
※1 メトホルミン:古くから2型糖尿病治療薬として用いられている薬剤であり、近年その多面的作用が注目されています。
※2 ACE2:血圧上昇作用をもつアンジオテンシンⅡを分解し血圧を下げる酵素であるとともに、SARS-CoV-2が細胞へ感染するときの細胞表面受容体としても機能しています。
※3 TMPRSS2:細胞膜に存在するセリンプロテアーゼで SARS-CoV-2コロナウイルスSタンパク質は宿主細胞のACE2に結合後、TMPRSS2によるタンパク質分解され、このタンパク質による分解を受けないと膜融合することができないとされています。
※4 SARS-CoV-2スパイクタンパク(図7):遺伝情報であるウイルスゲノムはエンベロープとよばれる膜で囲まれており、この膜から突き出るように存在するのがスパイクタンパクです。一番外側に位置するため、感染する細胞と最初に接触することになります。ワクチン接種により体内で作られる抗体も、このスパイクと結合するように設計されています。
※5 ADAM17:Tumor necrosis factor-α (TNF-α) converting enzyme (TACE)としても知られており、TNF-αやACE2など膜結合型タンパクの切断酵素として機能しています。
原著論文情報
Yosuke Shikama, Kunihiro Otsuka, Yuka Shikama, Masae Furukawa, Naozumi Ishimaru, Kenji Matsushita. Involvement of metformin and aging in salivary expression of ACE2 and TMPRSS2. BioFactors. 2025 Jan-Feb;51(1):e2154. doi: 10.1002/biof.2154.
謝辞
本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。図はbioRenderを用い作成しました。
論文URL(BioFactorsのサイトへ移動します) [このリンクは別ウィンドウで開きます]
お問い合わせ先
研究に関すること
国立長寿医療研究センター ジェロサイエンス研究センター
口腔疾患研究部 副部長:四釜洋介
報道に関すること
国立長寿医療研究センター 情報発信室長:川嵜隆治