2022-12-21 産業技術総合研究所
日本電子株式会社、富士フイルム和光純薬株式会社、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)計量標準総合センター 物質計測標準研究部門、国立医薬品食品衛生研究所(以下「国立衛研」という)、(特非)バイオ計測技術コンソーシアム(以下「JMAC」という)とが共同で取り組んでまいりました、核磁気共鳴(NMR)を利用した有機化合物の定量的な純度評価に関わる国際規格が、この度ISO 24583「定量核磁気共鳴分光法 -食品に利用される有機化合物の純度評価- 1H NMR内標準法のための一般的要求事項」(英文タイトル:Quantitative nuclear magnetic resonance spectroscopy-Purity determination of organic compounds used for foods and food products -General requirements for 1H NMR internal standard method )として発行されました。
食品や医薬品の評価、有害物質モニタリングなど、私たちの周りに存在する化学物質(有機化合物)を管理し、安心・安全な生活を守るためには”定量分析”が欠かせません。qNMR(定量NMR)法は、その信頼性を高める手法です。本国際規格では、NMR法を用いた”定量分析”手法であるqNMR法の測定手順などを定めており、国内外の有機化合物の純度評価の信頼性が向上します。これによりqNMR法の社会実装がさらに促進され、快適で安心・安全な社会の実現に貢献します。(図1)
なお、この国際規格は、2022年12月19日にISOより発行されました。
ポイント
- 有機化合物の定量分析結果の信頼性を高める国際規格
- さまざまな有機化合物の定量的な純度評価へ応用できるように規格化
- 分析値の信頼性向上で食品成分などの分析精度を向上
図1 有機化合物の定量分析が支える安心・安全な社会と本国際規格の波及効果
NMRによる有機化合物の定量分析と課題
既存の分析法が抱える問題解決に向け、標準物質開発において、産総研では2000年頃からNMRによる定量分析の研究を進め、計量トレーサビリティを確保する有効な分析法としての成果を発信してきました。また、国立衛研は、薬局方や食品添加物公定書などの公定法に利用される定量用標品の純度評価のため、NMRによる定量分析の有用性に着目し、さまざまな規制に適用するための実用化に関する研究を進めてきました。研究レベルでは正確な分析値を得ることができる手法としてNMRを用いた定量技術の認識が高まる一方で、1)具体的な操作が論文ごとに最適化されており、一般化されていない、2)測定に用いる試薬やNMR用定量解析ツールなどインフラ整備が不十分である、3)分析法の妥当性評価に対する情報が不足していることに加え、4)NMRで正確な定量は難しいという業界の常識などの理由から、定量分析法として普及するためには多くの課題がありました。
課題解決に向けた研究から国内規格へ
前述の1)~4)の課題を解決するため2008年からNMRによる定量分析法の実用化を目指し、5機関*で共同研究を開始しました。その内容は技術的な議論や共同実験だけでなく、認知度向上のための活動、分析環境を整えるためのインフラ整備など、実用化に関する取り組みや活動が幅広く含まれるものでした。インフラ整備では、分析機器メーカーである日本電子株式会社がNMR装置(図2)用の定量解析ツールを開発し、総合試薬メーカーである富士フイルム和光純薬株式会社がqNMR用基準物質(図3)を世界で初めて開発しました。こうした取り組みを基礎として、国内における標準化活動を介して、2018年には、日本工業規格(現:日本産業規格、JIS)「JIS K 0138:2018 定量核磁気共鳴分光法通則(qNMR通則)」が発行されました。これにより、日本におけるNMRによる定量分析法がより広い分野で認識され、qNMR法はさまざまな分野で活用されることとなりました。
* 国立医薬品食品衛生研究所、独立行政法人産業技術総合研究所(現:国立研究開発法人産業技術総合研究所)、花王株式会社、和光純薬工業株式会社(現:富士フイルム和光純薬株式会社)、日本電子株式会社
図2 核磁気共鳴(NMR)装置の一例
図3 代表的なqNMR用基準物質の例
国際規格発行に至る取り組み
