2022-03-01 熊本大学
【ポイント】
- 不活動(運動不足,低活動,活動量低下)や糖尿病の状態では,血管からDll4※1が放出され,筋線維のNotch2受容体※2を活性化させることで筋量の減少(筋萎縮)が誘導されるメカニズムを発見しました。
- この「Dll4-Notch2軸」の働きを抑えると,不活動や糖尿病による筋萎縮を顕著に改善できること,さらに,過負荷による筋量の増大(筋肥大)を促進できることを見出しました。
- 本研究成果は,加齢や慢性疾患にともなうサルコペニア※3やフレイル※4に対する予防治療法の開発に貢献します。
【概要説明】
熊本大学発生医学研究所の藤巻慎助教,小野悠介准教授の研究グループは,同大学の生命資源研究・支援センター,国際先端医学研究機構,生命科学研究部及び長崎大学,京都府立大学,ミネソタ大学との共同研究により,骨格筋(筋肉)の萎縮に関する重要なメカニズムを発見しました。
我が国をはじめ世界的に急速な高齢化が進行しており,それにともない増加するサルコペニアやフレイルが社会問題となっています。この問題を解決し健康長寿社会を実現するためには,筋萎縮を抑え生涯にわたって筋量を維持することが重要です。しかし筋萎縮を引き起こす上流のメカニズムについてはほとんどわかっていませんでした。
筋組織は,多くの筋線維の束で構成され,個々の筋線維間には毛細血管がくまなく分布し酸素や栄養を供給しています。本研究では,毛細血管は輸送媒体としての機能に加え,筋萎縮を引き起こすカギを握っていることを発見しました。具体的な仕組みは,不活動あるいは糖尿病などの状態下では,毛細血管からDll4が放出され,それが筋線維のNotch2受容体を活性化することで筋萎縮が誘導されるというものです。この「Dll4-Notch2軸」の働きを減弱させると,不活動や糖尿病による筋萎縮を抑制できることに加え,過負荷による筋肥大を促進することがわかりました。「Dll4-Notch2軸」は筋萎縮を誘導するための重要な上流メカニズムとなり,サルコペニアやフレイルに対する有望な予防治療標的になると考えられます。
本研究成果は,英国科学誌の「Nature Metabolism」に令和4年2月28日(英国現地時間午後4時)に掲載されました。
なお本研究成果は,本学の発生医学研究所腎臓発生分野の西中村隆一教授およびリエゾンラボ研究推進施設の臼杵慎吾技術専門職員・安永桂一郎技術職員,生命資源研究・支援センター分子血管制御分野の南敬教授・村松昌助教,生命科学研究部形態構築学分野の福田孝一教授・宮本雄太助教,国際先端医学研究機構の高橋雪枝技術補佐員,京都府立大学の亀井康富教授,ミネソタ大学の朝倉淳准教授グループとの共同研究によるものです。また本研究は,JST創発的研究支援事業,AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム,JSPS科学研究費助成事業,国際先端研究拠点,トランスオミクス事業,健康長寿代謝制御研究センター研究助成の支援を受けて実施されました。
【展開】
筋萎縮に対する予防治療薬の開発において「Dll4-Notch2軸」は魅力的な標的になると考えられます。たとえば,転倒骨折から入院したケースでは,Dll4-Notch2軸の働きを減弱させることで,寝たきりによる筋萎縮を予防し,リハビリ期間にも効果的な筋量の回復を望むことができるかもしれません。特に,糖尿病を患っている場合は,より治療効果を享受できる可能性が高まります。サルコペニアやフレイルに対してもDll4-Notch2軸が創薬標的になりうるのか,今後検証していきます。
本研究から,血管は末梢組織に酸素や栄養を運ぶ単なる輸送媒体ではなく,筋量を直接制御するというこれまで全く知られていなかった機能を有することが明らかになりました。血管は全身の組織・臓器にくまなく分布することから,内皮細胞が放出するDll4は,筋萎縮の上流メカニズムに留まらず,さまざまな組織・臓器の疾患発症に広く関与している可能性もあります。
【用語解説】
※1.Dll4(Delta-like ligand 4):膜貫通タンパク質でNotch受容体を活性化するリガンドの1つ。主に血管内皮細胞に発現する。
※2.Notch2受容体:Notch受容体の1つ。隣接した細胞間の接触シグナルに関与し細胞の分化や増殖などの運命決定を制御する。
※3.サルコペニア:加齢にともなう筋量・筋力の低下。
※4.フレイル:身体の予備機能が低下し健康障害を招きやすい状態。サルコペニアが進行するとフレイルが加速される。
【論文情報】
論文名:The endothelial Dll4-muscular Notch2 axis regulates skeletal muscle mass
著者:Shin Fujimaki, Tomohiro Matsumoto, Masashi Muramatsu, Hiroshi Nagahisa, Naoki Horii, Daiki Seko, Shinya Masuda, Xuerui Wang, Yoko Asakura, Yukie Takahashi, Yuta Miyamoto, Shingo Usuki, Kei-ichiro Yasunaga, Yasutomi Kamei, Ryuichi Nishinakamura, Takashi Minami, Takaichi Fukuda, Atsushi Asakura, Yusuke Ono*
掲載誌:Nature Metabolism
doi:doi.org/10.1038/s42255-022-00533-9
URL:https://doi.org/10.1038/s42255-022-00533-9
お問い合わせ
熊本大学発生医学研究所 筋発生再生分野
担当:准教授 小野 悠介