放射線照射による遅発性認知機能障害を低減

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転移性脳腫瘍の新たな標準治療として「腫瘍摘出術後のサルベージ(救援)定位放射線照射療法」の有効性を確認

2018-08-28 国立研究開発法人国立がん研究センター

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉)中央病院(病院長:西田俊朗、所在地:東京都中央区)が中央支援機構(データセンター/運営事務局)を担い支援する日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)では、有効性の高い標準治療(最も効果的な治療)を確立するため、専門別研究グループで多施設共同臨床試験を実施しています。
この度、脳腫瘍グループでは、他臓器から脳に転移した腫瘍を摘出した術後にこれまで標準治療とされていた脳全体への放射線照射(全脳照射療法(注1))にかわり、手術で残存した腫瘍や再発した腫瘍のみに放射線を照射する定位放射線照射療法(注2)の効果と安全性を評価するJCOG0504試験(研究代表者:山形大学医学部先進医学講座特任教授 嘉山孝正)を実施しました。
その結果、腫瘍摘出術に引き続いて全脳照射療法を行う従来の標準治療と同等の生存期間を保ちながら、放射線照射の副作用として発生する治療開始後91日以降の遅発性の認知機能の発生割合が16.4パーセントから7.7パーセントに低下するなど、全脳照射による有害事象が低減することが確認されました。
これにより、転移性脳腫瘍の個数が1から4個で手術が必要な場合には、腫瘍摘出術後のサルベージ(救援)(注3)定位放射線照射療法が、放射線照射による副作用を低減できる、新たな標準治療としてその有効性を確認できました。
本研究の成果は、米国学術雑誌「Journal of Clinical Oncology」に日本時間2018年6月21日付けで発表されました。

背景

がん患者さんの少なくとも約10パーセントに脳転移が生じると報告されており、我が国のがんの罹患数が約100万人(2017年のがん統計予測)であることから、少なくとも国内では毎年約10万人の患者さんに転移性脳腫瘍が生じると考えられます。転移性脳腫瘍はがんによる死亡の主な原因の一つであると共に、脳の圧迫により神経障害が発生するなど、がん患者さんの生活の質(QOL)を著しく低下させる原因の一つです。
転移性脳腫瘍の治療は、腫瘍摘出術と放射線照射療法が主な治療法です。腫瘍が小さい場合、より低侵襲で、効果が期待できる定位放射線照射療法が行われ、腫瘍が数多く存在する場合は定位放射線照射療法のエビデンスがなかったことなどから、全脳照射療法が多く行われていました。また、大きな腫瘍の場合、腫瘍自体や周囲の浮腫に伴う頭蓋内圧亢進や正常脳組織の圧迫により神経症状が出るため、摘出術が多く行われていました。摘出術の後には、再発防止を目的に全脳照射療法を行うのが国際的には標準治療とされていましたが、我が国の多くの施設で、放射線照射による副作用を危惧し、放射線照射療法を行わない場合やエビデンスとなる研究はないものの全脳照射療法に代わり定位放射線照射療法が行われていました。放射線照射の遅発性の脳への影響としては、脳症や脳萎縮とそれに伴う認知障害、放射線性壊死、正常圧水頭症、神経内分泌異常などがあり、全脳照射療法をうけた患者さんの10パーセントから20パーセントに認知障害が生じるとの研究もあります。海外で行われた臨床試験の結果、全脳照射と定位放射線照射では、生存期間などの治療成績があまり変わらないことが報告されてきましたが、本当に定位放射線照射で十分なのかどうかはわからないままでした。
腫瘍摘出術後のサルベージ(救援)定位放射線照射療法は、全脳照射療法を行わないことから上記の毒性が少ないことや治療期間が短いといったことが期待できることから、JCOG脳腫瘍グループでは、日本の代表的な脳腫瘍の専門病院と共同で、腫瘍摘出術後に全脳照射療法と定位放射線照射療法をサルベージ(救援)療法として行う新たな治療法のランダム化比較試験(JCOG0504)を世界で初めて実施しました。

