2020-07-07 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)の福田真弓データサイエンス部医師(脳血管内科併任)、豊田一則副院長、山本晴子臨床研究管理部長、古賀政利脳血管内科部長らの研究チームが、海外研究者と共同で行ったAntihypertensive Treatment of Acute Cerebral Hemorrhage (ATACH)-2試験(Clinical Trials.gov NCT01176565; UMIN000006526)に基づくサブ解析研究が、Stroke誌オンライン版に、令和2年7月6日に掲載されました。
背景
脳出血はわが国を含む東アジアで特に多い疾患であり、国内においては脳卒中全体の約2割を占める重大な国民病であるにも関わらず、今もって有効な治療法に乏しいのが現状です。高い効果が期待される脳出血治療法の一つに、急性の積極的な降圧療法が挙げられます。
国循の研究チームは、急性期の積極降圧療法が脳出血臨床転帰を改善するかどうかを調べるために、米国、中国、台湾、韓国、ドイツの研究者らとともに、研究者主導国際共同試験ATACH-2を実施しました。本試験には日本国内からは国循を含む14施設が参加しました(表1)。
ATACH-2では発症から4時間半以内の脳出血患者を積極降圧群(収縮期血圧110~139 mmHg)と標準降圧群(140~179 mmHg)とに無作為に割付け、降圧薬(ニカルジピン)の持続静脈注射によって24時間にわたり目標血圧範囲を維持しました。その主要評価項目である3か月後の死亡または高度機能障害の割合(modified Rankin Scale(注1)での 4-6に相当)は、両群とも約38%で有意差はありませんでした。この成果は、2016年にNew England Journal of Medicine誌(2016;375:1033-1043)に掲載されました。
今回のサブ解析では、ATACH-2試験に参加した患者さんの性別が、臨床転帰や積極降圧療法の有効性・安全性に影響を及ぼすかを調べました。
解析結果
ATACH-2試験に登録された1000例(うち日本人288例)のうち、女性は38%でした。女性は男性に比べより高齢で、脳出血発症前に降圧薬の内服歴を有する割合が高く、また出血の部位は脳葉出血が多い結果でした。脳出血後の血腫拡大は、男性により多く見られました(女性24.3% vs. 男性 29.5%)。一方、女性は男性と比較し3か月後の転帰不良(modified Rankin Scale 4-6)(図1)の割合が高く(女性44.3% vs. 男性34.3%)、年齢、脳室内出血の有無、来院時の意識レベルなどの各種因子を調整したモデルにおいても、死亡、死亡または機能障害のいずれもリスク比が1.0を上回り、女性は転帰不良のリスクが有意に高いことが示されました(図2)。一方で、積極降圧療法の効果における性差は確認できませんでした。
解説
健康寿命(介護などを必要とせず健康に生活できる期間)の延伸は全世界的な医療上の課題です。特に長命である女性の健康寿命を伸ばし、要介護者を減らすことは医療経済的な側面からも社会的なインパクトが大きいと考えられます。
要介護状態に陥る主たる原因である脳卒中では、近年、様々な研究により女性の臨床転帰が男性に比して不良であることが示されつつあります。しかしながら多くの研究は脳梗塞のみあるいは脳出血と脳梗塞をまとめた報告であり、脳出血単独での臨床的転帰と性差に関する報告は多くありませんでした。
今回の研究では、急性期脳出血大規模臨床試験のデータにおいても女性の脳出血後臨床転帰は男性に比べ不良であることがわかりました。一方、脳出血超急性期の積極的降圧の効果に男女差があると結論付けることはできませんでした。
脳出血の転帰に性差が認められた原因について、本研究の対象は疾患重症度や降圧療法以外の治療介入の程度も比較的均一化された集団と考えられるため、治療以外の因子、抑うつやフレイル(注2)の合併が女性により多いことなどが影響した可能性が推察されますが、今後の検証が必要です。
ATACH-2試験からは、他にも多くのサブグループ解析が計画され、国循の研究チームもその幾つかを担当しています。今後の更なる解析結果を経て、真に日本人に有効な急性期脳出血治療法が解明されてゆくことが期待されます。
〈注釈〉
(注1)脳卒中患者の自立度の尺度のこと。0(無症状)~6(死亡)の7段階評価となっており、4~6は、要介護状態を示す。
(注2)加齢に伴う衰弱、筋力の低下、活動性の低下、認知機能の低下、精神活動の低下などによって健康障害を起こしやすい状態
発表論文情報
著者: Mayumi Fukuda-Doi, MD, MPH; Haruko Yamamoto, MD, PhD; Masatoshi Koga, MD, PhD; Yuko Y. Palesch, PhD; Valerie L Durkalski-Mauldin, PhD; Adnan I. Qureshi, MD; Sohei Yoshimura, MD, PhD; Shuhei Okazaki, MD, PhD; Kaori Miwa, MD, PhD; Yasushi Okada, MD, PhD; Toshihiro Ueda, MD, PhD; Satoshi Okuda, MD, PhD; Jin Nakahara, MD, PhD; Norihiro Suzuki, MD, PhD; Kazunori Toyoda , MD, PhD
題名:Sex Differences in Blood Pressure-Lowering Therapy and Outcomes Following Intracerebral Hemorrhage
Results From ATACH-2
掲載誌:Stroke (DOI: 10.1161/STROKEAHA.120.029770)
謝辞
本試験はNIHの神経疾患・脳卒中部局であるNational Institute of Neurological Disorders and Strokeからの研究助成費(U01-NS062091、U01-NS061861)によって、運営されました。国内での試験遂行の一部は、国循循環器病研究開発費(H23-4-3、H28-4-1)により支援されました。
〈図表〉
表1.国内参加施設一覧
施設名 | 登録件数 |
---|---|
国立循環器病研究センター | 79 |
神戸市立医療センター中央市民病院 | 53 |
虎の門病院 | 38 |
聖マリアンナ医科大学 | 16 |
杏林大学 | 16 |
岐阜大学 | 14 |
中村記念病院 | 13 |
東京都済生会中央病院 | 12 |
広南病院 | 11 |
聖マリアンナ医科大学東横病院 | 10 |
NHO 九州医療センター | 10 |
NHO 名古屋医療センター | 8 |
慶應義塾大学 | 7 |
川崎医科大学 | 1 |
図1.脳出血発症3か月後のmodified Rankin Scale の分布
図2.脳出血後の臨床転帰と性差
モデル1:年齢、脳室内出血の有無、グラスゴー昏睡尺度、登録時の出血量、血腫拡大の有無で調整
モデル2:モデル1の因子に加え、登録時の血腫周囲の浮腫量、浮腫拡大率で調整