高齢者のT細胞応答は立ち上がりが遅く収束は早い 〜新型コロナワクチン接種機会を活用した免疫応答の個人差・年齢差の解明〜

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2023-01-13 京都大学iPS細胞研究所

本研究では新型コロナウイルスワクチンに対する免疫応答の個人差・年齢差について検討し、特に加齢の影響を受けやすいとされるT細胞に着目した解析を行い、以下のことを明らかにしました。

ポイント

  1. 高齢者では、ワクチン接種後のT細胞応答の立ち上がりが遅く、収束は早い傾向があった。
  2. ヘルパーT細胞注1)応答の立ち上がりが遅い人では、抗体価、キラーT細胞注2)の活性化、および副反応の頻度も低い傾向があった。
  3. 高齢者のへルパーT細胞はPD-1注3)を高レベルで発現し、キラーT細胞の誘導と負の相関を示したことから、免疫反応にブレーキがかかりやすくなっている可能性が示唆された。
  4. ワクチン接種後の免疫応答は、年齢差だけでなく個人差が顕著であった。

高齢者のT細胞応答は立ち上がりが遅く収束は早い 〜新型コロナワクチン接種機会を活用した免疫応答の個人差・年齢差の解明〜

概要図

1. 要旨

城 憲秀 助教(CiRA未来生命科学開拓部門)および濵﨑 洋子 教授(CiRA同部門)の研究グループは、京都大学医学部附属病院(クリニカルバイオリソースセンターおよび次世代医療・iPS細胞治療研究センターら)と共同で、新型コロナウイルスワクチン接種後の免疫応答を詳細に解析し、高齢者においてヘルパーT細胞応答の立ち上がりが遅いことが、抗体産生やキラーT細胞の活性化や副反応の頻度が低いことと関係することを明らかにしました。
一般に歳をとるにつれ免疫機能が低下することはよく知られていますが(免疫老化)、ウイルスやがんに対する免疫応答の中心を担うT細胞が生体内で刺激を受けた際の応答性が、加齢によってどのように、どの程度変化するのかはよく分かっていません。本研究では、ワクチン接種というヒトが均一な抗原刺激を受ける貴重な機会を活用し、この点を明らかにすることを目指しました。
新型コロナウイルスに対するワクチン(Pfizer社製 BNT162b2)を接種した高齢者(65歳以上)と成人(65歳未満)各約100名、計216名の協力を得て、ワクチン接種後のT細胞応答と、それが抗体産生や副反応とどのように関連するのかを調べました。
その結果、高齢者ではワクチン接種後のヘルパーT細胞応答の立ち上がりが遅く、収束は逆に早いという特徴があることが分かりました。また高齢者のワクチン特異的ヘルパーT細胞は、T細胞活性化を抑えるタンパク質であるPD-1(Programmed cell death -1)を高レベルで発現していることから、応答にブレーキがかかりやすくなっている可能性が示唆されました。また年齢にかかわらず、ヘルパーT細胞応答の立ち上がりが遅い人では、抗体価の最大値やキラーT細胞の活性化だけでなく、全身性副反応の頻度も低いことが分かりました。
このことは、ワクチン効果を向上させるためには、初回接種によるヘルパーT細胞の応答を高め、サイトカイン注4)を十分に産生させることがカギになることを示唆していると考えらえます。さらに、ワクチンで誘導されるこれらの免疫応答には、年齢差だけでなく極めて大きな個人差があることが明らかになりました。
本成果は、高齢者など免疫機能が低下しつつある人に対しても高い効果をもつワクチン製剤の開発や、個人の免疫状態に適した接種スケジュールの立案に役立つと考えられます。今後、免疫記憶の維持に年齢による違いがみられないか、長期的に観察していくことで、さらなる知見を加えていきます。また、免疫応答に年齢差や個人差が生じるメカニズムを明らかにすることで、「免疫力」や「免疫年齢」を科学的に定義し、免疫老化の介入(免疫の若返り)法の開発にも役立つことが期待されます。
この研究成果は2023年1月12日(英国時間)に「Nature Aging」で公開されました。

