2023-08-28 東京大学
発表のポイント
- 酸化チタン型光触媒技術により、溶液あるいは乾燥状態のイヌアレルゲンとネコアレルゲンを分解することに成功し、光触媒によって、動物アレルゲンが分解できることを世界で初めて証明しました。
- 酸化チタン型光触媒で処理したイヌアレルゲンとネコアレルゲンはアレルギー反応を引き起こすIgEとの反応性を失ったことから、酸化チタン型光触媒によってイヌアレルゲンとネコアレルゲンを分解することで、アレルギーを抑制できることを世界で初めて証明しました。
- 動物アレルギーは、人とペット(犬、猫)との共生を阻む大きな原因で、下記のような社会課題を発生させています。動物アレルギーを抑制することができる酸化チタン型光触媒は、ペットとの共生バリアフリー社会の実現に向け、非常に重要なツールになると考えられます。
〈動物アレルギーが引き起こす社会課題〉
1. ペットを飼ったのち家族にアレルギーが発症し、困った飼い主が保健所に相談をして殺傷処分対象になっている動物が年々増えている。
2. 犬猫の保護活動も進んでいるが、保護施設から引き取りを考えていたご家庭でも動物アレルギーが発症して断念されるケースが2割程度(猫の場合)ある。
3. ペット関連施設で従業員が発症し、退職せざるをえなくなった。
光触媒によるアレルゲンレス社会への実現に向けて
発表概要
間特任教授を研究代表とする東京大学、カルテック株式会社、犬山動物総合医療センターの3者からなる研究グループは、酸化チタン型光触媒がイヌアレルゲンとネコアレルゲンを分解し、アレルゲン性を消失させることを「Toxics」に発表しました。
現在、犬や猫は伴侶動物として、その需要を増し続けています。一方で、犬アレルギーと猫アレルギーの患者は年々増え続け、世界の人口の10%~20%が犬や猫にアレルギーを持っていると推定され、人の健康と経済に甚大な損害を与えています。犬や猫のアレルゲンは主に犬や猫のフケに含まれており、犬や猫のいる家庭では空気中やカーペットなどに小さな粒子として存在しています。 家の掃除とペットのシャワーは、家庭内のアレルゲンを減らすために有効ですが、アレルゲンを完全に除去することは困難です。そのためにより効率の良いアレルゲンの除去方法の開発が極めて重要な課題となっています。
東京大学大学院農学生命科学研究科の間特任教授らは、光触媒技術(注1)をアレルゲンの除去へと応用するための研究の一つとして、1cm角の酸化チタン型光触媒ガラスシートにイヌ皮屑粗抽出物を滴下し、405nmの可視光で励起して反応させることで、液体中の主要なイヌアレルゲン(注2)であるCan f1が24時間で98.3%まで分解されることを明らかとしました。また、同様にネコ皮屑粗抽出物を光触媒で24時間処理することで、主要なネコアレルゲン(注3)であるFel d1が24時間で93.6~94.4%まで分解されました。さらに、イヌアレルゲンとネコアレルゲンは微粒子に付着し、乾燥した状態で空気中に浮遊し、人の体内に取り込まれるため、乾燥条件下における効果を検証したところ、酸化チタン型光触媒は Can f1 と Fel d1 をそれぞれ92.8%と59.2~68.4%まで分解しました。次に光触媒によるアレルゲンの分解により、そのアレルゲン性を喪失しているかを検証するために、光触媒で処理をした犬と猫のアレルゲンとアレルギーを引き起こすヒト IgE(注4)との結合を検出したところ、それぞれ104.6%と108.6%まで結合性が減少しました。この結果は、酸化チタン型光触媒が犬および猫のアレルゲンを分解し、アレルゲン性を喪失させることを示し、光触媒がペットのアレルゲンを除去し、人間とペットのパートナーシップを改善するのに役立つ可能性があることを示唆しています。
発表内容
喘息や鼻炎をはじめとするアレルギー疾患は、世界中で大きな経済被害をもたらしており、特に重要な疾患の一つであると考えられています。特に、犬や猫にアレルギーを持つ人は全人口の10%~20%であると推定されており、アメリカでは犬アレルギーによる急性喘息の治療費は5億ドルから10億ドルと試算されています。加えて、動物アレルギーは、犬や猫を保護施設に預ける大きな理由の一つになっています。一方で、世界中で犬や猫の伴侶動物としての需要は高まり続け、特にヨーロッパにおいては犬と猫の飼育頭数は増え続けています。加えて、アニマルセラピーの有効性にも注目が集まっており、今後ますます伴侶動物の重要性が増すと考えられます。このことから、大きな経済被害をもたらすと同時に、愛するペットを手放す原因ともなるペットアレルギーを抑制する方法を確立することは、今後の人間とペットのより良いパートナーシップの確立に非常に重要であると考えられます。
