2022-06-07 大阪大学,日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 脳波や脳磁図※1の位相と振幅の同期度合いは、様々な神経疾患のバイオマーカーになることがわかってきたが、非発作時のてんかん※2患者においては不明でした。
- 本研究では安静時の脳活動において、脳磁図の位相と振幅の同期度合いがてんかん患者と健常者で異なることを発見し、てんかん患者と健常者の識別に役立つことを明らかにしました。
- 本研究成果は、てんかんの自動診断の実用化に役立つことが期待されます。
概要
大阪大学大学院医学研究科脳神経外科の貴島晴彦教授、特任研究員の藤田祐也、高等共創研究院の栁澤琢史教授らの研究グループは、脳磁図の位相と振幅の同期度合いは、てんかん患者の診断に役立つことを明らかにしました。
これまでに、本研究グループは、頭蓋内脳波の位相と振幅の同期度合いにより、てんかん患者の発作時と非発作時の識別に有用であることを示していました。しかし、てんかん患者と健常者の安静時に違いがあるかは不明でした。
今回、本研究グループは、てんかん患者と健常者の安静時脳磁図を計測し、位相と振幅の同期度合いを調べました(図1)。この位相と振幅の同期度合いはてんかん患者と健常者で異なり、深層学習※3と組み合わせることでてんかん患者と健常者を90%で識別できることがわかりました。今後、より多くの施設の脳磁図データを用いて効果を確認することで、てんかん患者の自動診断の実用化につながり、臨床応用されることが期待されます。
図1 位相振幅結合※4の計算方法
本研究成果は、2022年4月6日(金)午前6時(日本時間)に英国科学誌「Journal of Neural Engineering」(オンライン)に掲載されました。
研究の背景
てんかんの診断には、非侵襲的に脳神経活動をとらえる脳波や脳磁図が有用です。しかしながら、てんかん患者の罹患率に対して、脳波や脳磁図を判読するてんかん専門医の数は十分ではないため、潜在的なてんかん患者が多数存在することが指摘されています。てんかんの自動診断が可能となれば、診断の均質化に役立ちます。
大阪大学 貴島晴彦教授(医学系研究科脳神経外科)と栁澤琢史教授(高等共創研究院 栁澤研究室)らの研究チームは、先行研究において、てんかん患者の脳磁図で見られる特徴として、異常な位相振幅結合(Phase-amplitude coupling, PAC)※4の存在を明らかにし、頭蓋内脳波の位相振幅結合がてんかん患者の発作時と非発作時を識別できることを報告しましたが(Edakawa et al, Scientific Reports, 2016)、非発作時の安静時にてんかん患者と健常者で位相振幅結合が異なるかは不明でした。
研究内容
今回の研究では、位相振幅結合がてんかん患者と健常者で異なり、これまでにてんかん患者の診断に有用と報告された特徴量(相対パワー(Relative Power)※5、機能的結合(Functional connectivity)※6)や人工知能による深層学習と組み合わせることで、てんかん患者と健常者の識別率が向上するかを検討しました(図2)。
図2 てんかん患者と健常者の識別モデル
θ帯域とlow γ帯域、θ帯域とhighγ帯域の位相振幅結合はてんかん患者が健常者よりも高く、δ帯域とlow γ帯域の位相振幅結合はてんかん患者が健常者よりも低いことがわかりました。また、位相振幅結合単独、位相振幅結合をパワーや機能的結合と組み合わせた場合、人工知能と組み合わせた場合のどの場合においても、識別率は向上しました。特に人工知能と組み合わせた場合に最も識別率は高く、てんかん患者と健常者を90%で識別することができました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
てんかん患者の潜在的な数に対して、てんかん専門医の数は十分ではなく、診断の均質化が十分でない現状があります。今回、安静時脳磁図の位相振幅結合はてんかん患者と健常者と異なることを発見し、てんかん患者の特徴と考えられます。また、この位相振幅結合は、過去に報告されたてんかんの診断に役立つ特徴量と組み合わせることで非常に高い識別率が得られており、てんかん自動診断の実用化につながることが期待されます。
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)戦略的国際脳科学研究推進プログラム(国際脳: JP19dm0307103)などの支援を受けて実施されました。
論文情報
- 論文タイトル
- Abnormal phase–amplitude coupling characterizes the interictal state in epilepsy
- 著者
- Yuya Fujita, Takufumi Yanagisawa, Ryohei Fukuma, Natsuko Ura, Satoru Oshino and Haruhiko Kishima
- 雑誌名
- Journal of Neural Engineering
- DOI番号
- 10.1088/1741-2552/ac64c4
用語説明
- ※1 脳磁図
- 脳神経活動に伴い、脳神経細胞が発生する微弱な磁気。
- ※2 てんかん
- 脳神経細胞の異常な電気活動により、けいれんなどの神経症状を発作的に起こす病気。
- ※3 深層学習
- 人間が物体を認識する際に、脳内で多層の神経細胞のネットワークで認識していることを模して、入力情報を多層のニューラルネットワークを用いて入力情報の特徴を学習する方法。
- ※4 位相振幅結合(Phase-amplitude coupling)
- 脳活動は波形で表すことができます。ある時点での波の強さを振幅、繰り返し周期のタイミングを位相と言います。脳活動では、異なる周期帯で振幅と位相が同期することがあり、位相振幅結合(Phase-amplitude coupling)と呼ばれます。
- ※5 相対パワー(Relative power)
- ある時点での脳活動の強さ。脳活動は周波数帯域ごとに異なる特徴を持ち、脳活動の種類によって周波数帯域の活動の割合が変わります。
- ※6 機能的結合(Functional connectivity)
- 脳の異なった領域間で脳活動の同期度合いを示したもの。異なった領域間で同じような神経活動を示すとき、それらは機能的に結合していると考えます。
本件に関するお問い合わせ先
研究に関すること
栁澤 琢史(やなぎさわ たくふみ)
大阪大学高等共創研究院 教授
報道に関すること
大阪大学大学院医学系研究科 広報室
AMEDの事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 脳とこころの研究推進プログラム(戦略的国際脳科学研究推進プログラム)