2. 研究の背景

高齢であることは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化の最も大きな危険因子です。これは、加齢に伴って免疫の機能が低下することが大きな原因であると考えられています。T細胞は、抗体応答やウイルス感染細胞の排除や抗体応答において中心的な役割を担う免疫細胞です。しかし、T細胞の産生と教育を行う臓器である胸腺は、人生の早い段階から退縮してしまうため、新しく作られるT細胞は減少し、体内のT細胞は加齢とともに様々な機能不全を起こします。このため、高齢者にはワクチン接種が強く推奨されますが、ワクチン接種そのものが個人の免疫機能を利用して免疫を増強する方法であるため、一般的に免疫機能が低下した人では接種の効果や効能も限定的であるとされています。
パンデミックを機に新たに開発された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のmRNAワクチンは、65歳以上の高齢者においても、感染や重症化の予防に高い有効性を示しました。しかし、誘導される抗体価は高齢者では低いことが分かっています。また、サイトカインを放出してキラーT細胞や抗体産生を活性化するヘルパーT細胞(Th1細胞およびTfh細胞注5))の応答も、高齢者、特に80歳以上の人では低いという報告があります。しかし、T細胞応答の動態の違いやヘルパーT細胞応答が低下する仕組み、抗体応答やキラーT細胞の活性化との関係は明らかではありませんでした。また、従来のワクチンと比べてmRNAワクチンは顕著な副反応を起こすことも特徴の一つとされています。これまでに、副反応が強いと血中の抗体価が高いことを示す研究報告がいくつかありますが、サイトカイン産生により発熱や倦怠感など全身性の影響を引き起こす可能性のあるT細胞応答との関係は検討されていませんでした。
今回の研究では、基礎疾患を持たない健康な日本人の方々に協力していただき、mRNAワクチン接種後の免疫応答を詳細に調べることで、免疫老化の基礎となるT細胞応答の加齢変化の実態とそのメカニズムの一端を明らかにしました。

3. 研究結果

1)研究参加者と研究デザイン
新型コロナウイルスワクチン(新型コロナウイルス スパイクタンパク質に対する免疫応答を誘導するmRNAワクチン:Pfizer社製 BNT162b2)を2回接種する予定で、新型コロナウイルスに感染歴のない、健康な20歳以上の日本人の方に協力いただきました(表1)。ワクチン接種前、1回目接種から約2週間後、2回目接種から約2週間後、1回目接種から3ヶ月後に、血液を採取しました。また、ワクチン接種後の副反応として、接種部位の痛みおよび発熱等について米国食品医薬品局(FDA)の基準や先行研究に従って評価しました。

表1 研究参加者について

2)高齢者ではワクチン接種後の抗体価上昇が低い
新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質のうち、細胞に感染する際に重要な受容体と結合する部分(RBD)に対する抗体量(抗体価)を調べたところ、成人も高齢者もワクチン2回接種後に抗体価の大幅な上昇が見られました。ピーク値は、成人(中央値:27,200)と比べて高齢者(中央値:18,200)では40%程度低い値になりましたが(図1)、個人差も大きく、最大値と最小値は、両群ともに約100倍もの違いがありました。

図1 血中抗体量の変化

3)ヘルパーT細胞応答の立ち上がりが高齢者では遅く、早く収束する
次に、抗体産生を助けるヘルパーT細胞に着目しました。ワクチンに反応するヘルパーT細胞の割合を調べたところ、これまでの報告と同様に1回目の接種により大きく増えた後、2回目の接種では1回目の接種後と同程度を保ちますが、 3ヶ月後には減少しました。高齢者では、ワクチンに反応するヘルパーT細胞の割合が1回目の接種後では成人と比べて低く、2回目接種後に成人と同程度になりました。しかし、3ヶ月後には再び少なくなりました(図2)。サイトカインを産生するヘルパーT細胞(IFN陽性のヘルパーT細胞)で評価しても同様の傾向がみられました。

図2 ワクチン特異的ヘルパーT細胞の割合の変化

4)2回目接種後に副反応が強い人ではT細胞応答の立ち上がりが早く、ピークの抗体価が高い
2回目接種後、局所的な副反応である接種部位の痛みは、成人・高齢者ともに同程度の割合で見られました。38℃以上の発熱や倦怠感・頭痛など、全身性の副反応については、高齢者では成人と比較して少なくなりました(図3)。

図3 ワクチン2回目接種後に副反応を示した人の割合

また、2回目接種後に38℃以上の発熱があった人となかった人の間で抗体価とT細胞の応答を比較したところ、発熱があった人の方が1回目接種後のT細胞応答と2回目接種後の抗体価が高くなっていました(図4)。

