生体の水素ガス濃度と特定の腸内細菌が腸炎病態と相関することを発見~炎症性腸疾患の発症や治療を予測するセンサー開発に期待~

ad

2023-11-08 東京大学

慶應義塾大学薬学部と東京大学大学院工学系研究科の研究グループは、生体の水素ガス濃度や特定の腸内細菌が腸炎の病態と相関することを明らかにしました。本研究は慶應義塾大学薬学部薬学研究科修士課程2年の藤木雄太(ふじき ゆうた)(研究当時)、同大学薬学部の金倫基(きむ ゆんぎ)教授、東京大学大学院工学系研究科の田中貴久(たなか たかひさ)助教(研究当時)、内田建(うちだ けん)教授の研究グループの成果です。

炎症性腸疾患(Inflammatory bowel disease: IBD)は、腸に炎症が起き、腹痛や下痢が繰り返し起こる病気です。IBDの診断には内視鏡検査が最も一般的ですが、より簡便で、非侵襲的な手法の確立が求められています。その中で、呼気分析が新たなIBDの診断法として注目されています。実際に、健常者とIBD患者の呼気成分に違いがあることが報告されています。しかし、IBDの発症や病態を予測するガス成分はこれまで見つかっていません。

本研究では、実験的大腸炎モデル(注1)を用いて、腸炎を誘発したマウスの複数の生体ガスの濃度変化を測定した結果、水素濃度が腸炎の病態と最も強く相関することを発見しました。また、水素産生菌を含む、特定の腸内細菌群の相対存在量が、腸炎の病態および水素の濃度変化と相関していることも分かりました。

以上のことから、生体の水素ガスは、腸炎の発症や病態を予測するためのバイオマーカーとして利用できる可能性が示唆されました。IBDは再燃と寛解を繰り返す難治性の腸炎です。呼気中の水素濃度を経時的・高精度に計測することにより、IBDの発症・再発を早期に発見し、また、治療効果を予測できる可能性があり、今後の実用化に期待が持たれます。本研究成果は、2023年11月6日にケンブリッジ大学出版局(Cambridge University Press)の『Gut Microbiome』(電子版)に掲載されました。

1.本研究のポイント
・生体ガス成分である水素濃度は、腸炎の炎症マーカーと負の相関を示す。

・特定の腸内細菌群(Akkermansiaceae科、Rikenellaceae科、Tannerellaceae細菌群)が腸炎の炎症マーカーや生体の水素ガス濃度と相関する。

・呼気中の水素濃度を経時的・高精度に計測することにより、IBDの発症・病態を予測できる可能性が期待される。

fig01
1. 本研究結果の概念図
生体ガス成分である水素(H2)濃度は、大腸炎の炎症マーカーである糞便中リポカリン-2濃度と負の相関を示すことが分かった。また、特定の腸内細菌群であるAkkermansiaceae科とRikenellaceae科細菌群の腸内の相対存在量はリポカリン-2と正の相関を、Tannerellaceae科細菌群の腸内の相対存在量はリポカリン-2と負の相関を示した。また、Tannerellaceae科細菌群の腸内の相対存在量は水素濃度と正の相関を、逆に、Akkermansiaceae科とRikenellaceae科細菌群の腸内の相対存在量は水素濃度と負の相関を示した。

2.研究の背景
炎症性腸疾患(Inflammatory bowel disease: IBD)は、遺伝要因や環境要因が複雑に絡むことにより発症すると考えられている炎症性の慢性疾患です。その患者数は世界的に増加の一途をたどっており、社会経済的にも大きな負担となっています。IBDは再発と寛解が繰り返されることが多く、重症化や慢性化が進行する前に早期介入することが重要です。しかしながら、疾患の再発を予測する効果的な手法は未だ確立されていません。

現在、IBDの診断には内視鏡検査が最も一般的ですが、検査に長時間を要する、高額な費用がかかる、侵襲性が高いなど、いくつかの課題を抱えています。そのため、より簡便で非侵襲的なIBDの診断法の確立が期待されています。その中で、呼気中の成分は新たなIBDのバイオマーカーとして注目されています。実際に、健常者とIBD患者の呼気成分に違いがあることが報告されており、IBDと呼気成分との関連性が示唆されています。しかし、これまでの研究の多くは、症状が強く現れる「活動期」のIBD患者に焦点が当てられており、IBDの発症や病態変化と関連する呼気成分を分析した研究はまだありませんでした。

そこで本研究では、実験的大腸炎誘導マウスの病態と呼気成分を分析することで、呼気がIBDの発症を予測するためのバイオマーカーとなり得るかを評価しました。また、IBD患者では、腸内細菌叢(注2)の構成が、健常者と比べて異なることが分かっています。そのため、腸炎における炎症過程が腸内細菌を介して呼気成分の変化に現れるのではないかと考えました。そこで、呼気と腸炎の病態に加え、腸内細菌叢の変化についても同時に解析しました。

3.研究の内容・結果
デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を5日間飲水投与することでマウスに大腸炎を誘導し、体重変化および炎症マーカーである糞便中のリポカリン-2濃度を測定しました。また、大腸炎の誘導過程において、水素、アンモニア、硫化水素、メタンチオール、エタンチオールの5つの生体由来ガス成分の変化を連続的に分析しました。マウス飼育ケージ内の生体由来ガスを、ダイアフラムポンプを用いて取り込み、流路に設置したセンサーガスクロマトグラフを使用して各ガス成分を測定しました(図2)。

fig02
図2. 生体ガスの分析
生体ガスの測定装置の写真(A)と模式図(B)。ケージ内の空気をポンプで循環させ、経路に設置したセンサーガスクロマトグラフにより、水素、アンモニア、硫化水素、メタンチオール、エタンチオールの濃度を測定した。


