2021-01-20 東京大学
東京大学大学院総合文化研究科の池谷皐大学院生とジョナサン・ウッドワード教授(Jonathan Woodward)らの研究グループは、細胞内に天然に存在するフラビン分子の磁気感受性を、生きた細胞内でリアルタイムの観測に成功しました。この観測は、動物の磁気受容や人間の健康に磁場が影響を及ぼす可能性ついて、候補となっている磁気感受性のメカニズムを細胞レベルで検証した重要なステップです。
フラビン分子の磁気感受性は、電子スピン状態によって異なる反応性を示すラジカル対中間体の形成によって生じます。電子スピン状態は外部磁場と相互作用すると変化するため、ラジカル対の反応性は磁場によって影響を受けます。この機構はラジカルペアメカニズムと呼ばれ、微弱な磁場の生物学的影響を説明するための1つの有力な仮説となっています。しかしながら、「生命の基本単位」である細胞内で、ラジカル対の反応が磁場に影響を受ける実験的証拠がこれまで存在しませんでした。
研究グループは、ラジカル対の磁気感受性を高感度で検出できる独自の蛍光顕微鏡を開発し、HeLa細胞(ヒト子宮頸がん細胞)の自家蛍光が印加磁場に応答することを、徹底した対照実験(印加磁場による試料位置のぶれや加熱等でないこと)によって示しました。また、得られた自家蛍光の波長スペクトルを測定することでフラビン自家蛍光の特性と一致することを示しました。
フラビン分子は植物類、昆虫類、鳥類、哺乳類などの細胞にユビキタスに存在し、磁気を感じるタンパク質の最有力候補であるクリプトクロムの内部にも含まれています。今後、今回観測した磁気感受性の生理学的重要性、異なる細胞内でのフラビン自家蛍光の磁気感受性、細胞内でのクリプトクロムを含む磁気感受候補分子の検証を行います。また、地磁気レベルでの磁気感受性を検出するための実験装置の改良を行います。
「1990 年代にイギリスの博士課程の学生だった私は、細胞内で生じるラジカル対の磁場効果を観察する方法を模索していました。しかし、既存の方法は、再現性のある明確な効果を検出するのに十分な感度を持っていませんでした」とジョナサン・ウッドワード教授は話します。
「最初に磁場の印加に反応する細胞の自家蛍光を見たとき、私は当然のことながら非常に懐疑的で、他の可能性(磁場の印加によるサンプル移動やサンプルへの加熱など)を除外するのに多くの時間と労力を費やしました。あらゆる可能性を徹底的に検証した後、私はようやく、この効果はラジカル対による磁場効果であることを確認し、25年以上前に始めたことが達成されたと実感しました」と続けます。
図 HeLa(ヒト子宮頸がん)細胞の磁場感受性自家蛍光測定
HeLa細胞の特定の領域(青丸)を青色光で照射し(左図)、細胞内から発せられる自家蛍光(中央図、右図)の磁場感受性を測定しました。© 2021 Ikeya and Woodward
論文情報
Noboru Ikeya, Jonathan R. Woodward, “Cellular autofluorescence is magnetic field sensitive,” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: 2021年1月5日, doi:10.1073/pnas.2018043118.
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