犬アレルギーは7種類のタンパク質(Can f1~Can f7)が、猫アレルギーは8種類のタンパク質(Fel d1~Fel d8)がその原因物質(アレルゲン)として同定されています。これらのタンパク質は犬や猫の皮屑(毛や皮膚片)や唾液、尿などに含まれており、家の中のカーペットや装飾品に付着するほか、微粒子に付着して、長期間空気中を漂うことが知られています。このアレルゲンを除去する最も簡単で有効な方法は部屋の掃除と犬や猫を洗うことです。しかし、これらの方法だけでは、アレルゲンを完全に除去するには不十分です。そこで、次亜塩素酸などの消毒薬を用いた掃除なども検証されていますが、薬害のリスクがある他、消毒薬では空気中のアレルゲンを取り除くことができません。また、抜け毛が少ない、あるいは長毛であるためアレルゲンが浮遊しにくい犬種として、ラブラドールやプードルなどが低アレルゲン性の犬種としてあげられることがありますが、実際にラブラドールやプードルのいる部屋のアレルゲン量はその他の犬種のいる部屋のアレルゲン量と変わらないという報告もされています。
間特任教授らは、光触媒によるペットアレルゲンの分解を明らかとするために、JIS規格に則り、10cmシャーレに湿らせたろ紙を置き、その上にプラスチックチューブで上げ底をし、その上にカバーガラスを乗せ、カバーガラスの上に酸化チタン型光触媒ガラスシートを乗せ、そこにイヌ皮屑粗抽出溶液を100 µl滴下し、405nmの可視光で光触媒を励起しました(図1)。光触媒処理後、イヌ皮屑粗抽出溶液中の主要なイヌアレルゲンであるCan f1をウェスタンブロッティング法で検出したところ、反応時間依存的に分解され、24時間で98.3%まで分解されることを明らかとしました(図2)。同様に、100 µlのネコ皮屑粗抽出溶液を光触媒で処理し、主要なネコアレルゲンであるFel d1をウェスタンブロッティング法で検出したところ、分子量の異なる二つの形態のFel d1が検出されましたが、そのいずれも、反応時間依存的に分解され、24時間で93.6~94.4%まで分解されました(図2)。これらの結果から、イヌアレルゲンとネコアレルゲンが確かに光触媒で、分解されることを世界で初めて証明しました。
図1. 酸化チタン型光触媒によるアレルゲンの分解システム
①10cmシャーレに湿らせたろ紙を置き、その上にプラスチックチューブで上げ底をし、その上にカバーガラスを乗せ、カバーガラスの上に酸化チタン型光触媒ガラスシートを乗せ、そこにイヌ皮屑粗抽出溶液を100 µl滴下し、405nmの可視光で光触媒を励起し、溶液中のアレルゲンの分解試験を行いました。②10cmシャーレに湿らせたろ紙を置き、その上にプラスチックチューブで上げ底をし、その上にカバーガラスを乗せ、カバーガラスの上に酸化チタン型光触媒ガラスシートを乗せ、そこにイヌ皮屑粗抽出物を6 mg乗せ、405nmの可視光で光触媒を励起し、乾燥状態のアレルゲンの分解試験を行いました。
図2. 溶液中のイヌアレルゲンとネコアレルゲンの分解
①イヌアレルゲンの光触媒による分解を検証するために、100 µlのイヌ皮屑粗抽出溶液を酸化チタン型光触媒で0から24時間処理し、抗Can f1モノクローナル抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法で検出しました。③ネコアレルゲンの光触媒による分解を検証するために、100 µlのイヌ皮屑粗抽出溶液を酸化チタン型光触媒で0から24時間処理し、抗Fel d1モノクローナル抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法で検出しました。②、④ウェスタンブロットのバンドの強度はImageJソフトウェアを使用して分析し、結果を棒グラフに示しています。0時間と他の時点の間の有意性は、ダネットの多重比較検定を使用して決定しました。 アスタリスクは有意差を示します (*p < 0.05; ** p < 0.01; *** p < 0.001)。