研究成果

2006年2月から2014年5月に、標準治療である腫瘍摘出術後の全脳照射療法を137名の患者さんが、サルベージ(救援)定位放射線照射療法を134名の患者さんが受けました。
その結果、どちらの治療法を受けた患者さんも生存期間中央値は15.6か月であり、新しいサルベージ(救援)定位放射線照射療法も標準治療と遜色のない効果があることが世界で初めて証明されました。
また、認知機能検査では治療開始後の点数の差は明らかではありませんでしたが、手術を受けた後3か月以降に記憶障害・認知障害の副作用が出る割合は、サルベージ(救援)定位放射線照射療法を受けた患者さんの方が少ないことがわかりました。

今後の展望

転移性脳腫瘍の患者さんの治療として、腫瘍が小さく、また数が少ない場合は定位放射線照射療法が選択されることが多いと思われます。また、数が多い場合や全身の状態が悪くて手術を受けられないような場合には、今後も全脳照射療法が必要です。腫瘍摘出術は、それ以外の患者さんの治療法として選択されますが、今回の臨床試験で、摘出術後のサルベージ(救援)定位放射線照射療法が、新たな標準治療となったと言えます。
様々ながんの治療法の開発で、脳に転移した患者さんもより長く生存できるようになってきています。放射線照射療法による認知機能障害などの副作用を軽減することで、転移性脳腫瘍の患者さんの生活の質(QOL)が大きく改善することが期待されます。

発表論文

雑誌名:Journal of Clinical Oncology Published Online June 20, 2018.

DOI:10.1200/JCO.2018.78.6186 Journal of Clinical Oncology

URL:
http://ascopubs.org/doi/abs/10.1200/JCO.2018.78.6186

(Pub Med)

タイトル:Effects of Surgery With Salvage Stereotactic Radiosurgery Versus Surgery With Whole-Brain Radiation Therapy in Patients With One to Four Brain Metastases (JCOG0504): A Phase III, Noninferiority, Randomized Controlled Trial

著者:Takamasa Kayama, Shinya Sato, Kaori Sakurada, Junki Mizusawa, Ryo Nishikawa,Yoshitaka Narita, Minako Sumi, Yasuji Miyakita, Toshihiro Kumabe, Yukihiko Sonoda,Yoshiki Arakawa, Susumu Miyamoto, Takaaki Beppu, Kazuhiko Sugiyama, HirohikoNakamura, Motoo Nagane, Yoko Nakasu, Naoya Hashimoto, Mizuhiko Terasaki, AkiraMatsumura, Eiichi Ishikawa, Toshihiko Wakabayashi, Yasuo Iwadate, Shiro Ohue,Hiroyuki Kobayashi, Manabu Kinoshita, Kenichiro Asano, Akitake Mukasa, Katsuyuki Tanaka, Akio Asai, Hideo Nakamura, Tatsuya Abe, Yoshihiro Muragaki, Koichi Iwasaki,Tomokazu Aoki, Takao Watanabe, Hikaru Sasaki,Shuichi Izumoto, Masahiro Mizoguchi,Takayuki Matsuo, Hideo Takeshima, Motohiro Hayashi, Hidefumi Jokura, Takashi Mizowaki, Eiji Shimizu, Hiroki Shirato, Masao Tago, Hiroshi Katayama, Haruhiko Fukuda,Soichiro Shibui, and Japan Clinical Oncology Group.