JISをもとにした日本発の国際規格制定を目指し、2019年7月にISOの食品専門委員会(ISO/TC 34)に、同委員会の国内審議団体である(独法)農林水産消費安全技術センター(FAMIC)の協力のもと、国際規格案を新規提案しました。国際規格案で規定する手法は食品分析全般の分析結果の信頼性向上につながるため、専門委員会(TC)全体に技術を展開できる形の作業グループ(WG)を設置し産総研がコンビーナとして国際規格案を審議することとなりました。国際規格原案は国立衛研がプロジェクトリーダーとなり、コンビーナ、JMACと協力して国内および諸外国のエキスパートと議論を重ね、国際的な合意形成を得たものになります。このたびISO/TC 34での最終的な投票において発行が承認されました。
国際規格ISO 24583について
JIS K 0138が1H qNMRを実施する測定条件を規定しているのに対して、本国際規格は、分析者が目標として設定した不確かさの条件に対する実現可能性と妥当性を確認する方法、さらに、測定や解析条件などを設定する方法を示しています。そのため、試験者は目的に応じて測定および解析の条件が設定可能であり、さまざまな有機化合物の純度評価へ適用できます。従って、本国際規格によりqNMR法が国際的に認知され、食品分析以外でも多種多様な有機化合物の分析結果の信頼性向上に寄与する分析技術として、世界中の研究および業務への応用が期待されます。(図1)
なお一連の標準化活動は、以下の事業による支援を受けています。
- 新市場創造型標準化制度 テーマ名「定量核磁気共鳴(qNMR)分析法に関する標準化」
- 戦略的国際標準化加速事業:政府戦略分野に係る国際標準開発活動 テーマ名「溶液中で非解離性水素核を有する食品に対する水素核定量核磁気共鳴分光法(1H qNMR法)-食品添加物でもある安息香酸の定量分析法-に関する国際標準化)」
- 厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)研究課題「既存添加物の品質確保のための評価手法に関する研究」課題番号 H29-食品-一般-007
- 厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)研究課題「既存添加物の品質向上に資する研究」:課題番号 20KA1008
今後の取り組み
本国際規格は有機化合物における純度評価の信頼性向上に寄与することから、検査や分析のみならず、高い信頼性が必要となる標準物質の開発にも活用することが見込まれます。今後は、定量分析に必要となる基準の設定にqNMRを利用して値付けを行うことが当然のことになることを目指し、様々な分野の研究、開発および分析実務に対応するqNMR測定・解析システムの高度化や簡易化、試薬、器具などの分析環境の整備を継続し、安心・安全な社会の実現に努めてまいります。
用語
- 1.核磁気共鳴(NMR)
- Nuclear Magnetic Resonance の略。原子核(核スピン)が磁場中においてラジオ波を吸収する現象。この現象を利用して化学物質の構造や物性を解析するのが核磁気共鳴装置である。化学、医薬、食品、バイオ、材料など幅広い研究および実務領域で利用されている。
- 2.qNMR (定量NMR)法
- NMRでは物質を構成する原子核の数に比例した信号が得られる。NMRを使った分析対象試料の成分の定量分析をQuantitative NMR (qNMR)法または定量NMR法とよぶ。有機化合物の純度や含量の正確な分析ができる。
- 3.標準物質
- 化学分析に用いられる物質や材料の特性を決定するための基準となる物質で、標準物質(Reference Material:RM)と認証標準物質(Certified Reference Material: CRM)がある。標準物質は装置の校正などに使われる。qNMR法で使用される標準物質はqNMR用基準物質とよばれる。例えば、クロマトグラフ法では分子の特性を検出するため測定対象物と同一の標準物質が必要であるが、qNMR法では原子核(例えば1H:水素)を検出するため、測定対象物とqNMR用基準物質が同一である必要はない。つまり、測定条件に適した1つのqNMR用基準物質でさまざまな測定対象物を定量することが可能である。
- 4.計量トレーサビリティ
- 計測器、標準物質の信頼性がそれを校正する標準が国家標準までたどれることが確保されていることによって証明されていること。
(引用 計量標準総合センターホームページ (https://unit.aist.go.jp/nmij/library/traceability/)の用語「トレーサビリティ」を参考に記載。)
- 5.不確かさ
- 測定値に付随する、合理的に測定対象量に結び付けられ得る値の広がりを特徴づけるパラメータ
(引用 JIS Z 8103:2019の3.5)
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