毛髪再生研究や育毛剤のスクリーニングへの応用に期待
2018-01-10 理化学研究所
要旨
理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能評価研究チームの田村泰久副チームリーダー、片岡洋祐チームリーダーらの研究チーム※は、毛包[1]の細胞を体外から観察するin vivo発光イメージング法[2]を確立し、生体ラットを用いた継続的な毛周期[3]モニタリングに成功しました。
毛髪は、毛包という小さな器官で産み出されます。成長した毛髪は最終的に脱落しますが、毛包幹細胞[1]や毛母細胞[1]の増殖・分化により新しい毛髪が再び産生されます。毛髪の再生と脱毛の繰り返しを「毛周期」と呼び、成長期、退行期、休止期の三つのステージに分けられます。各ステージでは毛包の形がダイナミックに変化しますが、これには毛包を構成する細胞群の細胞増殖および細胞死(アポトーシス[4])が関わることが分かっています。したがって、毛包を構成する細胞の数を皮膚の外から観察することができれば、生体内で起きている毛周期をモニタリングできると考えられます。しかし、これまで毛包細胞のin vivoイメージング法を用いた毛周期モニタリングに成功した例はありませんでした。
今回、研究チームは、毛包内で分裂活性を持つNG2細胞[5]に着目しました。観察の結果、毛包のNG2細胞数は、毛周期の各ステージで大きく変化することが分かりました。次に、遺伝子組換えによりNG2細胞が発光する遺伝子改変ラットを作製し、毛包NG2細胞のラット生体イメージング法を確立しました。このラットは、幼若期から成熟期個体における毛周期のモニタリングに応用できるだけでなく、老齢期において観察される毛周期の乱れや休止期の延長現象などの検出にも応用できることを実証しました。
今後このイメージング法は、毛髪の新生・再生に関する基礎研究や、発毛・育毛剤のスクリーニングに応用されると期待できます。
本研究は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』のオンライン版(1月10日付け)に掲載されます。
※研究チーム
理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
生命機能動的イメージング部門細胞機能評価研究チーム
副チームリーダー 田村 泰久(たむら やすひさ)
テクニカルスタッフ 高田 孔美(たかた くみ)
テクニカルスタッフ 江口 麻美(えぐち あさみ)
チームリーダー 片岡 洋祐(かたおか ようすけ)
背景
毛髪は、皮膚の中にある毛包から産み出されます。毛髪の再生と脱毛の繰り返しを「毛周期」と呼び、成長期、退行期、休止期の三つのステージに分けられます。毛周期の成長期では、毛包内に存在する毛包幹細胞や毛母細胞が分裂・増殖し、毛髪を産生します。退行期では、毛包を構成する毛母細胞などの一部が細胞死(アポトーシス)を起こし、毛包自体は小さくなっていきます。休止期は毛包が種々の活動(細胞分裂や細胞死)を休止します。このように、毛包は毛周期を通じてその形をダイナミックに変化させながら、毛髪を産生します。
毛周期は、生体内外のさまざまな因子によって制御されています。また、休止期が加齢に伴い延長するなど、生理的な条件にも影響されます。したがって、個体レベルで毛周期をモニタリングできれば、毛髪の新生・再生に関する基礎研究だけでなく、発毛・育毛剤のスクリーニングなどにも応用できると考えられます。しかし、これまで毛包細胞のin vivoイメージング法を用いた毛周期モニタリングに成功した例はありませんでした。
そこで研究チームは、毛包を構成する細胞が発光する遺伝子改変ラットを用いてin vivoイメージング法を確立し、毛周期のモニタリングを試みました。
研究手法と成果
研究チームは、毛包内のNG2細胞に着目しました。NG2細胞は成体の脳にも存在し、細胞を供給する前駆細胞としての役割がよく知られています。まず、毛包内でのNG2細胞の分布を詳しく調べたところ、バルジ(毛包幹細胞が存在する領域)や毛髪原基(毛母細胞が存在する領域)などに存在し、分裂活性を持つことが分かりました。さらに、NG2細胞はその細胞数が毛周期の各ステージ(成長期、退行期、休止期)において大きく変化することを見いだしました(図1)。
これらの観察から、毛包NG2細胞のin vivoイメージングが毛周期モニタリングに応用できると考え、発光するNG2細胞を持つ遺伝子改変ラットを作製しました。このラットのゲノムには、NG2遺伝子のプロモーター[6]配列の下流にレポーター遺伝子[7]としてホタルのルシフェラーゼ[8]が組み込まれており、ルシフェリン[8]を投与することにより、NG2細胞のみを発光イメージングすることができます。
齧歯(げっし)類の毛包の発生については、出生後2週間以内に完了し、その後最初の毛周期に入ることがマウスで知られています。そこで、まず幼若期ラット(出生後19日~38日)でのin vivo発光イメージングを行いました。その結果、皮膚でのNG2細胞の発光シグナルは、退行期(出生後19~21日)で低下し、その後、休止期(出生後22~25日)では変化せず、成長期(出生後26日以降)で上昇、出生後31~33日後でピークに達しました(図2)。このときの毛包の形を確認するため、in vivo発光イメージングを行なったそれぞれのステージの個体から組織切片を調製し観察しました。その結果、発光シグナルの強度と毛周期(毛包の形)は相関することが明らかになりました(図2)。
続いて、毛包NG2細胞のin vivo発光イメージング法が、老齢期にみられる毛周期の乱れや休止期の延長を検出できるかについて検討しました。56週齢から80週齢(14カ月齢~20カ月齢)にかけて連続的にin vivo発光イメージングを行った結果、全ての老齢個体(雄4匹、雌7匹)において、発光シグナルの不均一な変化(上昇または下降)や(図3)、発光シグナルが変化しない期間(休止期)の延長現象(図4)を検出できました。
今後の期待