さらに、これらのアレルゲンは人の体内でヒトIgEと結合することでアレルギー反応を引き起こすため、分解されたアレルゲンとヒトIgEとの結合の検出を行いました。ビオチン化(注5)したイヌ皮屑粗抽出溶液を光触媒で処理し、ヒトIgEを用いたCapture ELISA法でヒトIgEとイヌアレルゲンの反応性を確認したところ、光触媒反応時間依存的なヒトIgEとイヌアレルゲンの反応性の減少が認められ、24時間の光触媒反応で反応性が104.6%まで減少しました(図3)。また、ビオチン化したネコ皮屑粗抽出溶液を用いた試験でも、同様に、光触媒反応時間依存的なヒトIgEとネコアレルゲンの反応性の減少が認められ、24時間の光触媒反応で反応性が108.6%まで減少しました(図3)。これらの結果から、光触媒によって、分解されたアレルゲンは確かにアレルゲン性を喪失させることが世界で初めて証明されました。加えて、アレルゲンは実際の環境では、乾燥した状態で、カーペットや装飾品上あるいは空気中に存在することから、溶液に溶かす前の乾燥したアレルゲンについても、光触媒で分解が可能かを検証しました。10cmシャーレに湿らせたろ紙を置き、その上にプラスチックチューブで上げ底をし、その上にカバーガラスを乗せ、カバーガラスの上に酸化チタン型光触媒ガラスシートを乗せ、そこにイヌ皮屑粗抽出物を6mg乗せ、405nmの可視光で光触媒を励起しました。光触媒処理後、酸化チタン型光触媒ガラスシートから、イヌアレルゲンを100 µlの蒸留水で洗い出し、Can f1をウェスタンブロッティング法で検出したところ、24時間で92.8%まで分解されることを明らかにしました(図4)。同様に、ネコ皮屑粗抽出物を6mg光触媒で処理し、Fel d1をウェスタンブロッティング法で検出したところ、24時間で59.2%~68.4%まで分解されることを明らかにしました(図4)。これらの結果から、実際の環境と同様に乾燥したイヌアレルゲンとネコアレルゲンも光触媒で分解できることが世界で初めて明らかとなりました。
図3. 光触媒によるイヌアレルゲンとネコアレルゲンのアレルゲン性の低減
①光触媒によるイヌアレルゲンのアレルゲン性の減少を検証するために、イヌ皮屑粗抽出溶液を光触媒で処理し、ヒトIgEを用いたCapture ELISA法でヒトIgEとイヌアレルゲンの反応性を測定しました。②光触媒によるネコアレルゲンのアレルゲン性の減少を検証するために、ネコ皮屑粗抽出溶液を光触媒で処理し、ヒトIgEを用いたCapture ELISA法でヒトIgEとネコアレルゲンの反応性を測定しました。0時間と他の時点の間の有意性は、ダネットの多重比較検定を使用して決定しました。 アスタリスクは有意差を示します (*p < 0.05; ** p < 0.01; *** p < 0.001)。
図4. 乾燥状態のイヌアレルゲンとネコアレルゲンの分解
①乾燥状態のイヌアレルゲンの光触媒による分解を検証するために、6 mgのイヌ皮屑粗抽出物を酸化チタン型光触媒で0から24時間処理し、抗Can f1モノクローナル抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法で検出しました。③乾燥状態のネコアレルゲンの光触媒による分解を検証するために、6 mgのネコ皮屑粗抽出溶液を酸化チタン型光触媒で0から24時間処理し、抗Fel d1モノクローナル抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法で検出しました。②、④ウェスタンブロットのバンドの強度はImageJソフトウェアを使用して分析し、結果を棒グラフに示しています。0時間と他の時点の間の有意性は、ダネットの多重比較検定を使用して決定しました。 アスタリスクは有意差を示します (*p < 0.05; ** p < 0.01; *** p < 0.001)。
