リソソーム膜の透過性亢進がヒト血管平滑筋細胞の炎症を誘導する | テック・アイ生命科学

リソソーム膜の透過性亢進がヒト血管平滑筋細胞の炎症を誘導する

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2018/09/03 京都大学

ポイント

  1. 血球細胞以外の細胞により起こる炎症発生のメカニズムには、まだ不明な点が多い。
  2. 血管平滑筋細胞注1において、細胞内リソソーム注2膜の透過性亢進が炎症発生のメカニズムの鍵となることを新たに発見した。

1. 要旨

炎症は、免疫系が有害な刺激を排除するために引き起こす反応です。過度の炎症は病気の原因となるため、炎症反応は生体内で厳密に制御されています。主な炎症細胞である血球細胞に比べて、それ以外の細胞により炎症が起きるメカニズムについては、まだ不明な点が多くあります。
小野宏彰 元大学院生 (元 京都大学CiRA臨床応用研究部門、現 九州大学医学部小児科特任助教)および齋藤潤 准教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、ヒトの血管を構成する重要な細胞である血管平滑筋細胞において、新たな炎症発生のメカニズムを解明することに成功しました(図1)。
この研究成果は2018年8月22日に国際炎症学会連合の機関誌「Inflammation Research」でオンライン公開されました。

図1: リソソーム膜の透過性を亢進すると、IL-1βが分泌される

2. 研究の背景

炎症は、免疫系が有害な刺激を排除するために引き起こす反応です。過度の炎症は病気の原因となるため、炎症反応は生体内で厳密に制御されています。様々な炎症反応メカニズムのうち最も重要なもののひとつに、NLRP3インフラマソーム注3と呼ばれるシステムがあります。NLRP3インフラマソームは、炎症性サイトカイン注4であるインターロイキン(IL)-1β注5の分泌に関与するタンパク質複合体です。主な炎症細胞である血球細胞からのIL-1βの分泌には、通常「準備シグナル」と「活性化シグナル」と呼ばれる2つ刺激が連続して伝えられることが必要とされています。一方、血球細胞以外の細胞により炎症が起きる場合、どのようにNLRP3インフラマソームが活性化しIL-1βが分泌されるかは、きっかけとなる細胞種によって異なる可能性があり、まだ詳細が分かっていないものも多くあります。
血管平滑筋細胞は、血管壁の大部分を構成する重要な細胞で、刺激に応答して血管を広げたり縮めたりする機能を持っています。動脈硬化などの血管疾患においては、NLRP3インフラマソームによる慢性炎症が病気の進展に関与しており、血管平滑筋細胞にも炎症が及ぶことが示されています。血管平滑筋細胞がNLRP3インフラマソームの関与する血管炎症でどのような役割を持っているのかは、まだ十分に解明されていません。そこで研究グループは、ヒト血管平滑筋細胞におけるNLRP3インフラマソームの活性化メカニズムの解明を目的として、今回の研究を行いました。

3. 研究結果

1. リソソーム膜の透過性亢進は、ヒト血管平滑筋細胞からIL-1βを分泌させるのに十分な単独刺激である。
リソソームは膜につつまれた細胞内構造体で細胞が取り込んだ細菌などを消化する働きを持っています。免疫細胞において、リソソーム膜の透過性亢進は、NLRP3インフラマソームの重要な「活性化シグナル」として知られています。つまり、「準備シグナル」を受けて活性化した免疫細胞のリソソーム膜が壊れて、膜の内外を物質が通り抜けることができるようになると、NLRP3インフラマソームが活性化し、IL-1βが分泌されます。
一方、ヒト大動脈由来の血管平滑筋細胞では「準備シグナル」で刺激しなくても、リソソーム膜の透過性亢進のみでIL-1βが分泌されることがわかりました(図2)。この現象は、冠動脈や肺動脈由来の血管平滑筋細胞でも確認され、ヒト血管平滑筋細胞に普遍的な現象であると考えられます。

