2023-08-31 東京大学
発表のポイント
- 温帯を中心とした地域で木本性つる植物の分布状況を踏査し、分布に関わる環境要因を包括的に検証しました。
- 登攀様式の異なるつる植物では分布に関わる環境要因が異なり、特にRoot climberと呼ばれるつる植物では密度やバイオマスと気温との関係がこれまでつる植物で知られていたパタンと異なること、雪との関わりが強いことがわかりました。
- 環境勾配に沿ったつる植物群集の登攀様式の構成の変化は、森林におけるつる植物群集の機能的生物地理学の重要性を示しています。
発表概要
東京大学農学生命科学研究科生圏システム学専攻の日下部玄(博士課程)と日浦勉教授、森林総合研究所の森英樹研究員は日本列島の亜熱帯から亜寒帯に及ぶ19の森林の踏査とデータ解析から、木本性つる植物の分布パタンはつる植物の登攀様式(注1)によって異なることを明らかにしました。
これまで、気候帯を跨ぐような規模でのつる植物の分布と環境との関係に関する議論は、大部分が熱帯での調査で得られた結果に基づいていました。また、個々のつる植物種の生態に焦点を当てた研究からはその多様さが示されていましたが、広域スケールでの分布や森林生態系内で果たす役割に着目した研究では、このような多様さは考慮されていませんでした。この研究では、1)温帯に特有の環境要因が広域スケールのつる植物の分布に関わること、2)登攀様式の異なるつる植物間で環境要因が分布に及ぼす影響が異なることを明らかにしました。ここから、a)環境勾配に沿ったつる植物群集(注2)の登攀様式の構成の変化が、つる植物群集機能の地理的勾配を形作る可能性と、b)特に温帯や寒帯では登攀様式による区分がつる植物の分布や生態系機能の理解に効果的な手段である可能性を提案しました。
発表内容
〈研究の背景〉
木本性つる植物は自重の支持を他に依存する樹木の総称で、細い幹とバイオマスに占める葉量の大きさに特徴づけられ、宿主となる立木によじ登り樹冠を被陰することで立木の生存・成長・繁殖に負の影響を与えることが広く認識されていました。つる植物はその樹形故に森林バイオマスへの貢献は小さいものの、炭素蓄積や物質循環のような様々な森林生態系機能に対して大きな影響力を持っています。例えば、日本の暖温帯林での調査ではつる植物は幹断面積合計(注3)の2%程度なのに対し、林冠蒸散には十数%程度貢献することが知られています。
北半球ではつる植物の種数やバイオマスは気温の低下に伴い急激に低下することが知られていました。また気候帯を跨ぐような広域スケールでは、つる植物の分布には気温といくつかの環境要因が関わることが示されていました。一方でこれらの研究結果は主に熱帯でのデータに基づいており、温帯や寒帯での調査地点の少なさや、冬や雪(注4)のような熱帯には存在しない要因の効果は考慮されていない点に問題がありました。
また、つる植物の個々の種の生態や成長戦略はチャールズ・ダーウィンをはじめ多くの学者の関心を惹いており、近年の研究からはつる植物の局所的な分布環境、宿主立木や他の森林の構成要素との相互作用の多様さが示されていました。このような種間差はつる植物の登攀様式との結びつきが指摘されていました(図1)。しかし森林生態系機能への影響や広域分布パタンに着目した研究では、つる植物は一つにまとめられていました。
温帯や寒帯ではつる植物の分布パタンは熱帯のものとは異なるかもしれません。また、つる植物群集の生態系機能をより詳しく理解するためには、群集を構成する個々のつる植物種の生態的特徴を考慮する必要があります。
図1:登攀様式の異なる木本性つる植物
つる植物は様々な仕組みによって周辺の構造を利用しています。サルナシ(Actinidia arguta)は典型的なTwining climberで、茎で他の構造を探索(A)、巻付いて登攀し(B)、時に宿主から垂れ下がる樹形を示します(C)。ツルアジサイ(Hydrangea petiolaris)は本研究において主要なRoot climberで、不定付着根で宿主幹に付着して登攀し(D, E)、宿主樹冠下に留まる樹形を示します(F)。
〈研究の内容〉
この研究では日本列島の沖縄から北海道に及ぶ亜熱帯から亜寒帯を含む19地点の森林調査地にて木本性つる植物の分布状況を踏査しました(図2)。調査対象地はモニタリングサイト1000(注5)の森林分野コアサイトに含まれており、気象情報に加えて森林の構造や土壌条件などの環境データが利用できます。つる植物の機能の指標として登攀様式による区分を行い、野外調査結果をこれらの環境データと照らし合わせることで登攀様式の異なるつる植物の分布に関わる環境要因を検討しました。
踏査の結果、亜寒帯や冷温帯のような寒冷な地域でも一部の森林にはつる植物が豊富に生育していることが明らかになりました(北海道大学苫小牧研究林: TM、茨城県小川群落保護林: OG など、図2)。この結果は、つる植物の密度やバイオマスは気温の低下に伴い減少する、というこれまでの熱帯を中心に得られた結果の一般化に注意を促すものです。また、本調査ではTwining climber(巻付き登攀型つる植物)と、Root climber(付着根登攀型つる植物)がつる植物の幹数と幹断面積合計のそれぞれ90%以上を占め、日本列島ではこの二つ登攀様式が主要であると考えられました(図3)。
図2:調査地と調査経路
白抜きの点は調査地、黒色の点は東京大学弥生キャンパス、破線は実際の調査経路を示す。2020年と2021年に東京大学を拠点に日本列島のつる植物の分布状況を踏査しました。
