2023-06-16 東北大学
〇流体科学研究所 准教授 船本健一
【発表のポイント】
- 細胞性粘菌(注1)は低酸素環境下において動きを活性化させ、酸素を求めて遊走する性質(走気性)(注2)を有します。
- 既存の仮説に反し、ミトコンドリアや酸化ストレスは細胞性粘菌の走気性には関与しないことが明らかになりました。
- 本研究成果は、全く未知の酸素応答機構の存在を示唆する重要な知見であり、将来的にはヒト細胞を含む真核細胞の生命現象の解明と予測につながるものと期待されます。
【概要】
酸素環境は多くの真核細胞の生命現象を左右し、生理学・病理学的な事象に深く関わっていますが、その機構は完全には解明されていません。
東北大学流体科学研究所の船本健一准教授、廣瀬理美氏(大学院医工学研究科博士後期課程修了生、現・マサチューセッツ工科大学博士研究員)、リヨン第1大学のJean-Paul Rieu(ジャン・ポール リウ)教授、Christophe Anjard(クリストフ アンジャル)教授らの共同研究チームは、真核細胞のモデル生物である細胞性粘菌Dictyostelium discoideum(和名:キイロタマホコリカビ)が、細胞周囲の酸素濃度勾配に応じて酸素が豊富な領域に向かって遊走すること(走気性)を発見し、その機構の解明に向けて研究を行ってきました。
従来の培養皿を用いた細胞実験方法に加え、任意の酸素環境と化学刺激環境を生成できるマイクロ流体デバイス(注3)を用いた実験や、細胞の遊走の数理モデルを用いた解析により、細胞性粘菌の走気性は、誘引物質と考えられていた酸化ストレスや酸素代謝を担う細胞内小器官ミトコンドリアの働きに依存しない現象であることを明らかにしました。
これらの発見は、真核細胞の酸素応答における未知の機構の解明に向けた重要な知見であり、生命現象の解明と予測につながるものと期待されます。
本成果は、6月15日付(現地時間)でオープンアクセス誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」に掲載されました。
図1. 実験と数理モデルによる細胞性粘菌の走気性の誘導機構の研究概要。
【用語解説】
注1. 細胞性粘菌:和名キイロタマホコリカビ。アメーボゾアに属する真核生物で、土壌表層に生息する。単細胞のアメーバ細胞として増殖する時期と、集合して多細胞体を形成する時期を有する。その既知の遺伝子配列は生物学的に簡単でありながら、ヒト細胞の遺伝子とのオルソログ(共通祖先に由来する遺伝子)を有するとされる。細胞運動についてヒト白血球細胞との共通点も報告されており、有用なモデル生物として広く研究されている。
注2. 走気性:生物や細胞が何らかの刺激に対し、ある一定の方向性を有する挙動を示す性質を走性といい、特に、酸素に対して示す走性を走気性という。
注3. マイクロ流体デバイス:マイクロスケールの流路内で流体を制御するデバイス。シリコーン樹脂のポリジメチルシロキサン(PDMS)などを用いて作製されることが多い。近年、細胞実験への応用が盛んであり、生体内の臓器や器官の機能を模擬するチップOrgan-on-a-chipなどが開発されている。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学流体科学研究所
准教授 船本 健一(ふなもと けんいち)
(報道に関すること)
東北大学流体科学研究所
広報戦略室