「エネルギー消費の促進」による肥満や糖尿病の治療を 目指した概念実証研究~褐色脂肪細胞の鍵因子 NFIA はエネルギー消費を促進し炎症を抑制する~

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2023-07-25 東京大学

発表のポイント
◆「エネルギー消費の促進作用」を有する褐色脂肪細胞の鍵因子 NFIA の発現量を高めた遺伝子改変マウスは肥満や糖尿病になりにくいことを明らかにしました。
◆メカニズム解析の結果、NFIA はエネルギー消費の促進作用に加えて慢性炎症の抑制作用も有しており、双方を介して抗肥満作用や抗糖尿病作用を発揮することを同定しました。
◆NFIA は「エネルギー摂取の抑制」ではなく「エネルギー消費の促進」に基づく肥満や糖尿病の治療標的として、また生活習慣病の本態である「慢性炎症」を制御するための治療標的として期待されます。


本研究の概念図

発表概要
東京大学保健・健康推進本部 平池勇雄助教と同大学大学院医学系研究科 山内敏正教授らの研究グループは「エネルギー消費の促進」に基づく肥満や糖尿病の治療標的として期待される褐色脂肪細胞の鍵因子として研究グループが以前同定した転写因子(注1)nuclear factor IA (NFIA)を脂肪細胞に高発現させた遺伝子改変マウスを作出し、NFIA がマウスにおいて肥満や糖尿病を改善させることを明らかにしました。メカニズム解析の結果、NFIA はエネルギー消費の促進作用に加えて慢性炎症の抑制作用も有しており、双方を介して抗肥満作用や抗糖尿病作用を発揮することを同定しました。NFIA は「エネルギー摂取の抑制」ではなく「エネルギー消費の促進」に基づく肥満や糖尿病の治療標的、また生活習慣病の本態のひとつである「慢性炎症」を抑制するための治療標的となる可能性があり、NFIA の発現量や作用を高める治療薬の開発につながることが期待されます。本研究成果は米国東部夏時間 2023 年 7 月 24 日に「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, PNAS)」に掲載されました。

発表内容
〈研究の背景〉
全世界に蔓延する肥満や糖尿病の新しい治療法を開発し続発する循環器疾患、肝腎疾患や悪性腫瘍等を減らすことは健康長寿の実現に向けた課題です。糖尿病の治療は過去 20 年ほどで飛躍的に進歩した一方、糖尿病の背景にしばしば存在する肥満に対する介入は依然として食事や運動に関する生活指導が主体です。高度肥満例に対する減量手術の有効性は確立されているものの、我が国においては適応となる患者数はそれほど多くありません。また既存の薬物治療や外科治療はすべて「エネルギー摂取の抑制」を意図しますが、エネルギー収支を平衡させるには「エネルギー消費の促進」という方針も考えられます。
脂肪細胞には脂肪滴としてエネルギーを貯蔵する機能が主体の「白色脂肪細胞」に加え、ミトコンドリアにおける uncoupling protein-1 (Ucp1)の作用を介してエネルギーを消費し熱を産生する「褐色脂肪細胞」と呼ばれるサブタイプが存在します。従来、げっ歯類やクマなどの冬眠動物においては冬眠前後の体温調節における褐色脂肪細胞の重要性がよく知られていましたが、近年になってヒト成人においても一定量の褐色脂肪細胞が存在すること、更に褐色脂肪細胞の活性が肥満の指標である body mass index (BMI)と負に相関し加齢に伴って低下することが報告されています。そのため褐色脂肪細胞は「エネルギー消費の促進」に基づく肥満や糖尿病の治療標的として期待されています。研究グループは褐色脂肪細胞の分化を制御する鍵因子として転写因子 nuclear factor I-A (NFIA)を同定しその作用を解析してきました(Hiraike Y., et al. Nature Cell Biology 2017, Hiraike Y., et al. PLoS Genetics 2020, Hiraike Y., et al. iScience 2022)。