図4 発熱とT細胞応答・抗体価との関係

5)高齢者ではヘルパーT細胞がT細胞の活性化を抑えるPD-1を発現していた
高齢者においてヘルパーT細胞の応答が弱いメカニズムを明らかにするため、過剰な免疫反応を防ぐために免疫応答を抑えるPD-1に注目しました。ワクチンに反応するTh1細胞におけるPD-1の発現は、2回目接種後にピークを迎えますが、高齢者では成人と比べて高い値になりました(図5左)。また、PD-1の発現が高い高齢者では、キラーT細胞の誘導が低い傾向が見られました(図5右)。

図5 ワクチン接種後のヘルパーT細胞におけるPD-1の発現量の変化とキラーT細胞誘導との関係

4. まとめ

今回の研究では、mRNAワクチンに対するT細胞応答が年齢によってどのように異なるのか、詳細に調べました。高齢者では成人と比較して、新型コロナウイルスに反応するT細胞の誘導が遅いこと、早期に反応が収まることが明らかになりました。また全身性副反応が強いことは、ヘルパーT細胞応答の迅速な立ち上がりと、それに伴う効率的な抗体・キラーT細胞応答誘導の指標になると考えられます。
本成果は、免疫機能が低い人に対しても高い有効性を持つワクチンの開発や、高齢者 ・若年者それぞれの免疫特性に適したワクチン接種スケジュールの立案に役立つ可能性があります。また、ワクチン以外の様々な免疫療法の効果や副反応の個人差・年齢差のメカニズムの理解とその克服に貢献することが期待されます。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Impaired CD4+ T-cell response in older adults is associated with reduced immunogenicity and reactogenicity of mRNA COVID-19 vaccination

  2. ジャーナル名
    Nature Aging
  3. 著者
    Norihide Jo1,2, Yu Hidaka3, Osamu Kikuchi4,5, Masaru Fukahori6,7, Takeshi Sawada6,7, Masahiko Aoki6,7, Masaki Yamamoto8, Miki Nagao8, Satoshi Morita3, Takako E Nakajima6,7, Manabu Muto4,5,7, and Yoko Hamazaki1,9*
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学大学院医学研究科 先端医療基盤共同研究講座
    3. 京都大学大学院医学研究科 医学統計生物情報学
    4. 京都大学大学院医学研究科 腫瘍薬物治療学講座
    5. 京都大学医学部附属病院 クリニカルバイオリソースセンター
    6. 京都大学大学院医学研究科 早期医療開発学
    7. 京都大学医学部附属病院 次世代医療・iPS細胞治療研究センター (Ki-CONNECT)
    8. 京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
    9. 京都大学大学院医学研究科 免疫生物学

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 (JP21gm5010005、JP20fk0108454、JP223fa627009)
  2. iPS細胞研究基金
  3. 京都大学iPS細胞研究所山中伸弥研究室への新型コロナウイルス特別研究助成
  4. 独立行政法人 日本学術振興会 科研費 (21K15467)
  5. 公益社団法人 関西経済連合会
  6. 三井住友信託銀行株式会社 新型コロナ ワクチン・治療薬開発寄付
  7. 公益財団法人 武田科学振興財団

7. 謝辞

216名のワクチン接種ボランティアの皆さん、京都大学医学部附属病院のスタッフの皆さんに、心より感謝いたします。

8. 用語説明

注1) ヘルパーT細胞
主にサイトカインを産生することで他の免疫細胞の機能を助けるT細胞。ワクチン応答では、抗体産生を促したり、キラーT細胞を活性化したりする。

注2) キラーT細胞
ウイルス感染細胞やがん細胞などを直接傷害して排除するT細胞。

注3) PD-1 (Programmed cell death -1)
T細胞の活性化後に発現誘導され、免疫反応を抑制するタンパク質で、自己への応答や過度な免疫応答を抑制する。

注4) サイトカイン
主に免疫細胞が放出し、特定の細胞の働きを制御するタンパク質。さまざまな種類がある。ヘルパーT細胞が出す代表的なサイトカインとして、IL-2やIFN-が知られており、IFN-により細胞性免疫や炎症反応が活性化される。

注5)Th1細胞、Tfh細胞
Th1細胞(1型ヘルパーT細胞)は主にキラーT細胞やマクロファージ等が担う細胞性免疫の活性化を、Tfh細胞(濾胞性ヘルパーT細胞)は主に抗体応答を促進する。

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