2020-04-06 国立遺伝学研究所
北野研究室・生態遺伝学研究室 比較ゲノム解析研究室
Accumulation of deleterious mutations in landlocked threespine stickleback populations.
Yoshida, K., Ravinet, M., Makino, T., Toyoda, A., Kokita, T., Mori, S., and Kitano, J. (2020)
Genome Biology and Evolution 31 March 2020 DOI:10.1093/gbe/evaa065
生物の集団サイズが低下すると、有害な変異が集団内に蓄積しやすいことが理論的に予測されています。有害変異がある程度蓄積すると、集団サイズがさらに小さくなって、絶滅への負のスパイラルが生じうると予測されます。
国立遺伝学研究所の太田朋子名誉教授らによって確立された「ほぼ中立説」によると、集団サイズが小さくなると、自然選択の効果(有利な変異が増えたり、不利な変異が減ったりする効果)が弱くなり、弱有害な変異が中立な変異(有利でも不利でもない変異)とほぼ同じ確率で固定することが予測されています。この知見は、絶滅危惧種の保全を考える上できわめて重要な視点です。
現在のゲノム解読技術の進展によって、全ゲノム配列情報から有害変異の存在を間接的に推定することが可能になりつつあります。例えば、多くの分類群で共通している(進化的に保存されている)アミノ酸に生じた変異の有害性を推定する統計的手法が確立されています。実際に、栽培植物や家畜など人為的に作られた生物の小集団では、有害変異が蓄積していることが全ゲノム解析によって既に確認されています。しかし、野外の絶滅危惧集団での検証は殆ど行われていません。
そこで、生態遺伝学研究室の吉田恒太研究員(現・マックスプランク研究所)と北野潤教授を中心とする研究チームは、集団サイズが著しく低下している本州のトゲウオ集団について、全ゲノム配列情報から有害変異の推定に挑みました。トゲウオ科の魚は冷水性で、本州では湧水域などの限られた水域のみで生息が可能です。しかしながら、わずか数十年で、湧水の枯渇や生息域の埋め立てなどによって、本州の陸封トゲウオ集団は絶滅の危機に瀕しています。
本研究の結果、実際に、本州の陸封トゲウオ集団の多くは、海に生息するトゲウオ集団よりも明らかに有害変異が蓄積していることが確認されました(図)。これらの集団については、集団サイズの増加などの保全策を講じる必要性が示唆されました。このように、全ゲノム解析が絶滅危機種や集団のリスク推定といった保全生物学に貢献できることが示されました。本成果は、Genome Biology and Evolutionにオンライン公開されました。
本研究は、国立遺伝学研究所の比較ゲノム解析研究室、岐阜協立大学、福井県立大学との共同研究として、科研費(JP23113007, JP23113001, 221S0002, 15H02418, 19H01003)などの支援を得て行われました。
図:陸封集団では、海の集団に比して、有害変異と推定される変異が多く見つかりました。
写真:岐阜県に生息するイトヨ属の陸封化した集団(撮影:秦康之)