尿中糖鎖は新たな腎症進展メカニズムを反映
2018-06-22 岡山大学,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 2型糖尿病患者において、将来の腎臓の機能の悪化を予測できる新たな尿バイオマーカーを発見しました。
- 尿1滴を使用するだけで、これまでより正確に腎機能の悪化を推定できるようになりました。
- 尿中糖鎖と糖尿病患者の腎機能の悪化との関係を示した世界初の研究成果で、この結果は糖尿病腎症の新たなメカニズムの解明につながることが期待されます。
概要
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医)腎・免疫・内分泌代謝内科学分野の和田淳教授、三瀬広記医員らの研究グループは、尿中の糖鎖[1]排せつ量の違いが糖尿病患者における将来の腎臓病悪化を予測できる新たなバイオマーカーであることを世界で初めて突き止めました。本研究成果は6月21日米国東部標準時間午後2時(日本時間22日午前4時)、アメリカの科学雑誌『Diabetes Care』の電子版に掲載されます。
糖鎖は生体においてさまざまな役割を担っている重要な生体高分子ですが、構造が複雑であるためその測定が困難で、腎臓病や糖尿病における糖鎖の研究は進んでいませんでした。今回、共同研究者であるグライコテクニカ社の開発したレクチンアレイ[2]を用いることで、尿1滴(20マイクロリットル、マイクロは100万分の1)を用いるだけで、多くの患者の尿中の複数の糖鎖量を短期間かつ同時に測定できるようになりました。そして、多施設における糖尿病患者の尿中糖鎖量を測定し、将来腎臓の機能が悪くなる人では、特定の尿中糖鎖量が大きく異なっていることを発見しました。
尿中糖鎖量は、糖尿病腎症が悪化する際の重要なメカニズムを反映している可能性があり、尿中糖鎖の更なる研究が、糖尿病腎症の新たな治療ターゲットにつながることが期待されます。
発表内容
現状
日本を含めた欧米アジア諸国において、透析の原因となる腎臓病の第一位は糖尿病腎症です。「わが国の慢性透析療法の現況 2016(日本透析医学会)」によれば、日本において新規に透析導入となる人のうち43%(1万6千人)の人が、糖尿病腎症が原因で透析に至っています。糖尿病腎症とは糖尿病やそれに関連した病態の結果起こる腎臓病のことですが、近年登場したさまざまな治療薬などの効果で、以前よりその進行は抑えられていると考えられています。しかし、糖尿病腎症による透析導入者数はいまだ多く、バイオマーカーによって将来の腎臓病悪化を早い段階で予測し、積極的な治療により透析を回避することや、新たな治療ターゲットの探索が望まれています。
研究成果の内容
和田教授、三瀬医員らの研究グループは、尿中の糖鎖排せつ量の違いが糖尿病患者における将来の腎臓病悪化をこれまでより正確に予測できる新たなバイオマーカーであることを世界で初めて突き止めました。
糖鎖は生体においてさまざまな役割を担っている重要な物質ですが、構造が複雑であるためその測定が困難で、腎臓病や糖尿病の患者における糖鎖の研究は進んでいませんでした。ところが今回、共同研究者であるグライコテクニカ社の開発したレクチンアレイを用いることで、尿1滴(20マイクロリットル)を用いるだけで、多くの患者の尿中の複数の糖鎖量を短期間で測定できるようになりました。本研究グループは、このレクチンアレイを用いて、岡山大学病院を含めた岡山県内8施設における2型糖尿病患者の尿中糖鎖量を測定しました。その結果、将来腎臓の機能が悪くなる人では、特定の尿中糖鎖量が大きく異なっていることを発見しました。具体的には、SNAというレクチンに結合するSiaα2-6Gal/GalNAcという糖鎖、RCA120というレクチンに結合するGalβ1-4GlcNAcという糖鎖、ABA・Jacalin・ACAといった3つのレクチンに共通して結合するGalβ1-3GalNAcという糖鎖の尿中排せつ量が多い人や、DBAというレクチンに結合するGalNAcα1-3GalNAcの尿中排せつ量が少ない人では、将来腎臓の機能が悪化する人が多いという結果が得られました。更に、これまでに知られているアルブミン尿などのバイオマーカーにこれら尿中糖鎖というバイオマーカーを加えることで、これまでより正確に腎機能悪化を予測できることが分かりました。
図1.45種類のレクチンが固定されているチップ(レクチンアレイ)上に、ラベル処理をした尿をかけることで尿中の糖鎖がそれぞれに対応したレクチンに結合し、尿中糖鎖を測定できる。
