「ご褒美がもらえる」と「大変だけど頑張ろう」の2つの『やる気』システムを解明

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うつ病の仕組みとその改善法を知る上で重要な手がかり

2021-07-02 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 脳内のドーパミン1)による2種類の「やる気」調節の仕組みを世界で初めて明らかにした。
  • ドーパミンは、D1とD22)の両方の受容体を介して「報酬でやる気が上がる」ことに作用し、「労力コストが必要と分かっても頑張る」にはD2受容体の働きが重要。
  • 受容体の働きを遮断する2種類の薬をサルに投与し、その効果を陽電子断層撮像法(PET)3)で計測するとともに、やる気調節への影響を比較して仕組みを理解。
  • より多くのコストを感じて行動が億劫になるといった、うつ病などの精神疾患における、やる気障害の脳メカニズムを理解する上で重要な手がかりとなる。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子生命・医学部門量子医科学研究所脳機能イメージング研究部の南本敬史グループリーダー、堀由紀子研究員は、やる気が脳内伝達物資ドーパミンにより調節される2つの仕組みを明らかにしました。

仕事や勉強、スポーツなど全ての行動の意欲(やる気)はその結果を左右する重要な要素です。行動の結果として得ることが期待される報酬が大きいとやる気は上がります。一方、報酬を得るのに必要となる労力や時間などの負荷(コスト)が大きいと、やる気が下がります。この仕組みは脳内の神経伝達物質のひとつドーパミンによる神経情報が報酬とコストの予測を伝え、そのバランスで意欲の制御を行っていると考えられています。一方、ドーパミン伝達の受け手である受容体は、D1とD2の2つの型が知られていますが、報酬とコストによる意欲調節において、それぞれがどのような役割を担っているのかは分かっていませんでした。

本研究では、各受容体を塞いでドーパミン伝達を止める2種類の薬(阻害剤)4)をサルに投与し、PETを用いて伝達阻害の程度を計測するとともに、報酬大きさで高まる意欲とコストが増えることで下がる意欲、それぞれの意欲調節が薬でどのように変化するかを調べることで、2つの受容体を介したドーパミン伝達の役割を比較しました。その結果、報酬が多くすぐもらえると期待できる時には、ドーパミン情報がD1、D2受容体の両者を伝わってやる気が高まる一方、労力が必要と分かってもやる気を保って行動する際には、D2受容体を介したドーパミン伝達が必須である、という2つの異なる意欲調節の仕組みを世界で初めて明らかにしました(図1)。

本研究成果は、うつなどの精神疾患の患者でしばしば問題となる、「よりコストを感じて行動することが億劫になる」というような、意欲障害の脳メカニズムを理解する上で重要な手がかりとなることが期待されます。

本研究は、JSPS科研費(18H04037)における成果を一部活用したもので、「PLOS Biology」のオンライン版に2021年7月2日(金)4:00(日本時間)に掲載されました。

図1:本研究で明らかとなった2つの「やる気」調節の仕組み

【研究の背景と目的】

行動の意欲(やる気)は、私たちの日常生活や仕事、勉強、スポーツなど全ての活動を支える源であり、意欲レベルは行動の結果を左右します。行動の結果として得ることが期待される報酬が大きいとやる気は上がる一方、その行動に労力や時間がかかるなど、報酬を得るのに要するコストが大きく見積もられると逆にやる気が下がります。

これは脳内伝達物質のひとつであるドーパミンを生み出すドーパミン神経細胞が、予測される報酬とコストから計算される行動の価値を伝えることによるものと考えられています。またドーパミン伝達の受け手である受容体はD1とD2の2つの型があることが知られており、それぞれに作用する薬(阻害剤)でドーパミン伝達を阻害すると、意欲が下がることが動物実験で繰り返し報告されています。

一方、報酬やコストの大小にしたがって意欲を調節するうえで、2種類の受容体を介したドーパミン伝達がどのように機能しているのかについて詳しく分かっていません。それには、(1)2種類の受容体を阻害して意欲調節に与える作用を比較するためには、阻害剤の効きをD1とD2で比較する「物差し」が必要、(2)阻害剤による意欲低下がコストと報酬のいずれに関係しているか不明である、という2つの課題があり、各受容体の伝達阻害が意欲調節に及ぼす影響を直接比較できていませんでした。

本研究では上記課題を解決すべく、(1)陽電子断層撮像法(PET)によりドーパミン受容体がどの程度阻害されているかという阻害剤の「効き」を測定し、(2)報酬の大小、2種類のコスト(労力・待ち時間)の大小による意欲レベルを測定する行動課題を用いて、ドーパミン阻害剤の効きと意欲レベル変化の関係を調べる、という2つのステップで実験を行いました。