光触媒反応は次亜塩素酸などの消毒薬のように人やペットの生体への有害な作用がないことが知られています。加えて、空気清浄機に搭載することで、空気中のSARS-CoV-2をはじめとするウイルスを不活化できることが知られています(2021年5月21日に東京大学よりプレスリリース)。そのため、人やペットが実際に生活している環境への応用が可能であり、生活空間周辺の空気浄化に寄与するものと考えられます。加えて、本研究において、世界で初めて、光触媒技術による溶液中と乾燥状態のイヌアレルゲンとネコアレルゲンを分解とそれに伴うアレルゲン性の喪失が実証されたことは、人と犬や猫などの伴侶動物とのより良い関係を創出してくと同時に、犬や猫以外の動物アレルギーやそれ以外の花粉アレルギーなどへの効果も示唆するものであり、光触媒のより幅広いアプリケーションへの応用が期待され、今後、ますます光触媒技術の社会への貢献度が増すと考えられます。
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻
松浦 遼介(特任助教)
河村 有理沙(学術専門職員)
松本 安喜(教授)
間 陽子 (特任教授)
犬山動物総合医療センター
太田 理造(獣医師)
カルテック株式会社
福島 隆史(第1開発部 部長)
藤本 和広(第2開発部 担当部長)
幸崎 正登(要素技術開発統括部 統括部長)
山城 美咲(第1開発部)
染井 潤一(代表取締役社長)
発表雑誌
- 雑誌
- 「Toxics」(2023年8月21日)
- 題名
- TiO2 photocatalyst induced degradation of dog and cat allergens under wet and dry conditions causes a loss in their allergenicity
- 著者
- Ryosuke Matsuura, Arisa Kawamura, Rizo Ota, Takashi Fukushima, Kazuhiro Fujimoto, Masato Kozaki, Misaki Yamashiro, Junichi Somei, Yasunobu Matsumoto, Yoko Aida* *責任著者
- DOI
- 10.3390/toxics11080718
- URL
- https://doi.org/10.3390/toxics11080718
用語解説
注1 光触媒技術
光触媒とは光を照射することにより、触媒作用を示す物質の総称であり、特に代表的な光触媒活性物質として、本研究でも用いた酸化チタンが知られています。酸化チタンは光を吸収することで、強い酸化還元反応を示すことが知られており、本研究では、この酸化還元反応を利用して、イヌアレルゲンとネコアレルゲンを分解しています。
注2 イヌアレルゲン
人に犬アレルギーを引き起こす原因物質です。Can f1からCan f7の7種類のタンパク質がイヌアレルゲンであることが知られています。本研究で、特に注目をしたCan f1は最も主要なイヌアレルゲンであり、犬アレルギーを持つ人の68%がCan f1でアレルギー反応を起こします。
注3 ネコアレルゲン
人に猫アレルギーを引き起こす原因物質です。Fel d1からFel d8の8種類のタンパク質がネコアレルゲンであることが知られています。本研究で、特に注目をしたFel d1は最も主要なネコアレルゲンであり、猫アレルギーを持つ人の96%がFel d1でアレルギー反応を起こします。
注4 IgE
IgEは免疫グロブリンの一種であり、体のなかに入ってきたアレルゲンに対して作用し、肥満細胞からヒスタミンを放出させ、アレルギー反応を引き起こします。
注5 ビオチン化
タンパク質や巨大分子類へビオチンを科学的に結合させる処理です。ビオチン化することにより、タンパク質などを抗ビオチン抗体で検出が可能になります。本研究では、イヌアレルゲンとネコアレルゲンをビオチン化することで、抗ビオチン抗体を用いて、膜に吸着させ、吸着したイヌアレルゲンとネコアレルゲンをヒトIgEで検出することで、ヒトIgEとイヌアレルゲンとネコアレルゲンの反応性を測定しています。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻
特任教授 間 陽子(あいだ ようこ)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
カルテック株式会社広報部