2023-08-08 電気通信大学,東京大学
発表のポイント
*ハエの幼虫において、運動と運動の合間の静止時に特定の筋が収縮していることを発見
*静止時の筋収縮を担う神経回路を同定し、この回路が運動速度制御を担うことを明らかにした
*多様な動物が示す体軸方向への運動の速度制御機構の解明に貢献できると期待される
発表概要
電気通信大学大学院情報理工学研究科共通教育部の高坂洋史准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻の能瀬聡直教授、セントアンドリュース大学のMaarten Zwart博士らの研究グループは、ショウジョウバエ幼虫の動きの筋収縮パターン及びそれを制御する神経回路を解析し、新しい運動速度制御機構を発見しました。
この成果は国際生命科学誌 eLifeに8月8日17時(日本時間)に掲載されました。
発表内容
<研究の背景>
小さい虫から、魚類、両生類などの脊椎動物に至るまで、多くの動物には頭尾方向の体軸があります。この軸に沿って筋収縮が順次伝わることで、動物は移動できます。従来、この「軸方向運動」の速度制御には、筋収縮が体軸に沿って伝播する速度の調節が重要であると考えられ、その神経回路機構について詳しく調べられてきました。一方で、筋収縮が体軸に沿って伝播していない時間で何が起きているのかはあまり明らかになっていませんでした。そのため、軸方向運動の速度制御機構の全体像について不明な点が残されていました。
<手法と成果>
この研究では、軸方向運動を示し、かつ遺伝学的手法の開発が進んでいる動物の一つであるショウジョウバエの幼虫(以下、幼虫)に注目しました。幼虫は、体長4mmほどで体節構造をしていて、尾から頭に向けて体軸方向に順番に体節を収縮させる「ぜん動運動」によって移動します。遺伝子工学の技術を使って幼虫の筋細胞を蛍光性のタンパク質で標識して、自由行動中の幼虫の筋細胞の動きを可視化しました。すると、各体節にある特定の筋細胞(LT筋)が、ぜん動運動とぜん動運動の合間の静止期に全身で一斉に収縮していることを発見しました(図上)。
そこで、LT筋の制御に関わる神経細胞を、コネクトミクスと呼ばれる神経ネットワーク配線を網羅的に分析する手法によって探索したところ、A31cとA26fという介在神経細胞が、LT筋を制御する神経回路に含まれていることが分かりました(図下)。興味深いことに、A31cとA26fは、ともにぜん動運動とぜん動運動の間の時間に、中枢神経系の各体節で活性化していました。これらの神経細胞の機能を調べるために、オプトジェネティクスという、神経細胞の活動を光照射によって人工的に制御する手法を用いて、A31c神経細胞やA26f神経細胞の活動を変化させたところ、LT筋の収縮時間が変化するとともに、幼虫の移動速度も変化しました。
以上の結果から、ぜん動運動とぜん動運動の合間の時間幅が、A31c-A26f回路によって制御されており、そのことによって、幼虫の移動速度が変化することが明らかになりました。動いていない時間幅を積極的に制御することで、軸方向運動の速度を制御するという新しい機構が示唆されます。
図上:幼虫が、前進運動の合間の静止期に全身のLT筋(右図緑)を一斉に収縮させる模式図。
図下:LT筋の収縮を制御する神経回路の模式図。A31c神経細胞及び、A26f神経細胞は、各神経節に左右一つずつ存在する。
<今後の期待>
動物の移動運動は、一般に2つの相からなることが知られています。例えば、ヒトの歩行では、足を地面に踏み込むスタンス相と、足を地面から離して前方に振り上げるスイング相の2つがあります。そして、ヒトのみならず、歩行運動の速度制御には、スタンス相の時間幅の制御が重要であることが知られています。動物の移動能力は、生存する上で重要であり、進化の過程でその速度制御機構が洗練されてきました。動物がいかにして2つの相の時間幅を調整して、適切な速度で運動するかについて、その神経回路機構はまだ不明な点が多いです。
本研究で同定した神経回路、及びその働きが、動物の移動速度制御機構の理解に貢献できると期待できます。また、このような動物の速度制御機構の知見が、機能的なソフトロボットの開発にヒントを提供できると期待できます。
論文情報
著者名:Yingtao Liu, Eri Hasegawa, Akinao Nose, Maarten F Zwart, and Hiroshi Kohsaka
論文名:Synchronous multi-segmental activity between metachronal waves controls
locomotion speed in Drosophila larvae
雑誌名:eLife
URL:https://doi.org/10.7554/eLife.83328
公表日:2023年8月8日
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新領域創成科学研究科 広報室