これらの生体ガスと体重およびリポカリン-2濃度について相関解析を行いました。さらに、大腸炎誘導マウスにおける腸内細菌叢を経時的に解析し、リポカリン-2濃度、体重、水素濃度との相関解析も行いました。 大腸炎誘導時におけるマウスの病態変化を評価した結果、体重減少および糞便中リポカリン-2濃度の増加が観察されました(図3)。DSS投与5日目から体重の減少が見られ、9日目以降からは回復していきました。糞便中リポカリン-2濃度はDSS投与3日目から徐々に上昇し、7日目にピークを迎え、15日目まで高値を維持しました。

fig03
図3. DSSは体重減少および腸内炎症を伴う実験的腸炎を誘導する
マウスにDSSを5日間投与し、15日間観察した。体重変化(A)、糞便中リポカリン-2濃度変化(B)を示す。*p < 0.05 , **p < 0.01 , ***p < 0.001。フリードマン検定。


次に、大腸炎病態と関連する生体ガス成分を特定するために、大腸炎を誘発したマウスの生体ガスの濃度変化を測定し、大腸炎の表現型のパラメーターである体重および糞便中リポカリン-2濃度について相関解析を行いました。その結果、水素濃度と体重との間には正の相関が、水素濃度とリポカリン-2との間には最も強い負の相関が認められました(図4)。これらの結果から、水素濃度は大腸炎の疾患病態と最も強く相関することが示唆されました。

fig04
図4. 生体の水素ガス濃度は体重や炎症マーカーと強い相関を示す
マウスにDSSを5日間投与し、15日間の生体ガス(H2(水素)、NH3(アンモニア)、H2S(硫化水素)、CH3SH(メタンチオール)、C2H5SH(エタンチオール))の濃度変化を観察した。
生体ガスと体重平均値(A)または糞便中リポカリン-2濃度平均値(B)についての相関ヒートマップ。ピアソン相関係数。


次に、大腸炎を誘発したマウスの腸内細菌叢を経時的に解析しました。そして、各腸内細菌の相対存在量と大腸炎における体重変化および糞便中リポカリン-2濃度、および生体の水素ガス濃度との相関を評価したところ、Akkermansiaceae科とRikenellaceae科細菌群の相対存在量は、リポカリン-2と正の相関性を示し、体重変化と負の相関を示しました。一方、Tannerellaceae科細菌群の相対存在量はリポカリン-2と負の相関を示し、体重変化と正の相関を示しました。また、Tannerellaceae科細菌群の相対存在量は水素濃度と強い正の相関を示し、Akkermansiaceae科とRikenellaceae科細菌群の相対存在量は水素濃度と負の相関を示しました。以上のことから、特定の腸内細菌の相対存在量が炎症の進展と水素濃度に対してそれぞれ相反する相関を示すことが分かりました(図5)。

fig05
図5.特定の腸内細菌の存在割合は、実験的大腸炎の疾患転帰および生体の水素ガス濃度と強い相関性を示す
腸内細菌の存在割合と糞便中リポカリン-2濃度(A)または体重(B)、H2(水素)濃度(C)についての相関ヒートマップ。ピアソン相関係数。

4.結論
本研究では、実験的大腸炎誘導マウスにおける生体ガス濃度、体重、炎症マーカー(糞便中リポカリン-2濃度)、および腸内細菌叢の構成を連続的・経時的に解析し、水素濃度が大腸炎の転帰と最も強い相関を持つこと、特定の腸内細菌の相対存在量が大腸炎の病態および水素濃度と相関していることを発見しました。IBD患者では、健常人と腸内細菌叢の構成が異なることが報告されており、特定の腸内細菌が腸炎の発症・進展と水素濃度との間にある負の相関関係を介在している可能性が示唆されました。実際に、実験的大腸炎誘導マウスの体重や水素濃度と正の相関、炎症マーカー(糞便リポカリン-2濃度)と負の相関を持っていたTannerellaceae科細菌群の中には、水素を産生する腸内細菌(Parabacteroides属菌など)も含まれています。今後、ヒトでの検証実験を通して、呼気中の水素濃度がIBDの発症・病態、さらには治療効果を予測するためのバイオマーカーとして利用できる可能性が期待されます。

5.論文情報
〈タイトル〉Hydrogen gas and the gut microbiota are potential biomarkers for the development of experimental colitis in mice
〈著者名〉Yuta Fujiki*, Takahisa Tanaka*, Kyosuke Yakabe, Natsumi Seki, Masahiro Akiyama, Ken Uchida#, Yun-Gi Kim#. *Co-first authors, #Co-corresponding authors
〈雑誌〉『Gut Microbiome
〈DOI〉https://doi.org/10.1017/gmb.2023.17
<用語説明>
(注1)実験的大腸炎:デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)はデキストランのポリアニオン誘導体で、飲水中でマウスに投与することにより大腸炎が誘発される。DSSは腸粘膜上皮障害を引き起こし、その結果、好中球やマクロファージなどの炎症性の免疫細胞が大腸に動員される。

(注2)腸内細菌叢: ヒトの腸管内には百数十種類、100兆個ほどの細菌が絶えず増殖を続けている。これらは腸内細菌と呼ばれ、複雑な生態系を構築している。この腸内細菌集団のことを腸内細菌叢と呼んでいる。

プレスリリース本文:PDFファイル
Gut Microbiome:https://doi.org/10.1017/gmb.2023.17

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました