2022-05-13 国立遺伝学研究所
「タマゴはどんな形?」と聞かれたら、多くの方は「楕円(だえん)形」と答えると思います。科学者も生物の卵の中で起こっている現象を考えるときに、卵の形を楕円形(数学的には(x/a)²+(y/b)²+(z/c)²=1)とみなして数値シミュレーションなどを行ってきました。国立遺伝学研究所・細胞建築研究室でも、以前に線虫の卵殻を楕円形とみなした数値シミュレーションを行い、卵殻内で細胞が配置する様子をかなり正確に再現・説明できることを示してきました[1]。しかしながら、この研究の中で、「逆T字型」と名付けられた細胞配置だけは、卵の形を楕円形とみなした当時の数値シミュレーションでは再現できていませんでした。卵殻内での細胞の配置は、隣接する細胞間のコミュニケーションに影響するため、正常な個体発生に重要な役割を果たします。
今回、京都大学の李聖林教授はフェーズフィールド法という数値計算方法を用いることによって任意の卵殻の形状の中での細胞配置を予想するシミュレーションを開発しました。そして、国立遺伝学研究所の木村暁教授、神奈川工科大学の山本一徳助教が取得した実験データを用いて、卵の形を線虫の実際の卵殻の形に正確に合わせた数値シミュレーションを行いました。すると、卵の形を楕円形としていた以前のシミュレーションでは再現できなかった「逆T字型」が再現できることを発見したのです。このことは、卵の形を楕円形と単純化していては細胞配置を説明できないことがあることを示しています。
実際の線虫の卵の形は楕円形ほどは先端が尖っていません。実際の卵で膨らんでいる部分の空間が細胞の配置に影響を与えていました。この発見を発展させて、李教授らは卵殻の中で細胞が占有していない「空き空間」が細胞の配置に重要であると数値シミュレーションで予想しました。木村教授は山本助教と協力し、実験的に線虫胚の空き空間を増やし、数値シミュレーションで予想された細胞配置の変化が実際に起きることを示しました。このことは、卵殻内の空き空間の少しの違いが細胞配置に決定的な影響を及ぼすことを示す重要な成果です。
本研究成果は米国科学雑誌「Development」に2022年5⽉12⽇(アメリカ東部標準時)に掲載されました。
[1] 2017年プレスリリース「はじまりは卵の形だった~初期胚における細胞の配置パターンの決定機構~」 論文:Yamamoto & Kimura, Development 2017 DOI: 10.1242/dev.154609
公募型共同研究・研究会「NIG-JOINT」「無脊椎動物初期胚における細胞表層の力の測定と種間比較」(83A2021)の課題遂行の一環として山本助教が国立遺伝学研究所訪問時に、本研究に関する議論をおこないました。
図: 1A)逆T字型を示す線虫の4細胞期胚。細胞の配置がT字型に並んでいる(黄色点線)。1B)逆T字型を再現するシミュレーション。[上] 卵殻の形を考慮した今回のシミュレーションでは、逆T字型の細胞配置の再現に成功している。[下] 卵殻を楕円形とした従来のシミュレーションでは、逆T字型ではなく、ひし型状に細胞が配置している。
2A,B)「空き空間」を増やすと細胞配置が変わる。
2A) 空き空間が10%の場合。シミュレーション[上]はひし型を予想し、実際の胚[下]でもひし型となった。
2B) 空き空間が20%の場合。シミュレーション[上]は直線状を予想し、実際の胚[下]でも直線状となった。
The extra-embryonic space and the local contour are critical geometric constraints regulating cell arrangement
*Sungrim Seirin-Lee, Kazunori Yamamoto, *Akatsuki Kimura
*Corresponding authors
Development (2022) 149, dev200401 DOI:10.1242/dev.200401