図2: リソソーム膜の透過性を亢進するとIL-1βが分泌される

2. リソソーム膜の透過性亢進がヒト血管平滑筋細胞に炎症を起こすメカニズムの一端を解明。
次に、リソソーム膜の透過性亢進がヒト血管平滑筋細胞からのIL-1β分泌を促すしくみを調べました。リソソーム膜の透過性亢進は細胞死を誘導しますが、ヒト血球細胞に比べてヒト血管平滑筋細胞では細胞死が起きにくいことがわかりました。さらに、ヒト血管平滑筋細胞においてリソソーム膜の透過性亢進がNF-κB注6経路といわれる炎症性経路を活性化し、「準備シグナル」としても働いていることがわかりました。
リソソームには様々な酵素が含まれており、これらの酵素がリソソームへ取り込まれた物質の消化を行っています。また、リソソームには活性酸素も含まれており、殺菌に役立っています。リソソーム膜の透過性が亢進すると酵素や活性酸素が細胞質内に流れ出て、炎症シグナルを誘導している可能性があります。そこで、リソソームに含まれる酵素や活性酸素がIL-1β分泌を促すかを調べたところ、酵素の一種であるカテプシンBや活性酸素を阻害すると、IL-1β分泌が抑制されました(図3)。さらに、ヒト血管平滑筋細胞においてリソソーム膜透過性が亢進すると、カテプシンBの活性が「準備シグナル」を誘導し、活性酸素が「活性化シグナル」として働くことがわかりました。

図3: 活性酸素やカテプシンBを抑制すると、IL-1βの分泌が抑制される

4. まとめ

従来、血球などの免疫細胞が血管に浸潤することが血管炎症の始まりだとするモデルが提唱されています。今回の報告では、免疫細胞が存在しない状態でも、リソソーム膜の透過性亢進という不安定化により、ヒト血管平滑筋細胞が自発的な炎症を引き起こす可能性が示されました。
近年、動脈硬化による血管変性のメカニズムとして、NLRP3インフラマソームの活性化による慢性血管炎症の関与が疑われています。今回の報告により、血管炎症の発生メカニズム解明がさらに進展することが期待されます。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Lysosomal membrane permeabilization causes secretion of IL-1β in human vascular smooth muscle cells.
  2. ジャーナル名
    Inflammation Research
  3. 著者
    Hiroaki Ono1,2,*, Ryo Ohta1, Yuri Kawasaki1, Akira Niwa1, Hidetoshi Takada3,4, Tatsutoshi Nakahata1, Shouichi Ohga2, Megumu K. Saito1,**
    * 筆頭著者、** 責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 九州大学大学院医学研究院成長発達医学分野(小児科)
    3. 九州大学大学院医学研究院周産期・小児医療学
    4. 筑波大学大学院人間総合科学研究科 小児内科

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. AMED 難治性疾患実用化研究事業

7. 用語説明

注1) 血管平滑筋細胞
血管の構造を支持する細胞で、収縮・弛緩によって血管径の調節を行う。
注2)リソソーム
細胞内小器官の一つ。内部に様々な加水分解酵素を含み、細胞内老廃物などを分解する。他にも細胞内代謝状態を感知し、自ら代謝を調節する機能もあると考えられている。
注3) NLRP3インフラマソーム
インフラマソームは、炎症やアポトーシスに関与するタンパク質複合体。NLRP3は免疫系タンパク質の一つで、パターン認識受容体としてインフラマソームを構成する。
注4)サイトカイン
さまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質。
注5) インターロイキン(IL)-1β
免疫複合体や微生物感染、ストレスなどにより、種々の細胞から産生され、炎症反応などに深く関与するサイトカイン。
注6)NF-κB
転写因子として働くタンパク質複合体。炎症反応や免疫応答、細胞の生存など様々な生命現象に関与している。

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