植物油脂の合成には葉緑体と小胞体の酵素が協調して働く~バイオディーゼル生産技術への応用に期待~

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2023-02-01 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物脂質研究チームの中村 友輝 チームリーダーらの研究チームは、植物の酵素LPPα2とLPPε1[1]が協調して油脂[2]の合成と植物体の成長に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

本研究成果は、代謝改変技術[3]によりバイオディーゼル[4]などの有用な化合物を植物体内で合成する技術開発に貢献すると期待できます。

細胞内では、油脂は小胞体[5]において合成され、フォスファチジン酸フォスファターゼ(PAP)[6]が油脂合成の鍵段階の反応を触媒すると考えられてきましたが、植物ではこの酵素の実体は長らく不明でした。

今回、研究チームは、モデル植物のシロイヌナズナ[7]に存在する多くのPAP酵素の候補から、LPPα2とLPPε1の二重破壊株が死に至ることを発見し、これらの酵素が協調して油脂の合成を担っているという仮説を立てました。これらの酵素が存在する場所を調べたところ、LPPα2は小胞体に、LPPε1は葉緑体に存在することが分かりました。LPPα2とLPPε1をそれぞれ植物体内で過剰に生産させると、いずれの場合も種子の油脂量が20%程度増加しました。また、LPPε1は葉緑体外包膜の特定の部位に存在し、小胞体のLPPα2と近い距離にあることが分かりました。これらのことから、細胞内の異なる場所にある酵素が葉緑体と小胞体が近接する特定の部位(コンタクトサイト)において協働するという、油脂合成をつかさどる新しい仕組みを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『The Plant Cell』オンライン版(2月1日付)に掲載されました。

植物油脂の合成には葉緑体と小胞体の酵素が協調して働く~バイオディーゼル生産技術への応用に期待~

LPPε1(緑色)が葉緑体(紫色)の特定の部位に局在する細胞内の顕微鏡画像

背景

油脂は、グリセリンというアルコールに長鎖脂肪酸が結合したもので、細胞内のエネルギー源として生物の生育に重要であるだけでなく、私たちの生活を支えるさまざまな産業で利用される重要な化合物です。特に、環境中の二酸化炭素を光合成により植物に取り込み、有用な油脂に変換する代謝改変技術は、「バイオものづくり[8]」の一環として低炭素社会の実現に貢献すると期待されています。

植物に限らず、油脂は細胞内の小胞体において合成され、フォスファチジン酸フォスファターゼ(PAP)という酵素が合成の鍵段階の反応を触媒することが知られていました。しかし、この酵素の実体は植物においては長らく不明でした。

研究手法と成果

研究チームは、モデル植物のシロイヌナズナに存在する多くのPAP酵素の候補のうち、LPPα2とLPPε1を二重に遺伝子破壊すると植物体が死に至ることを発見したことから、これらの二つの酵素が協調して油脂の合成を担っているという仮説を立てました。

これらの酵素がどこに局在するかを調べたところ、LPPα2は小胞体に局在するものの、驚くべきことにLPPε1は葉緑体の外包膜に局在することが分かりました。これらの酵素をそれぞれ植物体内で過剰に生産させたところ、葉緑体のLPPε1だけを過剰生産させた場合も、小胞体のLPPα2だけを過剰にした場合と同様に種子の油脂量を20%程度増加させることが分かりました。また、LPPε1は葉緑体外包膜の特定の部位に局在し、小胞体に局在するLPPα2と近接していることも分かりました。

これらのことから、細胞内で異なる場所にある二つの酵素が、葉緑体と小胞体が近接する特定の部位(コンタクトサイト)において協調して油脂合成をつかさどる、すなわち小胞体の油脂合成に葉緑体が関与するという、油脂合成の新しい仕組みを明らかにしました(図)。

LPPα2とLPPε1が協調して植物の油脂合成をつかさどる仕組みの図

図 LPPα2とLPPε1が協調して植物の油脂合成をつかさどる仕組み

光合成により葉緑体内で合成された光合成産物(ブドウ糖)は脂肪酸に変換された後、小胞体に輸送されて脂質となる。油脂を合成する鍵段階はフォスファチジン酸(PA)をジアシルグリセロール(DAG)に変換する反応であるが、本研究により、小胞体に局在するLPPα2と葉緑体外包膜に局在するLPPε1が協調してこの反応を触媒することが分かった。これにより、小胞体における油脂合成に葉緑体が関与するという新しい仕組みが明らかになった。