毛包NG2細胞のin vivoイメージング法は、モデル動物の幼若期から老齢期にわたる自然な毛周期のモニタリングとして有用であることが明らかになりました。本法は、毛髪の新生・再生に関する基礎研究だけでなく、発毛・育毛剤のスクリーニング系への応用も期待できることから、今後、既存の発毛剤による発毛促進効果の評価に適しているかを詳細に検討する予定です。
原論文情報
- Yasuhisa Tamura, Kumi Takata, Asami Eguchi, Yosky Kataoka, “In vivo monitoring of hair cycle stages via bioluminescence imaging of hair follicle NG2 cells”, Scientific Reports, doi: 10.1038/s41598-017-18763-3
発表者
理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ 細胞機能評価研究チーム
副チームリーダー 田村 泰久 (たむら やすひさ)
チームリーダー 片岡 洋祐 (かたおか ようすけ)
お問い合わせ先
理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦 (やまぎし あつし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
産業利用に関するお問い合わせ
理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
補足説明
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- 毛包、毛母細胞、毛包幹細胞
- 毛を取り囲む皮膚の付属器官。毛髪や体毛を産生する。毛の元となるのは毛母細胞で、毛母細胞の元となるのが毛包幹細胞。
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- in vivoイメージング法
- in vivo(イン・ヴィヴォ)は「生体内で」を意味するラテン語に由来し、in vitro(試験管内で)に対して自然な状態での生物実験を意味する。ここでは、観察対象となる細胞や組織を生体外に取り出さずに、個体レベルで可視化する手法を指す。
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- 毛周期
- 胎児期に形成された毛包は、成長期、退行期、休止期の順に周期的な発育を繰り返す。これを毛周期と呼ぶ。ヒトの頭髪の場合、数年間の成長期の後、数週間をかけて退行期に移行し、数か月の休止期を経て脱落する。
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- アポトーシス
- 多細胞生物の体を構成する細胞に見られる、遺伝的にプログラムされた細胞死。
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- NG2細胞
- 糖タンパク質の一種であるコンドロイチン硫酸プロテオグリカン4を発現する細胞。なお、研究チームは中枢神経系に存在するNG2細胞(NG2グリア)に、炎症から脳神経を保護するユニークな機能があることを突き止めた注)。NG2はneuron-glial antigen 2の略称。
注)2017年2月14日プレスリリース「炎症から脳神経を保護するグリア細胞」
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- プロモーター
- DNA上でRNAに書き写される領域の近くにあり、遺伝子を発現させる機能を持つ領域。近位発現制御領域とも呼ばれる。
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- レポーター遺伝子
- 解析したい遺伝子の発現を簡便に検出、定量する目的で利用される遺伝子のこと。遺伝子組換え技術により、目的の遺伝子のプロモーター下流に連結した融合遺伝子を作り、遺伝子発現を解析する。
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- ルシフェラーゼ、ルシフェリン
- ルシフェラーゼは、ホタルなどの生物発光において、光を放つ化学反応を触媒する作用を持つ酵素の総称。ルシフェリンは、ルシフェラーゼにより酸化されて発光する基質の総称。ルシフェラーゼをリポーター遺伝子として用いると、発光の強さから遺伝子発現量を定量化できる。
図1 ラットの毛周期におけるNG2細胞数の変化
ラットの毛周期の各ステージで大きく変化するNG2細胞(茶褐色)と毛包形態。成長期には毛包幹細胞(バルジ)や毛母細胞(毛髪原基)であるNG2細胞が分裂・増殖し、多く存在することが分かる。
図2 毛包NG2細胞のin vivo発光イメージングによる幼若期ラットの毛周期モニタリング
上) ラットの幼若期(出生後19日~38日)での毛包のNG2細胞の発光イメージ図。背中の皮膚を観察した。発光の強さは疑似カラーで示され、赤色が強く発光している領域。
中) 毛包形態の顕微鏡像。発光の強さと毛周期が対応している。
下) 上の長方形の領域の発光シグナル強度を定量し、数値データ化したグラフ。
図3 毛包NG2細胞のin vivo発光イメージングによる老齢ラットの毛周期モニタリング
上) 老齢ラット(出生後56週~80週)の背中皮膚のNG2細胞発光。幼若期(図2)に比べて、背中の皮膚全体にわたる同調した発光が見られず、不均一な発光変化を示す。
下) 上の長方形の領域の発光シグナル強度を定量し、数値データ化したグラフ。
図4 老齢ラットの不均一な毛周期
上)出生後62週〜67週の老齢ラットのNG2細胞の発光変化。図3で示した背中皮膚の長方形の領域を詳細に観察した。赤で囲った部分は発光が強くなっていくのに対し、青で囲った部分は発光しないままとなっている。
下)上の赤・青の部分の発光シグナル強度を定量し、数値データ化したグラフ。赤部分の毛包NG2細胞が成長期に特徴的な発光上昇を示すのに対し、青部分は発光が変化せず休止期が延長された状態と考えられる。