【研究の手法と成果】

1.ドーパミンD1、D2阻害剤による伝達阻害率をPET で測定する

ドーパミンD1受容体阻害剤を投与すると、D2を介した伝達には影響を与えずに、D1受容体だけに作用しその伝達を遮断できます。このように、2種類の受容体のいずれかに選択的な作用をする阻害剤を投与した際の受容体阻害の程度を測定するために、PET撮像によるドーパミン受容体計測を行いました。

脳内のドーパミンD1、D2受容体は意欲制御に関わる線条体と呼ばれる領域の神経細胞に豊富に存在します。例えばD1受容体に結合する放射性薬剤を用いてPET撮像を行うと、線条体に放射性薬剤の集積を示す高い信号が得られ、D1受容体が密に存在する様子が画像化されます(図2A左)。このPET撮像をD1受容体の阻害剤を投与した状態で行うと、放射性薬剤が結合している受容体の割合が減少するため線条体での信号が低下します(図2A右)。この信号の低下率は阻害剤による受容体の阻害率を反映しており、阻害剤の投与量とともに阻害率が上昇する関係がわかりました(図2B)。

このようにD1、D2受容体阻害剤を投与した複数の条件で阻害率を測ることで、この阻害率を元に意欲に与える効果を比較することが可能となりました。

 PETによるドーパミン受容体の計測と受容体阻害率

図2: PETによるドーパミン受容体の計測と受容体阻害率

A:(上)正常時と阻害剤投与時のD1受容体PET画像。(下)ドーパミン受容体が阻害剤投与によって阻害されている画像とその原理。

B: D1阻害剤の投与量と受容体阻害率との関係。

2.報酬期待が作り出す「やる気」はD1・D2両方の受容体で調節される

行動した「ご褒美」としてもらえると期待される報酬が大きいほど意欲が高まります。この報酬期待がやる気につながる際のドーパミン受容体が果たす役割について調べました。

サルに縞模様の絵の上に現れる信号の色が変わったら握っているバーを離すという簡単な課題を訓練し、報酬としてジュースを与えました。ジュースの量は4段階あり、縞模様の数と対応しています(図3A)。学習済みのサルはジュースが8滴貰えるとわかると熱心にバー離す行動をしますが、1滴しか貰えないときは、拒否する試行の割合(拒否率)が増えます。報酬量が1滴から2,4,8滴と増えると、拒否率は1/2、1/4、1/8というように反比例的に減っていき(図3B、正常コントロール)、やる気が上昇することがわかります。ドーパミン阻害剤を全身投与してD1、D2受容体を阻害すると、拒否率は報酬量との反比例の関係を保ちながら増大し、やる気が低下することがわかりました(図3B、D1阻害剤、D2阻害剤)。

この受容体阻害の効果は、報酬期待がやる気に変換される際の係数(インセンティブ変数)の減少とみなすことができ、D1、D2とも阻害率が高くなるほどインセンティブ変数が減少しました(図3C)。このことから、ドーパミンはD1とD2受容体を介して報酬のインセンティブ効果を高め、やる気を上げていることがわかりました。

報酬期待に基づくやる気を評価する課題とドーパミン伝達阻害によるやる気の変化

図3: 報酬期待に基づくやる気を評価する課題とドーパミン伝達阻害によるやる気の変化

A:報酬量予測に基づくバー離し行動課題の模式図。

B:全体の試行回数のうち、バー離し行動を拒否した試行の割合。黒線はコントール、青線はD1阻害剤投与、赤線はD2阻害剤投与による拒否率。

C:報酬期待をやる気に変換するインセンティブ変数と受容体阻害率の関係。

3.労力コスト感を抑えてやる気を出す:D2受容体の作用

報酬を得るためのコストが高いと意欲は低下します。労力と待ち時間の2種類のコストによる意欲低下がドーパミン伝達阻害によってどう変化するのかを調べました。

サルに先程と同じようにバーを離すと報酬のジュースがもらえる課題を行わせました。同じ量の報酬を得るために、サルは最大3回バーを離すか、1回バーを離したあと最長で2回分の時間待ちが要求されました。これらの報酬を得るために必要な労力と待ちコストの情報は、試行の開始時に色や模様で提示しました。

労力・待ちのいずれが要求される場合でも、報酬獲得にかかるコストの増大に比例して拒否率が増加しました(図4BC左、コントロール(黒))。労力試行では、D2受容体の阻害によってコスト増加に伴う拒否率上昇が加速し、阻害率が高まるほど労力コストの感受性が高まった一方、D1受容体阻害の影響は見られませんでした(図4B右、赤)。これは報酬獲得のために労力が必要だと分かるとD2受容体を介したドーパミン伝達が「コスト感」を抑えてやる気を高め、行動につなげる働きがあると解釈できました。