〈研究の内容〉
研究グループは脂肪細胞において NFIA を野生型マウスと比較して 5 倍程度高発現させた遺伝子改変マウス(NFIA トランスジェニックマウス、NFIA-Tg)を作出し、脂肪細胞において NFIAを高発現させることが肥満や糖尿病の改善につながるか検証しました。NFIA-Tg は高脂肪食負荷条件において野生型と比較して全身のエネルギー消費量が亢進し、体重増加は抑制され血糖値の上昇も抑えられました。すなわち脂肪細胞の NFIA は抗肥満作用と抗糖尿病作用を有していました。なお NFIA-Tg では両群に体重差を認めない高脂肪食負荷の開始早期から血糖値の上昇が抑えられており、NFIA は抗肥満作用と独立した抗肥満作用を有すると考えられました。
網羅的な遺伝子発現解析の結果、褐色脂肪細胞の遺伝子発現パターンは野生型と NFIA-Tg であまり差がなかったものの、白色脂肪細胞において NFIA が褐色脂肪細胞の遺伝子プログラムを活性化しミトコンドリアの機能を高めていることが分かりました。また予想外に、NFIA は白色脂肪細胞において高脂肪食負荷が惹起する慢性炎症を抑制する作用も有していました。NFIA は脂肪細胞から分泌され全身の炎症を促進し肥満や糖尿病を増悪させる因子として良く知られる Monocyte chemotactic protein 1 (MCP-1)の発現を抑制し、結果として脂肪組織の炎症所見を改善させました。実際、クロマチン免疫沈降と次世代シークエンスを組み合わせた ChIP-seq解析によって、転写因子 NFIA が MCP-1 をコードする Ccl2 遺伝子の発現を負に制御することを明らかにしました。ヒト脂肪組織においても NFIA 遺伝子の発現量と CCL2 遺伝子の発現量は負に相関しており、マウスのみならずヒトの脂肪細胞においても NFIA は抗炎症作用を有する可能性が示唆されました。

〈今後の展望〉
交感神経刺激や寒冷刺激によりヒト褐色脂肪細胞を活性化しエネルギー消費量を上昇させられることは従来から知られていましたが、これらの刺激によって褐色脂肪細胞の活性は上昇する一方で血圧や脈拍の上昇等の副作用は避けられず、交感神経系の活性化を介して褐色脂肪細胞を活性化させる肥満治療薬の実用化は困難と考えられてきました。本研究により少なくともマウスについて、脂肪細胞における NFIA の発現を高めることで肥満や糖尿病を治療できることが示されました。今後、低分子化合物の経口投与など遺伝子改変を伴わないかたちで NFIA の発現量ないし活性を高める手法を開発できれば、ヒトにおける肥満や糖尿病の治療法に結実する可能性が期待されます。また NFIA がエネルギー消費の促進に関わる褐色脂肪細胞の遺伝子プログラムは正に制御する一方で炎症に関わる遺伝子プログラムは負に制御するという「文脈依存的」な転写制御機構は生物学的に興味深い研究対象であるとともに、その制御機構の理解によって個々の病態により高精度に対応した肥満や糖尿病の治療につながることが期待されます。

〈関連のプレスリリース〉
「肥満症の治療標的として期待される「褐色脂肪組織」の新規制御因子を同定」(2017/08/15)
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20170815.html

発表者
東京大学
保健・健康推進本部
平池 勇雄(助教、東京大学卓越研究員)

大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学分野
山内 敏正(教授)〈東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科(科長)〉

論文情報
〈雑誌〉 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS; 米国科学アカデミー紀要)
〈題名〉 NFIA in adipocytes reciprocally regulates mitochondrial and inflammatory gene program to improve glucose homeostasis
〈著者〉 Yuta Hiraike*,#,Kaede Saito*, Misato Oguchi*, Takahito Wada, Gotaro Toda,Shuichi Tsutsumi, Kana Bando, Junji Sagawa, Gaku Nagano, Haruya Ohno,Naoto Kubota, Tetsuya Kubota, Hiroyuki Aburatani, Takashi Kadowaki,Hironori Waki, Shintaro Yanagimoto and Toshimasa Yamauchi#

*:筆頭著者
#:責任著者
〈D O I〉 10.1073/pnas.2308750120

研究助成
本研究は東京大学卓越研究員制度、科研費 若手研究「エネルギー消費の促進に基づく生活習慣病の治療を目指した転写因子 NFIA の機能解析(課題番号:23K15387)」、日本医療研究開発機構 AMED-FORCE「NFIA を標的としたヒト肥満治療法開発のための研究展開(課題番号:21gm4010014h0001)」、持田記念医学薬学振興財団、薬理研究会、大和証券ヘルス財団、MSD 生命科学財団、東京生化学研究会、武田科学技術振興財団、先進医薬研究振興財団、パブリックヘルスリサーチセンター、日本応用酵素協会等の支援により実施されました。

用語解説
(注 1)転写因子
ゲノムに存在する特定の DNA 配列を認識し結合する蛋白質。標的遺伝子が DNA から mRNA へ転写されることを正ないし負に制御することによって標的遺伝子の発現量を制御し、それによって細胞の分化や機能を規定する。

問合せ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学 保健・健康推進本部
助教、東京大学卓越研究員 平池 勇雄(ひらいけ ゆうた)

東京大学 大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学分野 ※医学部附属病院内
教授 山内 敏正(やまうち としまさ)

〈報道に関する問合せ〉
東京大学本部安全衛生課 保健・健康推進チーム
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター

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