新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が院外心停止患者の予後に与えた間接的な負の効果

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2023-05-08 国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の片迫彩 心臓血管系集中治療科専門修練医、芳川裕亮 医学統計研究部上級研究員、尾形宗士郎 予防医学疫学情報部室長、田原良雄 心臓血管系集中治療科特任部長、西村邦宏 予防医学疫学情報部部長、野口輝夫 副院長らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症に対して発出された緊急事態宣言後に、院外心停止患者に対するAED(注1)使用率が急激に低下し、神経学的転帰(注2)も悪化したことを明らかにしました。さらに、この変化は緊急事態宣言が最初に発出された都府県において特に顕著であったことを報告しました。
この研究は、世界医学雑誌ランキング総合医学部門トップクラスであるThe LANCET誌の姉妹雑誌であるThe Lancet Regional Health – Western Pacific誌に2023年5月2日付で掲載されました。

■概要

2019年12月以降、新型コロナウイルス感染症の未曾有の流行によって、世界中で医療現場は大変な困難に直面しました。感染拡大当初は、新型コロナウイルス感染症による直接的な影響、つまり肺炎・急性心筋梗塞などによる死亡が注目されました。しかしながら徐々に、間接的な影響、すなわち感染を恐れるために、一般市民や救急隊による心停止の患者さんへの胸骨圧迫の実施に遅れが生じたり、患者さんが救急要請や病院受診を控えることによる予後の悪化が注目されるようになりました。(Lancet Public Health 2020; 5(8): e437-e43.)
本研究は、総務省消防庁によるウツタイン様式(注3)救急蘇生統計データを用いて、2020年4月7日に発出された新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が与えた間接的な影響を見た研究です。2017年から2020年の間に本邦で発生した全506,935例の院外心停止患者のうち、市民による目撃があり、AEDが使用されたもしくは救急隊到着時点で致死性不整脈が持続していた患者21,868例を解析対象としました。院外心停止30日後の神経学的転帰を主要評価項目、AED使用を副次評価項目とし、緊急事態宣言発出後の変化を評価するため分割時系列解析を実施しました。この結果、神経学的転帰およびAED使用の割合は緊急事態宣言発出後に有意に低下していることが示されました(良好な神経学的転帰 0.79倍、AED使用 0.60倍)。さらに、最初に緊急事態宣言が発出された都府県と発出されなかった都道府県のそれぞれで評価を行ったところ、前者において良好な神経学的転帰の割合低下が顕著でした(最初に緊急事態宣言が発出された都府県: 予測値の0.70倍 vs. 最初に緊急事態宣言が発出されなかった都道府県: 0.87倍、図上列の赤帯部分)。

■本研究の意義

他の先進国と比較して新型コロナウイルス感染症による死亡率が極めて低い日本においても、人々の行動および意識に変容を及ぼした緊急事態宣言は市民によるAED使用と神経学的転帰が良い患者の割合の低下を引き起こしていた可能性がありました。次の感染症パンデミックに備え、stay at homeの状態で家庭で発生する院外心停止を想定した、地域における心肺蘇生技術取得者の育成が必要です。

(注1) 「Automated External Defibrillator」の略語で、日本語では「自動体外式除細動器」と呼ばれ、近年は電車や公共施設などに設置されている高度管理医療機器である。

(注2) 心停止蘇生後の脳障害(後遺症)の内、介助なしに日常生活が行える程度まで回復した患者の割合。日本ではAEDの普及によって、本研究で解析した対象患者群では2017-2019年においては20-30%台で推移している。

(注3) 心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(30日後の生存率等)を記録するための調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際会議において提唱され、世界的に推奨されているもの。


実線:実際の推移、
点線:2017年から2019年の実際の発生数から分割時系列解析で得られた2020年の予測推移、
※:緊急事態宣言発出期間

【報道機関からの問い合わせ先】
国立循環器病研究センター企画経営部広報企画室

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