データと数学で迫る冬眠の謎~冬眠の仕組みの一端を数理モデルで解明~

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2024-07-09 理化学研究所,北海道大学

理化学研究所(理研)数理創造プログラムの儀保 伸吾 特別研究員、黒澤 元 専任研究員、北海道大学 低温科学研究所の山口 良文 教授らの国際共同研究グループは、冬眠を行う哺乳類に見られる大きな体温変動の背後に、信号の周波数を変化させて伝えるFMラジオのように周波数(体温の周期変動)を変化させる仕組みが存在することを発見しました。

哺乳類の中には、食料が限られ気温低下に見舞われる冬を生き延びるために、冬眠を行う種がいます。冬眠中の体温は、環境温度近くまで低下しますが、この低温状態が冬眠中ずっと継続するわけではなく、環境温度に近い低温と通常の体温の間を何度も変動します。この大きな体温変動は冬眠の重要な部分ですが、その生理学的な意味や制御のメカニズムは十分に理解されていません。

国際共同研究グループは、長期かつ高解像度の体温データセットに対応する数理モデルを探索することによって、冬眠中の大きな体温変動が短い周期(数日)と予想外に長い周期(数百日)の相互作用によって支配されており、そうした周期の変動(周波数)が徐々に変化していくこと(周波数変調[1])を発見しました。この結論はシリアンハムスターとジュウサンセンジリスという異なる2種類の冬眠動物について導かれました。これは複数の冬眠動物において、冬眠中の大きな体温変動の背後に「周波数変調」というシンプルで共通の原理が存在することを初めて示した成果です。

本研究成果は、英国のNature Portfolioが新しく発行する科学雑誌『npj Biological Timing and Sleep』オンライン版(7月2日)に掲載されました。

データと数学で迫る冬眠の謎~冬眠の仕組みの一端を数理モデルで解明~
冬眠中のシリアンハムスター(右上写真)の体温変動とそれを再現した数理モデルの時系列

背景

冬眠は、寒冷と餌の枯渇に見舞われる冬に、動物が代謝を下げることで体温が低下する現象です。冬眠に関する研究は古くはアリストテレスの時代から行われてきましたが、「なぜ冬眠するのか」「どのように冬眠を始めるのか」「冬眠中に動物の体内で何が起きているのか」「人間は冬眠できるのか」など、多くの謎が残されています。

冬眠する哺乳類はその冬眠様式により、便宜的に義務的冬眠動物と条件的冬眠動物の二つに大別されます(図1)。シリアンハムスターなどのハムスター類は条件的冬眠動物で、冬のような飼育環境に置かれると、実際の季節に関係なく、数ヶ月の後に自発的に冬眠を始めます。一方、クマやジュウサンセンジリスなどの義務的冬眠動物は、冬のような実験環境下でずっと飼育された場合でも、約1年の周期で冬眠を繰り返します。後者の冬眠には、概年リズム[2]が関係していると考えられています。

小型の冬眠動物は、体温と代謝を下げる「深冬眠」と呼ばれる状態と、通常の体温に戻る「中途覚醒」と呼ばれる状態を何度も繰り返します。この深冬眠と中途覚醒の繰り返しという大きな体温変動は冬眠の重要な特徴ですが、その生理学的な意義はいまだ不明です。また、体温データは、冬眠中でも測定可能な重要な指標として注目されてきましたが、体温データにはノイズが多く、変動の周期も必ずしも一定でないため、詳細な時系列データの解析は困難でした。そのため、こうした体温変動の背後にある原理も理解されていませんでした。

義務的冬眠動物と条件的冬眠動物の図
図1 義務的冬眠動物と条件的冬眠動物
義務的冬眠動物のジュウサンセンジリス(上)と条件的冬眠動物のシリアンハムスター(下)の冬眠様式は異なる。ジュウサンセンジリスの写真はエール大学グラシェヴァ研究室、シリアンハムスターの写真は北海道大学山口研究室の提供。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、条件的冬眠動物であるシリアンハムスターの長期かつ高解像度の体温データセットを基に、実験データを精度よく再現する数理モデルを探索することで、冬眠動物に見られる体温変動の制御原理の同定に挑みました(図2)。

計算機を用いた実験データを再現する数理モデルの探索の図
図2 計算機を用いた実験データを再現する数理モデルの探索
冬眠中の高解像度の体温データに対して、異なる仮定に基づく数理モデルをいくつか用意し、実験データを再現する数理モデルを探した。計算機上で、細かく設定(周期の長さなど)を変えながらさまざまな可能性を試した。


その結果、FMラジオのように徐々に周波数が変化していくと仮定した数理モデルがシリアンハムスターの体温データを再現することが分かり、この数理モデルを「周波数変調モデル[1]」と提唱しました(図3)。このモデルでは、長い周期(数百日)が短い周期(数日)のリズムの進行を調節します。これまで概年リズムとは関係なく冬眠するとされてきたシリアンハムスターにおいて数百日の周期が見られたことは、予想外の発見でした。

では、この数百日の周期は、ジュウサンセンジリスなど概年リズムを持つ冬眠動物が実際に冬眠を行う年単位の周期と関係し得るでしょうか?そこで国際共同研究グループは、義務的冬眠動物であるジュウサンセンジリスの体温データセットを再現する数理モデルを同様に探索しました。その結果、周波数変調モデルがジュウサンセンジリスの冬眠の体温データも再現できることが分かりました。さらに、その数理モデルから推定された長い周期は、ジュウサンセンジリスが一定の環境下で冬眠を繰り返した際の日数と相関していました。すなわち、この長い周期は冬眠の概年リズムの周期を表している可能性があります。

冬眠中のシリアンハムスターの体温とそれを再現する数理モデルの図
図3 冬眠中のシリアンハムスターの体温とそれを再現する数理モデル
実験室において、シリアンハムスターは、夏のような環境(16時間の昼+8時間の夜、温度は25度)から冬のような環境(8時間の昼+16時間の夜、温度は5度)に移してしばらくすると冬眠する(左上)。冬眠中は、35度くらいの通常の体温と7度くらいの低温の体温を繰り返す。このような大きな体温変動は冬眠する小型の哺乳類の多くに共通して見られる現象だが、そのメカニズムは分かっていなかった。今回、実際の体温データと数理モデルから、シリアンハムスターとジュウサンセンジリスの体温データを再現する数理モデルを見つけ、「周波数変調(FM)モデル」と名付けた(右)。周波数変調モデルは、短い周期と長い周期の相互作用から成る。


これらの研究結果は、実際の体温データと数理モデルからボトムアップのアプローチを用い、複数の哺乳類種において、冬眠中の大きな体温変動の背後には「周波数変調」というシンプルな共通の原理が存在することを実証したものです。

今後の期待

国際共同研究グループは、動物が冬眠するときの体温変化を詳しく調べモデルを用いて検証する手法を確立しました。この研究は、今後いろいろな動物がどうやって冬眠するのかを比べたり、冬眠の仕組みに迫ったりする上での手掛かりになります。具体的には、体の中の遺伝子やタンパク質が変化した個体を冬眠させた際に、今回の研究で見いだした数理モデルに含まれる細かな設定(短い周期や長い周期など)の値がどのように変化するかを調べることが可能になります。これにより、冬眠の仕組みに関わる遺伝子やタンパク質の発見や、それらの働きの理解が進むことが期待できます。

今回の研究は冬眠の際に大幅な体温変動を伴うシリアンハムスターとジュウサンセンジリスで行われました。大型のヒグマやツキノワグマなど、他にも冬眠する動物がたくさんいます。これらの動物の冬眠の際の体温変動パターンを調べる上でも、今回用いたアプローチが有用かどうかの検証も興味深い課題です。

今後さらに研究を進めることで、冬眠中に体の中でどんなことが起こっているのか、また、どうやって冬眠するように進化したのかが解明されることが期待されます。

補足説明

1.周波数変調、周波数変調モデル

周波数変調とは、送信したい信号を、周波数を変化させることで伝送する方式のこと。FMラジオ放送などに使われている。今回、FMラジオのように徐々に周波数が変化していくことを仮定した数式が冬眠中のシリアンハムスターとジュウサンセンジリスの体温データを再現することが分かり、「周波数変調モデル」として提唱した。周波数変調モデルの式の形は次の通り。

周波数変調モデルの式の図

モデルは、短い周期(数日間、ω1)と長い周期(数百日間、ω2)の相互作用から成る。短い周期と長い周期などの細かい設定を変えることで、体温データを再現する条件を幅広く探索した。

2.概年リズム
体内時計の一種。ヒトは、洞窟内のような温度や光が一定の環境に数十日置かれた場合、(目覚まし時計がなくても)ほぼ1日に1回の頻度で目を覚ます。これを概日リズムと呼ぶ。冬眠をする生物の中には、野外ではなく、実験室で温度や光が一定の環境に数年置かれた場合、ほぼ1年に1回の頻度で冬眠を繰り返すものがある。このほぼ1年の周期を概年リズムと呼ぶ。冬眠現象の他にも、鳥類や哺乳類の性成熟に関する概年リズムがよく調べられている。

国際研究グループ

理化学研究所 数理創造プログラム
特別研究員 儀保 伸吾(ギボ・シンゴ)
専任研究員 黒澤 元(クロサワ・ゲン)

北海道大学 低温科学研究所
教授 山口 良文(ヤマグチ・ヨシフミ)

立命館大学
教授 徳田 功(トクダ・イサオ)

エール大学(米国)医学部
准教授 イリーナ・グラシェヴァ(Elena O. Gracheva)
准教授 スビアトスラフ・バクリアンツェフ(Sviatoslav N. Bagriantsev)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「作用素論的データ解析に基づく複雑ダイナミクス計算基盤の創出(研究代表者:河原吉伸、JPMJCR1913)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「生物リズムと冬眠における周期の決定機構に関する数理・データ解析的アプローチ(研究代表者:黒澤元、JP21K06105)」、同学術変革領域研究(A)「冬眠生物に共通するメカニズムに関する数理・データ解析的アプローチ(研究代表者:黒澤元、JP24H02025)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Shingo Gibo, Yoshifumi Yamaguchi, Elena O. Gracheva, Sviatoslav N. Bagriantsev, Isao T. Tokuda, and Gen Kurosawa, “Frequency-modulated timer regulates torpor-arousal cycles during hibernation in distinct small mammalian hibernators”, npj Biological Timing and Sleep, 10.1038/s44323-024-00002-4

発表者

理化学研究所
数理創造プログラム
特別研究員 儀保 伸吾(ギボ・シンゴ)
専任研究員 黒澤 元(クロサワ・ゲン)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
北海道大学 社会共創部広報課 広報・渉外担当

生物化学工学
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