環境要因との関係の解析ではTwining climberでは、これまでつる植物の分布に対して認識されていた傾向と同様に、密度やバイオマスと気温との正の関係がみられましたが、Root climberではみられませんでした。また、Root climberの幹密度は調査地の最大積雪深と正の関係がみられた一方、Twining climberのバイオマスは最大積雪深と負の関係がみられました。これらの登攀様式間の違いは、つる植物の樹形や利用可能な構造を探索・獲得し林冠に到達するまでの過程や展葉環境などの違いに由来する可能性があります。
図3:日本列島における木本性つる植物の密度とバイオマスの分布
(A)はつる植物の幹密度、(B)は幹断面積合計を示す。円グラフは各調査地、円のサイズはつる植物の存在量を、色は各登攀様式が占める割合を示す。緑色で示されるTwining climberは南方の温暖な地点などで存在量やつる植物に占める割合が大きく、紫色で示されるRoot climberは日本海側をはじめとした多雪地などで存在量が大きい傾向があります。
先行研究からは登攀様式の異なるつる植物では宿主の成長への影響が異なることが示唆されています。また、宿主の幹への付着によって宿主幹に住む無脊椎動物群集の組成が変わる、新しい宿主に乗り移る過程で樹冠と樹冠を結び樹上性動物の移動経路となる、といった各登攀様式に特有の機能も知られています。本結果とこれらの研究から、環境の変化に沿ったつる植物群集の登攀様式の構成の変化によって、森林におけるつる植物群集の機能的地理勾配が示唆されます。また、温帯に分布するつる植物は熱帯のそれと比べて種数が少なく登攀様式が比較的単純であるため、登攀様式による区分はつる植物の生態系機能を理解するうえで有効であると考えられました。
〈今後の展望〉
温帯を中心としたつる植物の分布パタンとその登攀様式間差の提示、および登攀様式による区分という枠組を示した本研究は、全球的なつる植物の分布パタンの解明に貢献することに加え、生態系サービスや生物多様性に配慮した森林管理の実践に向けた基礎的情報となることや、植生動態モデル(注6)の精度向上に結び付くことが期待できます。
発表者
東京大学 大学院農学生命科学研究科
生圏システム学専攻 森圏管理学研究室
日下部 玄 (博士課程)
日浦 勉 (教授)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
樹木分子遺伝研究領域 生態遺伝研究室
森 英樹 (研究員)
発表雑誌
- 雑誌
- Basic and Applied Ecology
- 題名
- Distribution patterns of lianas from subtropical to subboreal zones of the Japanese archipelago and the difference between climbing types
- 著者
- Gen Kusakabe*, Hideki Mori, Tsutom, Hiura (*責任著者)
- DOI
- 10.1016/j.baae.2023.08.001
用語解説
注1 登攀様式
つる植物が他の構造を利用するために有している特殊な仕組みをその特徴によって分類したもの。よじ登り方。この研究では以下の5つの分類を用いている。1. Twining climber:茎で他の構造に巻付く種、2. Root climber:茎あるいは幹から不定付着根と呼ばれる根を生じ他の構造に付着する種、 3. Tendril climber:他の構造を利用するために特殊化した巻きひげを有する種、 4. Hook climber: 他の構造を利用するために特殊化した鉤爪状の構造をもつ種、5. Scrambling climber: 特殊化した仕組みや構造を持たず他の構造に寄りかかる種。
注2 群集
ある時空間において一緒に存在する種の集まり。この研究ではつる植物群集は調査地域に分布する木本性つる植物種の集まりを示している。
注3 幹断面積合計
ある空間に生育する樹木の特定の位置の幹断面積の合計値で空間当たりの樹木のバイオマスの指標。この研究ではつる植物の根元から130cm部分の断面積の合計値を用いている。
注4 雪
雪は荷重や雪圧によって生じる植物体の損傷などの負の効果や、積雪下の植物の乾燥や低温の緩和による正の効果などを持ち、つる植物を含む植物の分布や群集構造に影響する。
注5 モニタリングサイト1000
日本の生物多様性の長期変化をモニタリングする環境省のプログラムで、森林草原以外にも里山や沿岸生態系など様々な生態系の約1000か所のサイトで行われている。森圏管理学研究室は森林草原分野のネットワークセンター機能を担っている。
注6 植生動態モデル
植生や群集構造、炭素や水循環の変化をシミュレーションするモデル。自然環境を形作る物理化学的な要因と、生育する植物の機能型および機能型毎の光合成速度や生物季節などの生理学的要因を設定したプログラムに気象や土壌条件を入力として与え、植生の時間的推移や物質循環の過程を出力する。入力の内容を操作することで、気候変動などを模して生態系の変化を予測する。現在つる植物を機能型として組み込んでいるモデルは存在するものの、登攀様式をはじめとしたつる植物内の性質の差を考慮したモデルは存在しない。
問い合わせ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻森圏管理学研究室
教授 日浦 勉
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
樹木分子遺伝研究領域 生態遺伝研究室
研究員 森 英樹
〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
広報係長 日口 邦洋