植物の小胞体ストレス応答の遠隔伝達機構を解明~気候変動下で農作物の生産性を保つ技術への応用に期待~

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2023-11-03 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物脂質研究チームの中村 友輝 チームリーダー、ゴ・アンハイ 訪問研究員らの国際共同研究チームは、植物細胞の小胞体[1]が植物体の一部で受けたストレスを全体に伝達する仕組みを明らかにしました。

本研究成果は、「小胞体ストレス[2]」を引き起こす気温上昇や塩害などに対して、農作物の生産性を保つ技術の開発に重要な知見を提供するものと期待できます。

植物は自由に動き回ることができません。過酷な環境にさらされた際に細胞の働きを維持するため、さまざまなストレスに対する応答機能を持ち合わせています。例えば、小胞体にストレスがかかると、合成されたタンパク質が正しく折り畳まれないなどの異常を起こす「小胞体ストレス」と呼ばれる状態になります。しかし、植物が小胞体ストレスに応答する際、根で感知された小胞体ストレスがどのように地上部に伝わるか、また逆に地上部から根への伝達はどのようになっているのかについては分かっていませんでした。

今回、国際共同研究チームは小胞体ストレスを誘導する化合物として使われているツニカマイシン[3]が植物体内でどのように動くのかを調べる分析方法を構築し、同化合物が地上部と根の間を双方向に移動することで全身性の小胞体ストレスシグナルを誘導することを明らかにしました。この成果により、多細胞生物をモデルとした小胞体ストレスの仕組みに関する研究が発展するとともに、環境変動に耐性のある作物の育種に重要な知見を与えることが期待されます。

本研究は、科学雑誌『New Phytologist』オンライン版(11月2日付:日本時間11月3日)に掲載されました。

ストレス条件下の植物細胞内で起こる小胞体(ER: endoplasmic reticulum)ストレスの図

ストレス条件下の植物細胞内で起こる小胞体(ER: endoplasmic reticulum)ストレス

背景

脂質は、植物の成長を支えるエネルギー源であるだけでなく、私たちの生活に関係する種々の産業で利用される重要な化合物です。特に、光合成の力により、環境中に存在する二酸化炭素を植物に取り込み、脂質などの有用な物質に変換する代謝改変技術は、「バイオものづくり[4]」の一環として低炭素社会の実現に貢献することが期待されています。

小胞体は、植物細胞の中で脂質やタンパク質を合成する重要な機能を持つ細胞小器官[5]の一つです。脂質合成の場である小胞体の働きを維持することは、有用な脂質を持続的に生産するために重要です。しかし、昨今の気候変動による気温上昇や塩害は、折り畳みが不完全なタンパク質が小胞体内に蓄積する「小胞体ストレス」と呼ばれる状態を誘導し、細胞内での小胞体の機能を阻害します。

植物がどのように小胞体ストレスに応答し、その働きを維持するのかを明らかにすることは、環境変化に影響を受けずに持続的なバイオものづくりを行うために重要な課題です。しかし、植物体の中の特定の器官で感知された小胞体ストレスが離れた別の器官にどのように伝わるのかについてはこれまで分かりませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、小胞体ストレスを誘導するツニカマイシン(TM: tunicamycin)を用いて実験しました。植物体の一部のみにTMを与えて、TMを与えていない離れた器官でのTMの検出量を調べました。この実験を行うため、まずTMを定量する分析方法を開発しました。次に、シロイヌナズナ[6]の幼植物を用い、根だけをTMで処理した場合に地上部で検出されるTM量、および逆に地上部だけをTMで処理した場合に根で検出されるTM量を測定しました。その結果、いずれの場合においてもTMで処理していない離れた器官においてTMが検出されました。これらの器官をさらに詳細に観察したところ、小胞体ストレスを受けた細胞に見られるタンパク質の凝集が起こっていました。以上のことから、TMは地上部と根との間を双方向に移動し、離れた器官で小胞体ストレス応答を引き起こすことが示されました。

ツニカマイシン(TM)の植物体内での移動の図

図1 ツニカマイシン(TM)の植物体内での移動
地上部だけにツニカマイシン(TM)を与えた場合、与えたTMの26.8%が根から検出された。逆に根のみにTMを与えた場合、与えたTMの47.3%が地上部から検出された。

今後の期待

本研究から、TMは幼植物の地上部と根を双方向に移動して、離れた器官に小胞体ストレスを誘導することが明らかとなりました。小胞体は、植物の光合成で二酸化炭素から作られる糖分を脂質に変換する合成の重要な場です。そのため、小胞体ストレスの伝達機構を理解することは、植物が気候変動の中でも脂質を植物体内に安定して蓄積させる技術開発を通じて、低炭素社会の実現に向けたバイオものづくりに貢献すると期待されます。

本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち、「2.飢餓をゼロに」「3.すべての人に健康と福祉を」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

1.小胞体
細胞内で特定の役割を果たす構造(細胞小器官)の一つで、脂質やタンパク質の合成などを担う。細菌やラン藻などのDNAを包む膜を細胞内に持たない生物(原核生物)を除き、植物に限らずさまざまな生物の細胞に広く存在する。

2.小胞体ストレス
環境変化により小胞体にストレスがかかり、タンパク質の折り畳みが正しく行われなくなるなど、正常な機能を果たさなくなっている状態を指す。

3.ツニカマイシン
細菌Streptmyces属が作り出す抗生物質の総称であり、糖タンパク質合成の初期段階における糖転移反応を阻害する。実験生物学では小胞体ストレスを引き起こす物質として使われる。

4.バイオものづくり
生物の持つ機能を活用し、必要に応じてその機能を改変することで、工業的に難しい物質生産を可能にする取り組み。従来の化学合成に比べて省エネで、環境に優しい。工学的技術によって生物の持つ潜在的な機能を引き出すことができ、さまざまな事業活動で注目されている。

5.細胞小器官
細胞の中で一定の形態や機能を持つ構造体の総称。例えば、光合成を行う葉緑体、エネルギーを生産するミトコンドリアなどはいずれも細胞小器官の一つである。

6.シロイヌナズナ
アブラナ科の一年生植物。ゲノムサイズが小さいこと、世代が短いこと、栽培や遺伝子導入が容易であることなどから、種子植物のモデル生物として研究に用いられる。

7.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された、2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。SDGsはSustainable Development Goalsの略。

国際共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
(東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授)
訪問研究員 ゴ・アンハイ(Anh H Ngo)

アカデミアシニカ 植物及微生物学研究所
リサーチアシスタント ウ・ユーチン(Yu-Ching Wu)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)外国人特別研究員制度(受領者:Anh H Ngo)、台湾科技部「シロイヌナズナ非特異性ホスホリパーゼC3の小胞体ストレス応答における機能の研究(受領者:Anh H Ngo)」、およびアカデミアシニカ(受領者:Yu-Ching Wu)による助成を受けて行われました。

原論文情報

Anh H. Ngo, Yu-Ching Wu and Yuki Nakamura, “Bidirectional movement of tunicamycin in Arabidopsis thaliana”, New Phytologist, 10.1111/nph.19306

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物脂質研究チーム
チームリーダー 中村 友輝(ナカムラ・ユウキ)
訪問研究員 ゴ・アンハイ(Anh H Ngo)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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