今後の期待

本研究により、長らく不明であったPAP酵素の実体がLPPα2、LPPε1という二つの酵素で、これらを植物体で過剰に生産させると種子の油脂量が増加することが分かりました。また、これまで油脂の主な合成の場とは考えられていなかった葉緑体が油脂合成に重要な役割を果たすことも明らかになりました。

油脂は種子の主たる貯蔵脂質であり、植物の成長に重要であるばかりでなく、バイオディーゼルをはじめとするさまざまな工業製品の原料として活用されています。油脂は、植物の光合成で二酸化炭素から作られる糖分に由来するため、本研究成果は油脂を植物体内に蓄積させる技術開発を通じて、低炭素社会の実現に向けて環境中の二酸化炭素を植物体内で有用な油に変換して活用するバイオものづくりに貢献すると期待できます。

本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[9]」のうち、「2.飢餓をゼロに」「3.すべての人に健康と福祉を」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

1.酵素LPPα2とLPPε1
LPPの正式名称はlipid phosphate phosphatase。脂質のうち末端がリン酸化されている化合物の脱リン酸化を触媒する酵素で、フォスファチジン酸フォスファターゼ(PAP)の中にもこの酵素群に属するものが知られている。LPPα2とLPPε1はそのうちの二つ。

2.油脂
主要成分はトリアシルグリセロール。グリセロール骨格に三つの長鎖脂肪酸がエステル結合した脂質化合物であり、種子の油の主成分であるほか、動物細胞の油滴などにも豊富に存在する。極性がないため生体膜の構成成分にはならないが、エネルギー貯蔵物質などの役割を持つことからバイオ燃料の原料としても注目されている。

3.代謝改変技術
代謝エンジニアリングとも呼ばれる。遺伝子組換え技術を用いて生物の代謝の流れを任意に改変し、有用な化合物を作り出す技術。生物の持つ能力を存分に活用した「ものづくり」の一つといえる。

4.バイオディーゼル
動植物などに由来する生物資源から作る燃料のうち、ディーゼルエンジン用の燃料に適したものをバイオディーゼルと呼ぶ。油脂トリアシルグリセロールは、バイオディーゼルの原料である脂肪酸メチルエステルを豊富に含む。

5.小胞体
細胞内で特定の役割を果たす構造(細胞小器官)の一つで、脂質やタンパク質の合成などを担う。細菌やラン藻などのDNAを包む膜を細胞内に持たない生物(原核生物)を除き、植物に限らずさまざまな生物の細胞に広く存在する。

6.フォスファチジン酸フォスファターゼ(PAP)
フォスファチジン酸(PA)をジアシルグリセロール(DAG)に変換する脱リン酸化酵素。油脂合成における鍵段階の反応を触媒する酵素。

7.シロイヌナズナ
アブラナ科の一年生植物。ゲノムサイズが小さいこと、世代が短いこと、栽培や遺伝子導入が容易であることなどから、種子植物のモデル生物として研究に用いられる。

8.バイオものづくり
生物の持つ機能を活用し、必要に応じてその機能を改変することで、工業的に難しい物質生産を可能にする取り組み。従来の化学合成に比べて省エネで、環境に優しい。工学的技術によって生物の持つ潜在的な機能を引き出すことができ、さまざまな事業活動で注目されている。

9.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
(東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授)
特別研究員 ヴァン・カム・グエン(Van Cam Nguyen)

研究支援

本研究は、理化学研究所戦略的パートナー連携事業(日本側研究代表者:中村友輝)および台湾中央研究院「Career Development Award(受領者:中村友輝)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Van Cam Nguyen and Yuki Nakamura, “Distinctly localized lipid phosphate phosphatases mediate endoplasmic reticulum glycerolipid metabolism in Arabidopsis”, The Plant Cell, 10.1093/plcell/koad021

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

生物工学一般
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