図2. 2型糖尿病患者において、尿中のSiaα2-6Gal/GalNAc(SNAというレクチンに結合)、Galβ1-4GlcNAc(RCA120というレクチンに結合)、Galβ1-3GalNAc(ABA・Jacalin・ACAの3つのレクチンに共通して結合)という糖鎖の排せつ量が多い人や、尿中GalNAcα1-3GalNAc(DBAというレクチンに結合)という糖鎖の排せつ量が少ない人では、将来、腎臓の機能が悪化しやすい。
社会的な意義
尿1滴で分かる糖鎖排せつ量の違いにより、糖尿病患者の将来の腎臓病悪化を予測できることで、これまでより早い段階で、より説得力を持って生活習慣指導や治療強化ができるようになります。これにより、糖尿病腎症が進行し透析となる人を減らすことができます。また、尿中糖鎖量は、腎臓の組織における糖鎖の違いを反映している可能性があり、これは糖尿病腎症における新たなメカニズムとなり得ます。したがって、尿中糖鎖の更なる研究が糖尿病腎症の新たな治療ターゲットにつながることが期待されます。
論文情報
- 論文名:Identification of Novel Urinary Biomarkers for Predicting Renal Prognosis in Patients With Type 2 Diabetes by Glycan Profiling in a Multicenter Prospective Cohort Study: U-CARE Study 1
- 邦題名「糖鎖プロファイリングによる2型糖尿病患者における尿中腎予後予測バイオマーカーの同定:U-CARE研究1」
- 掲載紙:Diabetes Care
- 著者:Koki Mise, Mariko Imamura, Satoshi Yamaguchi, Sanae Teshigawara, Atsuhito Tone,Haruhito A. Uchida, Jun Eguchi, Atsuko Nakatsuka, Daisuke Ogawa, Michihiro Yoshida,Masao Yamada, Kenichi Shikata, and Jun Wada
- DOI:https://doi.org/10.2337/dc18-0030
研究資金
本研究は、厚生労働科学研究費補助金(201413003B)、日本医療研究開発機構(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「ICTを活用したDiabetic Kidney Diseaseの成因分類と糖尿病腎症重症化抑制法の構築」:JP17ek0210095、革新的医療シーズ実用化研究事業「尿中糖鎖プロファイリングによる IgA 腎症の診断法の開発」JP 17lk1403007)、日本糖尿病学会若手研究助成、公益財団法人冲中記念成人病研究所研究助成、公益財団法人石橋由紀子記念基金研究助成の支援を受けて実施しました。
関連出願特許
- 名称:腎機能の低下の可能性を判定する判定方法およびキット
- 出願番号:特願2017-072324
- 出願日:2017年3月31 日
- 出願人:国立大学法人岡山大学、株式会社グライコテクニカ
補足・用語説明
- [1] 糖鎖:
- 糖鎖とは、糖がグリコシド結合によってつながった一群の化合物のことを指します。タンパク質やDNAに続く第3の生体高分子と言われ、発生、免疫、感染、ホルモン分泌、細胞接着、発がんなど多くの生体機能に関わっていますが、最大の特徴は構造の多様性にあります。結合する糖の種類や数による多様性に加え、分枝状結合による構造の複雑性から、これまで糖鎖構造の同定には膨大な時間や労力を要していました。
- [2] レクチン:
- 一般に、レクチンとは糖鎖に対して特別な結合活性を有するタンパク質の総称であり、2つ以上の結合部位を持ち動物や植物の細胞を凝集することができるという特徴を持ちます。臨床の現場では、この糖鎖とレクチンとの特別な結合性を応用したものとして「腫瘍マーカー」が知られています。がん細胞やがん細胞の影響で他の細胞が産生する特殊な糖タンパク質や糖脂質における「糖鎖」を、レクチンを用いて検出・測定しています。同様に、糖鎖とレクチンの結合性を利用し、多くのレクチンを用いて多彩な糖鎖を検出するためのキットがレクチンアレイです。
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岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医)
腎・免疫・内分泌代謝内科学分野
教授 和田 淳
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