生態系が与える非物質的な恩恵と人間のウェルビーイングを結びつける多様な経路が明らかに
2022-08-08 東京大学
本レビュー論文では、生態系の文化的サービス(CES: Cultural Ecosystem Services)に関する301編の学術論文を系統的にレビューしたことにより、自然がもたらす非物質的な恵みが人間のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること)にどのように関連し、影響を与えているかについて明らかにすることができました。人間と自然の相互作用がウェルビーイングにプラスまたはマイナスの影響を与える227の経路を特定し、これらの経路から人々が経験する16の根本的なメカニズム(つながりのタイプ)を特定しました。この包括的レビューは、断片的な研究分野の考察をまとめたものであり、自然からの恩恵の慎重な活用と保護を通して社会的利益を模索する政策立案者に大いに参考となるものです。
新鮮な空気を吸ってリフレッシュしたり、庭でくつろいだ時間を過ごしたりしたいと思うことはありませんか?自然は、きれいな水や食べ物、実用的な原料や素材の他にも、私たちが見落としている、あるいは把握や定量化が難しい多くの恩恵をもたらしています。生態系の文化的サービス(CES)とは、私たちが自然から受ける非物質的な恵みのことを指し、CESの研究は、レクリエーションや社会的体験、あるいは自然の精神的価値や場所に対する感覚(特定の場所や環境において抱く感情的な絆や愛着)といった恩恵についてより深く理解することを目的としています。
花菖蒲を楽しむ来場者. 生態系の文化的サービスとウェルビーイングの構成要素を結びつける経路のうち、学術文献から抽出されたものは、86.3%がポジティブな寄与であるのに対し、ネガティブな寄与はわずか11.7%であった。©2022 Nicola Burghall CC-BY-NC
これまでにも、自然と人間のウェルビーイングとの関連性について、多くのCES研究が行われてきました。しかし、これらの研究は、しばしば異なる手法や測定方法を用いたり、異なる人口層や場所に焦点を当てたりと断片的だったため、自然の無形の恩恵が人間のウェルビーイングにどのような影響を与えるかについて、包括的なパターンや共通点を見出すことが困難でした。そのため、その恩恵をよりよく理解することは、自然環境に関する実社会での意思決定の一助となり、個人や社会の利益にも貢献すると考えます。
今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科サステイナビリティ学を専攻している大学院生Lam Huynh氏とその研究チームは、恩恵の「全体像」を把握するために、301本の学術論文を対象に体系的な文献調査を実施しました。その結果、何百もの関連性を見出すことができました。「私たちは、1つのCES(レクリエーションや美的価値など)と、1つの人間のウェルビーイングの構成要素(つながり、精神性、健康など)との間に、227のユニークな関連性を特定しました。多くの関連性があることは知っていましたが、これほど多くの関連性を見出したことに驚きました。そして、さらにクリティカルな分析をすることで、主要な共通点を見出すことができたのです」とHuynh氏は述べています。
特に、人間と自然との相互作用が人々の幸福に及ぼすさまざまな影響について、16種類の異なる「メカニズム」(つながりのタイプ)を特定しました。例えば、「結合」、「創造」、「感化」のメカニズムによるポジティブな相互作用がある一方で、「不快」、「破壊」のメカニズムによるネガティブな相互作用もあり得るのです。これまでの研究でも、いくつかのメカニズムは確認されていましたが、よりネガティブな影響を含む10のメカニズムが新たに定義され、私たちのウェルビーイングが、これまで考えられていたよりも多くの点で自然の無形の側面と結びついていることが明らかになったのです。
本論文によると、人間のウェルビーイングに対するマイナスの影響は、主にCESの劣化や喪失、野生動物の騒音といった、一部の人々の精神衛生に特に影響を与える生態系の「ディスサービス(disservices)」(恩恵ではなく害を与える作用)によってもたらされていることが分かりました。他方、CESの最も高い恩恵は、精神的・身体的健康の両方に寄与しており、特にレクリエーション、観光、美的価値を通じて得られるものでした。
本論文の共著者である東京大学未来ビジョン研究センターのAlexandros Gasparatos准教授は、「今回明らかになった経路やメカニズムは、人間のウェルビーイングに個々独立して影響を与えるのではなく、しばしば強く相互作用している点が特に興味深く、このことは、負のトレードオフを生み出す可能性がある一方で、人間のウェルビーイングに複数の利益をもたらしうる重要な正の相乗効果の可能性があることも意味します」と述べています。
加えて、Gasparatos准教授は、「レビューは包括的に行いましたが、今回のレビューによって現在の研究状況とのギャップが明らかになったため、まだ特定されていない関連性があるかもしれないと考えています。生態系に依存するコミュニティ、特に伝統的なコミュニティや先住民のコミュニティにおける自然との非常に独特な関係を考慮すると、見逃している経路やメカニズムが存在する可能性があります」とも指摘しました。
「私たちが明らかにしたもう一つの知識ギャップは、人間と自然の関係の非物質的側面に関するこれまでの文献が、個人のウェルビーイングに焦点を当て、集団(コミュニティ)のウェルビーイングに着目してこなかった点です。この大きなギャップは、生態系管理の研究や実践において、相乗効果やトレードオフの可能性を発見する妨げになります」とHuynh氏は説明しています。
研究チームは現在、東京の都市空間における人間のウェルビーイングに対するCESの効果を調査するための助成金を得ています。「このプロジェクトは、今回特定された経路やメカニズムが実際にどのように展開され、人間のウェルビーイングとどう関連するかを検証するための論理的なフォローアップなのです」とGasparatos准教授は述べています。
共著者である東京大学未来ビジョン研究センターの福士謙介教授は、「人間のウェルビーイングと自然の間にある多様なつながり、そして、それらを媒介する根本的なプロセスへの理解が深まれば、政策立案者による適切な介入策の立案に役立つでしょう。そして、私たちの協調的な行動が、つながりが生み出すプラスの影響を促進し、ひいては生態系を持続的に保護・管理するための新たな手段になると考えます」と述べており、複雑で多様な知識群から得られた今回の重要な知見が、現実世界で活用されることが期待されています。
本記事は英語プレスリリースの翻訳です。原文はこちらをご覧ください。
論文情報
Huynh, L.T.M., Gasparatos, A., Su, J., Dam Lam, R., Grant, E.I., Fukushi, K., “Linking the nonmaterial dimensions of human-nature relations and human well-being through cultural ecosystem services.,” Science Advances: 2022年8月5日, doi:10.1126/sciadv.abn8042.
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