敗血症による死を抑える新たなメカニズムを解明

ad
ad

痛覚神経由来のReg3γペプチドが脳のキヌレニン経路を抑制し,神経細胞を保護する

2022-03-09 生理学研究所

内容

敗血症 (注1) は発症すると3割が絶命する重篤な疾患であり,地球全体では3秒に1人が敗血症で死亡していると言われています。その死因は,グラム陰性菌成分のエンドトキシンなどが引き起こす過剰な炎症によるものと一般に考えられていますが,炎症を抑える分子標的薬やステロイドによる救命効果が限定的であることから,炎症反応を介さない新しい疾患概念の提唱が求められています。

今回, 丸山特任准教授らの研究グループは,遺伝学的に全身の痛覚神経を欠損させた無痛覚神経マウスが,野生型マウスと同程度の炎症応答を示すにもかかわらず,エンドトキシンに対してきわめて脆弱であることを発見しました。無痛覚神経マウスは,エンドトキシン投与後に痙攣を伴いながら死亡したため,中枢神経の異常が死因である可能性が考えられました。そこで脳のFDG-PET (注2) とメタボロ―ム解析 (注3) を実施したところ,脳全域にわたるFDGの集積障害と解糖系 (注4)・TCAサイクル (注5) の減弱,ならびにキヌレニン経路 (注6) の過剰な活性化が観察されました。興味深いことに,エンドトキシンを投与した無痛覚神経マウスの脳ミクログリアでは,キヌレニン経路の律速酵素であるIDO1の発現が上昇すると同時に,キヌレニン経路の最終代謝産物で神経毒性を有するキノリン酸 (注7) が増加していました。そこで,キノリン酸の中和抗体またはIDO1阻害剤を髄注(脊髄と硬膜の間の空間に注入)したところ,無痛覚神経マウスのエンドトキシンに対する脆弱性が改善しました。以上より,野生型マウスでは, エンドトキシンで刺激された痛覚神経は,脳ミクログリアのIDO1の発現を抑制することで,エンドトキシンによる個体死を防いでいるものと考えられました。

では痛覚神経はどのようにして脳ミクログリアのキヌレニン経路を制御しているのでしょうか?エンドトキシンを投与したマウスの脊髄後根神経節における遺伝子発現を網羅的に調べたところ,野生型マウスと比較して無痛覚神経マウスではReg3γ(注8)と呼ばれる抗菌ペプチドの発現が特異的に消失していました。そこで,Reg3γをマウスに髄注したところ,無痛覚神経マウスのみならず,野生型マウスのエンドトキシン投与後の生存率をともに改善することができました。末梢で投与されたReg3γが脳血液関門を通過することも確認できたことから,エンドトキシンで刺激された痛覚神経はReg3γを産生し,これがホルモンとして脳ミクログリアに作用することでIDO1の発現が抑制され,エンドトキシンに対する耐性が成立するものと考えられました。

それではReg3γはどのように脳ミクログリアのIDO1を発現抑制しているのでしょうか?詳細な生化学的解析の結果,Reg3γはIDO1の抑制因子として知られるBin1を脳ミクログリアにおいて発現誘導することを見出しました。さらにExtl3の下流において,アダプタータンパク質Bcl10がBin1の発現誘導に必要なことも明らかにしました。つまり,Extl3→Bcl10→Bin1¬経路が IDO1の発現を抑制していることを解明しました(図1)。

丸山特任准教授は「IDO1の発現上昇に伴うキノリン酸の過剰産生によってもたらされる脳のエネルギー不足が,敗血症の真の死因かもしれない。エンドトキシンで刺激された痛覚神経は,Reg3γを産生することで脳ミクログリアのIDO1の発現を抑制し,敗血症の死亡率を低減させている可能性がある。敗血症を脳の代謝異常病として再定義し,感覚免疫学の観点から研究をすすめてゆくことで,敗血症の新しい治療につなげてゆきたい」と話しています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金,三菱財団,上原記念生命科学財団,中島記念国際交流財団,堀科学芸術振興財団,東京生化学研究会,アステラス病態代謝研究会,ブレインサイエンス振興財団,赤枝医学研究財団 (研究代表者:丸山健太) の助成を受けて行われました。

今回の発見

  1.   無痛覚神経マウスは,末梢組織の炎症状態が野生型マウスと同程度であるにもかかわらず,エンドトキシンの投与に対して脆弱である。
  2.   エンドトキシンを投与された無痛覚神経マウスの脳では,解糖系・TCAサイクルが減弱している一方で,キヌレニン経路が過剰に活性化している。
  3. キヌレニン経路の最終代謝産物であるキノリン酸の中和抗体の髄注は,無痛覚神経マウスのエンドトキシンに対する脆弱性を回復させる。
  4. エンドトキシンで刺激された痛覚神経はReg3γを産生することでエンドトキシンによる死を防ぐ。
  5. 痛覚神経由来のReg3γは脳に侵入し,脳ミクログリアのIDO1の発現を抑制することでキヌレニン経路の過剰な活性化を防ぐ。

図1

maruyama20220309.png

この研究の社会的意義

今回の知見は,エンドトキシンによってもたらされる敗血症死のより深い理解につながることが期待されます。

用語解説

注1 )  敗血症: 細菌感染などに対する免疫反応に起因した致死的な多臓器障害のこと。
注2)   FDG-PET: 18F-FDGを生体に投与すると,HK1などによってリン酸化を受けることで細胞内に蓄積してゆく(グルコース代謝がさかんな細胞ほどよく蓄積する)。蓄積したFDGをポジトロン断層法 (PET) で描画する方法を,FDG-PETと呼ぶ。
注3) メタボローム解析: 生体中に存在する様々な代謝物の量を,質量分析計を用いて網羅的に定量する方法。
注4) 解糖系: グルコースを酸素なしにピルビン酸にまで分解することで,エネルギーの共通通貨であるATPを産生するシステム。
注5) TCAサイクル: ミトコンドリアにある電子伝達系により,酸素を使いながら炭水化物やタンパク質などを水と二酸化炭素に分解し,エネルギーの共通通貨であるATPを産生するシステム。
注6) キヌレニン経路: アミノ酸の一種であるトリプトファンの代謝経路。代謝物の多くが神経系に作用することが知られる。
注7) キノリン酸: キヌレニン経路の主要生成物であり,NMDA受容体のアゴニストとして働くことで神経細胞の細胞呼吸を障害する。
注8) Reg3γ: 腸上皮で発現し,腸上皮から腸内細菌を遠ざける働きのある抗菌ペプチドの一種。

論文情報

Nociceptor-derived Reg3γprevents endotoxic death by targeting kynurenine pathway in microglia
Erika Sugisawa, Takeshi Kondo, Yutaro Kumagai, Hiroki Kato, Yasunori Takayama, Kayako Isohashi, Eku Shimosegawa, Naoki Takemura, Yoshinori Hayashi, Takuya Sasaki, Mikaël M. Martino, Makoto Tominaga, and *Kenta Maruyama *責任著者
Cell Reports(日本時間2022年3月 9日午前1 時掲載)

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体機能調節研究領域
特任准教授 丸山 健太 (マルヤマ ケンタ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

リリース元

自然科学研究機構 生理学研究所
北海道大学

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました