リボソーム遺伝子がうつ病に関わることを発見~うつ病の早期発見や診断に役立つマーカーである可能性~

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国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP),株式会社DNAチップ研究所

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:和田圭司)疾病研究第三部の功刀浩部長、精神保健研究所(所長:中込和幸)行動医学研究部の堀弘明室長と、株式会社DNAチップ研究所(東京都港区 代表取締役社長:的場亮)の中村誠二研究員らの研究グループは、うつ病1)やストレス脆弱性2)にリボソーム遺伝子3)であるRPL17とRPL34が関与し、血液中の遺伝子発現量が診断マーカーとなることを明らかにしました。

うつ病はありふれた病気ですが、その原因は明らかになっておらず、診断や早期発見に役立つ客観的な指標も存在しません。現在のところ、うつ病は遺伝的な要因を含め、もともとストレスの影響を受けやすい(=ストレス脆弱性を持つ)人が、過剰なストレスにさらされることで発症に至る病気である、という考え方が広く受け入れられています。そういった遺伝子と環境の相互作用の全体像は遺伝子発現4)のプロフィールにスナップショットとして現れるため、遺伝子発現を網羅的に調べることで、うつ病の原因をより良く理解し、診断の手掛かりになる指標が得られる可能性があります。ただ、うつ病を対象とした網羅的遺伝子発現研究はこれまでにいくつか報告されているものの、その結果は再現性が乏しく、共通の見解が得られていません。
本研究グループは、まず一般成人を対象に、ストレス脆弱性に関連して変化する血液中の遺伝子発現のプロフィールを網羅的に調べ、得られた主要な結果をうつ病患者さんにおいても検討することにより、リボソーム遺伝子のRPL17およびRPL34がストレス脆弱性とうつ病の両方に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
今回の研究は、うつ病患者さんに加え、うつ病を発症していない一般成人のストレス脆弱性を対象として、その両方に関与する遺伝子を見出した点で、うつ病の診断および早期発見に貢献するものと考えられます。
この研究成果は、日本時間2018年8月7日午前3時に科学雑誌「Journal of Psychiatric Research」にオンライン掲載されました。

■研究の背景
うつ病の原因や客観的診断マーカーを検討する研究が数多く行われていますが、未だにはっきりとしたことはわかっていません。一方、うつ病の発症にはストレス脆弱性が関与することが示唆されています。ストレス脆弱性は心理学的な視点と生物学的な視点から捉えることができ、心理的な側面のストレス脆弱性は、パーソナリティやストレス対処方略などの多面的・複合的なプロフィールによって形成されると考えられます。生物学的な観点からは、一つひとつは効果の小さな多数の遺伝子が種々の環境要因と作用しあうことによって、ストレス脆弱性が形成されるものと考えられています。また、こういった特性を有するストレス脆弱性は、健康な方からうつ病の患者さんへと連続的に分布しているものと想定されます。過去に私たちは、統計的な分類手法を用いて、一般人口から募集した455名の健常成人が、適応良好な2つのグループと、そうでない1つのグループに分類されることを見出しました (参考文献1)

■研究の内容
本研究ではまず、この3群の心理的な特徴をより詳細に検討することにより、一般成人は「ストレスからの回復力を持つ群」「ストレスの影響を受けにくい群」「ストレス脆弱性を有する群」に分類できることを見出しました。次に、心理特性プロフィールに基づくこの分類と、末梢の血液から抽出したRNAを用いてマイクロアレイ5)により測定した遺伝子発現プロフィールの関連を検討しました。
3群間で有意に発現が変動する遺伝子群を同定し、この遺伝子群に対してパスウェイ解析6)やネットワーク解析7)を適用することにより、ストレス脆弱性に関与する分子システムとしてリボソーム遺伝子群が重要であることを見出しました。リボソーム遺伝子群の中で、有意な(=統計的に意味のある)発現変動を示した遺伝子が8個存在し、いずれもストレス脆弱性に関連して発現が上昇しているという結果でした(図1)。

図1 マイクロアレイで測定したリボソーム遺伝子発現レベルの3群間比較。リボソーム遺伝子がうつ病に関わることを発見~うつ病の早期発見や診断に役立つマーカーである可能性~

次に、これらのリボソーム遺伝子について、うつ病患者さんにおける発現変動を検討しました。この目的で、2つの別々のデータセットを用いました。
まず、以前の私たちの研究で取得していたマイクロアレイデータセットを用い、リボソーム遺伝子発現をうつ病患者さんと健常対照者で比較しました。その結果、RPL17、RPL34、RPL36ALについて、うつ病患者さんで有意な発現上昇がみられました(図2)。
さらに、別のサンプルを用いて新たに定量PCR8)を実施し、RPL17とRPL34の発現を検討しました。ここでは、うつ病を大うつ病性障害と双極性障害のうつ状態に区別し、また統合失調症の患者さんも対象とすることで、これらのリボソーム遺伝子の発現変動は大うつ病性障害に限って認められる所見であるのか、あるいは他の精神疾患でも同様に認められる所見であるのかについても検討しました。その結果、とくに大うつ病性障害においてRPL17とRPL34の発現亢進が顕著であることが明らかになり、リボソーム遺伝子がストレス脆弱性およびうつ病のバイオマーカーになる可能性が示唆されました(図3)。

図2 既存マイクロアレイデータでのリボソーム遺伝子発現レベルの3群間比較。
図2 既存マイクロアレイデータでのリボソーム遺伝子発現レベルの3群間比較。
6個のリボソーム遺伝子(RPL17, RPL21, RPL34, RPL36AL, RPL39, RPS27)の発現レベルを、うつ病患者, 寛解うつ病患者, 健常対照者の間で比較した。

図3  定量PCRで測定したリボソーム遺伝子発現レベルの4群間比較。
図3  定量PCRで測定したリボソーム遺伝子発現レベルの4群間比較。
2個のリボソーム遺伝子(RPL17, RPL34)の発現レベルを、うつ病患者, 双極性障害患者, 統合失調症患者, 健常対照者の間で比較した。

■研究の意義・今後の展望
本研究の特色は、多面的な心理特性のプロフィールを調べることによってストレス脆弱性を有する一群を見つけ出し、うつ病患者さんと併せて検討することで、健康な状態からうつ病へと至るプロセスを連続的に捉えている点にあります。リボソーム遺伝子がストレス脆弱性およびうつ病に共通に関与することを示した本研究結果に基づいて、うつ病の早期発見や診断に役立つ手法の創出へとつながり、また、新たな治療法開発のてがかりとなることが期待されます。リボソーム遺伝子発現は、少量の血液から比較的簡便に調べることができるため、実用化の点でも有利です。今後は、本知見の実用化を進めるとともに、リボソーム遺伝子の発現が治療の進展とともにどのように変化するのか、また、これらの遺伝子がどのようなメカニズムでうつ病の発症や慢性化に関与するのか、などについても検討を続ける予定です。

■用語解説
1) うつ病:持続する抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、不眠、食欲低下などを特徴とする病気であり、休職や自殺などの主要な要因となっている。強いストレスや長期にわたるストレスが誘因となって発症することが多い。わが国で専門的治療を受けている患者数はおよそ100万人にのぼり、治療を受けていないうつ病罹患者はその4~5倍程度存在すると推定される。
2) ストレス脆弱性: ストレスの影響によって病気になりやすいかどうかの「脆弱性(もろさ)」のこと。ストレス脆弱性モデルは、うつ病などの精神疾患の発症を説明する主要な理論の一つである。
3) リボソーム遺伝子:リボソームは、すべての細胞に存在する直径15~30nmの小顆粒であり、タンパク質合成の場となる。リボソーム遺伝子は、リボソームをコードする遺伝子。
4) 遺伝子発現:細胞内で遺伝子のスイッチが入り、RNAおよびタンパク質が合成される過程のこと。
5) マイクロアレイ:遺伝子の発現状態を検査するための実験ツールの一種。数万種類のヒトの遺伝子、およびタンパク質をコードしないRNAの発現状態を網羅的に検査することができる。
6) 分子パスウェイ: 生体を維持・活動していくために必要な生命現象を制御している、DNAやRNA、タンパク質などのさまざまな生体分子で形成される生物学的過程・経路。
7) 分子ネットワーク: 複数の生体分子の相互作用、また量的な相関関係等から構成される相互関係。
8) 定量PCR: ポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) による増幅を測定することで、DNAやRNAの定量を行なう手法。

■原著論文情報
Integrated profiling of phenotype and blood transcriptome for stress vulnerability and depression.
Hori H, Nakamura S, Yoshida F, Teraishi T, Sasayama D, Ota M, Hattori K, Kim Y, Higuchi T, Kunugi H: Journal of Psychiatric Research, in press
DOI: 10.1016/j.jpsychires.2018.08.010
URL: https://doi.org/10.1016/j.jpsychires.2018.08.010
参考文献1(原著)
A latent profile analysis of schizotypy, temperament and character in a nonclinical population: association with neurocognition.
Hori H, Teraishi T, Sasayama D, Matsuo J, Kinoshita Y, Ota M, Hattori K, Kunugi H:Journal of Psychiatric Research 48, 56-64, 2014.

■助成金
本研究成果は、以下の補助金・事業・助成金によって行われました。
・文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)(25253075), 基盤研究(C)(16KT0198)
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬基盤推進研究事業(JP16ak0101043, JP16ak0101044), 上原記念生命科学財団研究奨励金, 武田科学振興財団研究助成金, 臨床薬理研究振興財団研究奨励金, パブリックヘルスリサーチセンター研究助成金
・国立精神・ 神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費

■お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ先】

堀 弘明 (ほり ひろあき)
国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 行動医学研究部 室長

功刀 浩 (くぬぎ ひろし)
国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第三部 部長

佐藤 慶治 (さとう よしはる)
株式会社DNAチップ研究所
新事業開発部 マネージャー

【報道に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係

株式会社DNAチップ研究所
総務部: 大塚 勉

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