2023-12-05 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター (大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循) の脳神経内科猪原匡史部長、脳神経内科医師齊藤聡、データサイエンス部山本晴子部長を中心とする研究グループは、一般財団法人LHS研究所福島雅典代表理事 (京都大学名誉教授)、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構小島伸介チームリーダーらと共同で、軽度認知障害患者を対象とした日本初の多施設共同プラセボ対照ランダム化医師主導治験、「軽度認知障害患者に対するシロスタゾール療法の臨床効果並びに安全性に関する医師主導治験※ (COMCID研究)」を2015年より開始し、その研究成果は2023年12月4日付のJAMA Network Open誌に掲載されました。
本研究では、軽度認知障害 (Mild cognitive impairment: MCI)※1患者に投与した際のシロスタゾール※2の安全性は示されましたが、MCIから認知症への進行を予防する有効性は示されませんでした。しかしながらシロスタゾールを投与された患者では、プラセボ※3を投与された患者に比べ、血液中のアルブミンと認知症の多くの脳で蓄積が見られる老廃物、βアミロイドの複合体 (アルブミン-Aβ複合体) の濃度が、治療前に比べ増加する傾向が示されました。これにより、シロスタゾールが脳内のβアミロイドを、血液中に排出することを促進させた可能性が示唆されました。
私たちは、シロスタゾールの代謝物と認知機能改善効果との関係を過去の研究で示していることから、今後シロスタゾールが有効である一群 (シロスタゾールレスポンダー) の同定を進め、その一群におけるシロスタゾールの抗認知症効果を探求していく予定です。
▲COMID研究 ロゴマーク
■背景
本邦における認知症患者数は既に500万人を超え、MCI患者もその同数程度に達すると推定されており、その進行を阻止する手法の開発が現在世界中で行われています。国循脳神経内科の猪原匡史部長らのグループは、抗血小板薬「シロスタゾール」が、血管にも直接作用することで、認知症の多くの脳で蓄積が見られる老廃物(βアミロイド)を脳外に流し去る作用を有することを動物実験で見出しました(Maki T, et al. Ann Clin Trans Neurol 2014)。しかし、シロスタゾールがMCIから認知症への進行の予防に有効かどうかはヒトでは未だ明らかになっておらず、その検証が求められていました。
■研究手法
猪原匡史部長を中心とする研究グループは、MCI患者を対象とした全国規模、多施設共同での「軽度認知障害患者に対するシロスタゾール療法の臨床効果並びに安全性に関する医師主導治験(COMCID研究)」を2015年5月より開始しました。COMCID研究では、MCI患者にプラセボもしくはシロスタゾールが96週投与されました。
■研究成果
本研究では、シロスタゾールをMCI患者に投与した際の安全性が示されましたが、MCIから認知症への進行を予防する有効性は示されませんでした。しかしながらシロスタゾールを投与された患者では、プラセボを投与された患者に比べ、血液中のアルブミンとβアミロイドの複合体 (アルブミン-Aβ複合体) の濃度が、治療前に比べ増加する傾向が示されました。これは、シロスタゾールが脳内のβアミロイドを血液中に排出することを促進させた可能性が考えられ、過去の動物実験の結果と符合しました。
■今後の展望と課題
本研究では、シロスタゾールがすべてのMCI患者に有用である、という結果が示されませんでした。したがって今後私たちは、シロスタゾールが有効である一群 (シロスタゾールレスポンダー) の同定を進め、特定の患者におけるシロスタゾールの抗認知症効果を探求していく予定です。今回、本研究を完遂したことによって、世界的にも先端的な認知障害の治験即応コホート※4が確立しました。そしてすでに本研究グループは、この治験即応コホートを用いる次の医薬品の治験の準備を開始しています。現在世界各国で開発されつつある、各種の抗認知症薬 (候補) の有効性と安全性を日本国内で治験として検証するにあたって、今回のCOMCIDコホートは大変重要な意義を持つと考えられます。
※医師主導治験
新しい薬を患者さんに使用していただくためには、その薬が病気に対して有効であるか、また安全であるかを確かめ、厚生労働省から承認を得る必要があります。そこで厚生労働省の承認を得るために、実際に患者さんに投与して効果 (有効性) と安全性を調べる臨床試験のことを「治験」と呼びます。製薬企業ではなく、医師や研究者が中心となって行う治験を医師主導治験と呼びます。
※1軽度認知障害 (Mild cognitive impairment: MCI)
「認知症とまでは言えないが、物忘れがあったりして正常とも言い切れない状態」です。正常な老化とは明らかに区別ができ、本人や、家族などの周りの人が認識できる程度の認知障害が現れます。
※2シロスタゾール
血液の中の血小板の働きを抑えることにより、血液が固まって血管がつまることを防ぎ、血栓の形成を予防する薬。またシロスタゾールには、血管を拡張させ脳血流を上昇させる作用があることが知られています。
※3プラセボ
薬としての有効成分を含まない偽薬
※4治験即応コホート
直ちに治験を行うことができる体制のこと。COMCID研究を行うまで、日本国内ではMCI患者を対象とした多施設共同プラセボ対照ランダム化医師主導治験は皆無でした。多施設共同プラセボ対照ランダム化治験を行うためには、各施設で同一の検査を行えるように調整するなど、様々な事前準備が必要です。今回国循が中心になり、多施設共同プラセボ対照ランダム化医師主導治験を完遂したことによって、非常に精度の高い研究インフラが確立したため、今後日本国内でMCI患者を対象とした治験を計画することが容易になり、認知症に対する医薬品の研究開発が飛躍的に加速すると期待されます、
■発表論文情報
著者:齊藤聡 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、鈴木啓介 (国立研究開発法人国立長寿医療研究センター)、大谷良 (独立行政法人国立病院機構京都医療センター)、眞木崇州 (京都大学)、古和久朋 (神戸大学)、立花久嗣 (神戸大学)、鷲田和夫 (国立循環器病研究センター)、川畑信也 (社会医療法人財団新和会八千代病院)、水野敏樹 (京都府立医科大学)、神吉理枝 (地方独立行政法人大阪市民病院機構大阪市立総合医療センター)、須藤慎治 (独立行政法人国立病院機構宇多野病院)、北口浩史 (公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構倉敷中央病院)、進藤克郎 (公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構倉敷中央病院)、新堂晃大 (三重大学)、岡伸幸 (独立行政法人南京都病院)、山本圭一 (医療法人祥風会奈良みどりクリニック)、安野史彦 (国立研究開発法人国立長寿医療研究センター)、角田千景 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、角田良介 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、山本由美 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、服部頼都 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、高橋由佳子 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、中奥由里子 (京都大学)、殿村修一 (京都大学)、大石直也 (京都大学)、麻生俊彦 (特定国立研究開発法人理化学研究所)、田口明彦 (公益財団法人神戸医療産業都市推進機構)、鍵村達夫 (公益財団法人神戸医療産業都市推進機構)、小島伸介 (公益財団法人神戸医療産業都市推進機構)、竹綱正典 (公益財団法人神戸医療産業都市推進機構)、冨本秀和 (三重大学)、髙橋良輔 (京都大学)、福山秀直 (京都大学)、長束一行 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、山本晴子 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)、福島雅典 (一般財団法人LHS研究所)、猪原匡史 (国立研究開発法人国立循環器病研究センター)
題名:Efficacy and safety of cilostazol in mild cognitive impairment: A randomized clinical trial
掲載誌:JAMA Network Open
■謝辞
本研究は大塚製薬株式会社からの資金的支援を受け実施されました。
【報道機関からの問い合わせ先】
国立循環器病研究センター企画経営部広報企画室