一方の待ち時間試行においては、D1、D2いずれの受容体阻害でもコスト増加に伴う拒否率上昇割合が加速しました(図4C)。これは報酬量のインセンティブ効果と同じ仕組みが働き、時間待ちのコストがインセンティブ効果を弱めてやる気を下げるといることで解釈できました。

 労力・待ちのコストで判断されるやる気を評価する課題とドーパミン伝達阻害によるやる気の変化

図4労力・待ちのコストで判断されるやる気を評価する課題とドーパミン伝達阻害によるやる気の変化

A:労力コストと待ち時間コストによるバー離し行動課題の模式図。それぞれ1-3段階の残りのコスト数(CU)バー放しの回数と待ち時間(delay duration)で設定。

B:労力コスト試行における拒否率(左)とD1とD2阻害剤投与によるやる気に対する労力感受性の変化(右)。黒は正常時のコントロール、青、赤はそれぞれD1、D2阻害薬投与時のデータ。

C:時間コスト試行における拒否率(左)とD1、D2阻害剤投与によるやる気に対する待ち時間感受性の変化(右)。黒は正常時のコントロール、青、赤はそれぞれD1、D2阻害薬投与時のデータ。

以上の2つの実験結果より、2種類のドーパミン受容体による次の2つの異なる意欲調節の仕組みがわかりました。

・ドーパミン情報がD1、D2受容体の両者を伝わって、報酬量の期待がインセンティブ効果としてやる気を高め、報酬の時間待ちはインセンティブ効果を低減してやる気を下げる。

・労力が必要な時には、D2受容体を介してドーパミンが伝わり、コスト感を抑えてやる気を保つ。

【今後の展開】

これまで、ドーパミンが報酬や意欲と関係が深いことは多くの研究から明らかになっていましたが、本研究により、報酬とコストのバランスによる意欲調節には少なくとも2つの仕組みがあることがわかりました。さらに、その2つの仕組みは、D1とD2の両方の受容体が関与する報酬と時間待ちが関係する調節と、D2受容体のみが作用する労力コストによる調節に明確に分けられることとも明らかになりました。これまでの研究から、線条体にはD1、D2受容体のいずれかを持つ2つの神経細胞集団があり、それぞれ別回路の出力があることが分かっています。今回明らかとなった2つの意欲の調節機構は、これらの別回路による制御を反映している可能性が考えられます。

本研究の成果は、ヒトと同じ霊長類モデル動物であるサルで得られた知見であることから、うつ病などの精神・神経疾患で見られるドーパミン伝達の変調で生じる意欲低下の病態の解明にむけ、重要な手がかりを示すことが期待されます。今後もさらに意欲調節とその障害の脳メカニズムの理解を深めることで、ヒトにおける診断・治療法の確立にむけた臨床応用研究にも大きく貢献することが期待されます。

【用語解説】

1)ドーパミン
脳内の伝達物質の一つ。

2)D1受容体とD2受容体
ドーパミンにより活性化されて情報伝達を行う2種類の受容体。ドーパミン神経細胞が豊富に情報を送っている脳領域である線条体にはD1受容体とD2受容体をそれぞれ発現する2種類の細胞集団がある。

3)PET
陽電子断層撮影法(Positron Emission Tomography)の略称。ポジトロン核種(11C、13N、15O、18F等)で標識したPET薬剤を体内に投与し、特定の体の部位に集積したり体内物質に結合したりするPET薬剤から放射される陽電子に起因するガンマ線を検出することによって、体深部に存在する生体内物質の局在や量を測定して画像化する方法。

4)ドーパミン阻害剤
D1、D2いずれかの受容体に選択的に結合し、ドーパミンの作用を阻害して情報伝達を遮断する薬。D2阻害剤は向精神薬としても用いられる。

【研究者のコメント】

ドーパミン伝達とやる気調節の関係を報告する研究は数多くありますが、受容体ごとが担う役割については議論が続いていました。その中で、PETイメージングと行動意欲の測定とを組み合わせることで、やる気調節の仕組みの一端を解明できたことを光栄に思います。この成果を発展させて精神・神経疾患におけるやる気障害の解明や治療薬の開発に少しでも貢献できるよう今後も研究を進めていく所存です。

【論文について】

タイトル:D1- and D2-like receptors differentially mediate the effects of dopaminergic transmission on cost-benefit evaluation and motivation in monkeys.

(コスト/報酬評価およびやる気に対するドーパミン神経伝達の効果をD1およびD2様受容体が異なる形で媒介する)

著者: Yukiko Hori1, Yuji Nagai1, Koki Mimura1, Tetsuya Suhara1, Makoto Higuchi1, Sebastien Bouret2, Takafumi Minamimoto1,*

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