筆頭著者:嘉山孝正(山形大学医学部先進医学講座 特任教授)

研究費

厚生労働科学研究費補助金「効果的医療技術の確立推進臨床研究事業」(平成15年)

厚生労働科学研究費補助金「第3次対がん総合戦略研究事業-がん臨床研究事業」(平成16年)
「転移性脳腫瘍に対する標準的治療確立に関する研究」班

  • 厚生労働省科学研究費補助金がん臨床研究事業(H18-がん臨床-一般-009)
    「高次脳機能を温存する転移性脳腫瘍の治療法確立に関する研究」
  • 厚生労働省科学研究費補助金がん臨床研究事業(H21-がん臨床-一般-012)
    「放射線による認知機能障害を回避する転移性脳腫瘍の治療法に関する研究」
  • 独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費 20-A-4
    「希少悪性腫瘍に対する標準治療確立のための多施設共同研究」
  • 独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費 23-A-20
    「希少悪性腫瘍に対する標準治療確立のための多施設共同研究」
  • 国立がん研究センター研究開発費 26-A-4
    「成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究」
  • 国立がん研究センター研究開発費 29-A-3
    「成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究(JCOG)」

用語解説

(注1)全脳照射療法:脳全体に放射線を照射する治療法。脳に転移した腫瘍を摘出しても、それ以外にも画像検査(CTスキャンやMRI)で映らないような小さな腫瘍があるかもしれず、それらの腫瘍が大きくなる前に予防的に治療をしてしまうのが良いと考えられ行われる。
欧米のいくつかの研究結果に基づいて、腫瘍摘出術に全脳照射療法を組み合わせる治療法が標準治療とされてきた。しかし、正常な脳に予防的に放射線があたってしまうことにより、治療後しばらくたってから認知障害(記憶力や集中力・注意力が衰えるなどの障害)が出現するなどの悪影響が出る場合がある。

(注2)定位放射線照射療法:腫瘍に対し多方向から放射線を集中させ、あてる方法。主な治療法としてγ(ガンマ)線という放射線をあてるγ(ガンマ)ナイフや、特殊な装置(リニアック)を用いてX(エックス)線という放射線をあてる方法(リニアックとサイバーナイフの2種類)がある。直径3 cm以下の転移性脳腫瘍に対して急速に広まってきている治療法。
腫瘍摘出術の後、取り残した腫瘍や再発がある場合だけ定位放射線照射を組み合わせることにより脳への悪影響がより少ないのではないかと考えられるようになってきた。

(注3)サルベージ(救援)療法:治療後にがんが残っている場合や、他の場所に再び出てくる場合(再発)に、再度治療を行うことをサルベージ治療と言う。サルベージとは救済という意味。今回は、サルベージ治療として定位放射線照射療法を行う。

日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group; JCOG)について

JCOGは、国立がん研究センター中央病院臨床研究支援部門が直接支援するがんの多施設共同研究グループです。前向きの多施設共同臨床試験の実施により有効性の高い標準治療(最も効果的な治療)を確立し、その研究成果を国内外に発信し、がん患者さんの診療の質と治療成績の向上を図ることを目的としています。開発を目指す新しい治療法には、抗腫瘍薬の組み合わせによる薬物療法、外科手術や放射線治療、内視鏡治療に加えて、これらを併用した集学的治療があります。16の専門分野別研究グループが実施するJCOG試験には、年間約3,000人のがん患者さんが参加されています。また、国内外の他の臨床試験グループとの共同研究も積極的に進めており、欧米や韓国との共同研究も実施しています。

JCOGホームページ(外部サイトにリンクします)

JCOG代表者:大江裕一郎(国立がん研究センター中央病院)
JCOGデータセンター長:福田治彦(国立がん研究センター中央病院 臨床研究支援部門 データ管理部)

JCOG脳腫瘍グループ

グループ代表者:西川 亮(埼玉医科大学 国際医療センター 脳脊髄腫瘍科)
JCOG0504研究代表者:嘉山孝正(山形大学医学部 先進医学講座)
JCOG0504研究事務局:佐藤慎哉(山形大学医学部 総合医学教育センター・脳神経外科)
グループ事務局:成田善孝(国立がん研究センター中央病院 脳脊髄腫瘍科)

報道関係のお問い合わせ先

国立研究開発法人国立がん研究センター

国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

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