精神疾患の新たな治療戦略の開発に期待
2018-09-03 京都大学,ジョンズホプキンス大学
友田利文 医学研究科特定准教授(現・トロント大学)、櫻井武 同特定教授、住友明子 同特定研究員(現・カナダ・薬物依存・精神衛生センター博士研究員)、疋田貴俊 大阪大学教授らの研究グループは、米国ジョンズホプキンス大学と共同で、神経細胞のオートファジー機能の低下が、ヒトの精神疾患に類似の行動異常をマウスで引き起こすこと、また、これらの行動異常はオートファジーの機能を活性化することにより改善すること、さらにオートファジーの機能低下がヒトの精神疾患で実際に確認されることを実証しました。
本研究成果は、2018年6月8日に米国の科学雑誌「Human Molecular Genetics」、および同年8月15日に米国の科学雑誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されました。
研究者からのコメント
精神疾患の理解は、過去数十年の神経科学の進展に支えられ、記載学の範疇を脱し、生物学的基盤の探求へと大きくシフトしてきました。しかし同じ期間に成し遂げられた身体疾患の病態の理解およびそれに基づいて考案された治療法と比較すると、精神疾患のそれらは未だ暗黒時代を彷徨している感があります。私たちは、精神という観念的な難しさは承知しつつも、どこまで唯物論的に精神を理解できるかという問題に挑戦することの先に意外な突破口やより効果的な治療法を見出せると信じて研究を進めているつもりです。
今回発表することとなった知見は、端的にいうと、精神症状のある側面は、身体疾患となんら変わりはないことを示しており、機能の低下した神経細胞、神経回路をどうしたら回復させられるかのアイデアの一つをモデル動物を使って示したものです。より具体的には、オートファジーというヒトの全身の細胞の生存にとって重要なクリアランス機構が、神経細胞においても同様のクリアランス機能を果たすことを通して、個々の神経細胞のみならずネットワークとしての神経回路網の機能、ひいては脳の高次機能をサポートしており、認知機能異常をはじめとする精神症状の表出を抑制していることを示唆しています。
これがどの程度一般化できる理論なのか、ヒトの精神疾患のサンプルを解析することで今後さらなる検証を進める計画ですが、現在までに、統合失調症や双極性障害、染色体微細欠失による精神疾患の発現などとの関与が示唆されて来ました。これまでにない精神疾患の治療戦略を考案すべくさらに研究を進めて行きたいと思います。
概要
本研究グループは、先行研究から、オートファジー(細胞内に不要な物質や小器官が蓄積するのを防ぐ細胞内分解機構)が低下したモデルマウスであっても、神経細胞死が起きない場合があることを見出していました。そこで、本研究ではこのモデルマウスの行動を詳細に解析し、ヒトの精神疾患と類似の症状がないか検討しました。その結果、神経細胞のオートファジー機能の低下が、ヒトの精神疾患に類似する行動異常をマウスで引き起こすこと、これらマウスでの行動異常はオートファジーの機能を活性化することにより改善すること、さらにオートファジーの機能低下がヒトの精神疾患で実際に確認されることが見出されました。
本研究成果により、ヒトの精神疾患の中に、オートファジーの機能低下によって引き起こされるものが存在することが示唆されます。本研究成果は、統合失調症等の精神疾患の原因の一つを解明したことに加えて、オートファジーの機能低下を標的とした精神疾患の新たな治療戦略の開発につながることが期待できます。
図:本研究のイメージ
詳しい研究内容について
書誌情報
【DOI】
https://doi.org/10.1126/sciadv.aar6637
【KURENAIアクセスURL】
http://hdl.handle.net/2433/234197
Akiko Sumitomo, Kouta Horike, Kazuko Hirai, Nancy Butcher, Erik Boot, Takeshi Sakurai, Frederick C. Nucifora Jr., Anne S. Bassett, Akira Sawa and Toshifumi Tomoda (2018). A mouse model of 22q11.2 deletions: Molecular and behavioral signatures of Parkinson’s disease and schizophrenia. Science Advances, 4(8):eaar6637.