細胞壁の形成を促進する新しい仕組みを発見

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次世代バイオ素材・バイオ燃料の原料供給に光明

2019-01-29 国立遺伝学研究所
A Rho-actin signaling pathway shapes cell wall boundaries in Arabidopsis xylem vessels
Yuki Sugiyama, Yoshinobu Nagashima, Mayumi Wakazaki, Mayuko Sato, Kiminori Toyooka, Hiroo Fukuda, Yoshihisa Oda
Nature Communications 10, Article number: 468 (2019) DOI:10.1038/s41467-019-08396-7
植物の細胞壁は、陸上に存在する最大の生物資源です。木材や綿、紙パルプ等の工業製品の材料に利用されるだけでなく、近年では、セルロースナノファイバーのような次世代バイオ素材やバイオ燃料の原料としても注目されています。
国立遺伝学研究所 小田祥久准教授らの研究グループは、細胞壁が活発につくられる道管に着目することで、「細胞壁の形成」を促進する新しいタンパク質WALとBDR1を世界に先駆けて発見しました。WALタンパク質は、細胞壁成分の輸送を担うアクチン繊維(注1)を集めていることがわかりました。一方、BDR1タンパク質は、WALがアクチン繊維を集める場所を決定していました。つまり、これらのタンパク質がアクチン繊維を「どこに集めるか」を制御することで、細胞壁の形成を制御していることが明らかになったのです。
これらのタンパク質を利用して細胞壁の形成を促進することができれば、細胞壁の生産量の多い植物の開発に繋がると期待されます。
本研究は、東京大学大学院理学系研究科、理化学研究所 環境資源科学研究センターとの共同研究として行われました。
Figure1
図:道管を構成する細胞は、「壁孔」を伴った細胞壁を形成する。壁孔の縁は特に細胞壁の形成が活発におこり、アーチ状の細胞壁が形成される(上)。
今回、壁孔の縁ではたらくタンパク質WALとBDR1を同定した。これらのタンパク質はROPタンパク質とアクチン繊維を仲介して細胞壁の形成を制御する全く新しい仕組みであることが判明した(下)。

プレスリリース資料
細胞壁の形成を促進する新しい仕組みを発見
〜次世代バイオ素材・バイオ燃料の原料供給に光明〜
■ 概要
植物の細胞壁は䛿、陸上に存在する最大の生物資源です。木材や綿、紙パルプ等の工業製品の材料に利用 されるだけでなく、近年では、セルロースナノファイバーのような次世代バイオ素材やバイオ燃料の原料として も注目されています。
国立遺伝学研究所 小田祥久准教授らの研究グループは、細胞壁が活発につくられる道管に着目すること で、「細胞壁䛾形成」を促進する新しいタンパク質 WAL と BD㻾1 を世界に先駆けて発見しました。WAL タンパク 質䛿、細胞壁成分の輸送を担うアクチン繊維(注1) を集めていることがわかりました。一方、BDR1 タンパク質は、 WAL がアクチン繊維を集める場所を決定していました。つまり、これらのタンパク質がアクチン繊維を「どこに集 めるか」を制御することで、細胞壁の形成を制御していることが明らかになった䛾です。
これら䛾タンパク質を利用して細胞壁の形成を促進することができれば、細胞壁の生産量の多い植物の開 発に繋がると期待されます。
本研究は、東京大学大学院理学系研究科、理化学研究所 環境資源科学研究センターと䛾共同研究として 行われました。
図: 道管を構成する細胞䛿、「壁孔」を伴った細 胞壁を形成する。壁孔の縁は特に細胞壁䛾形 成が活発におこり、アーチ状䛾細胞壁が形成さ れる(上)。 今回、壁孔の縁で䛿たらくタンパク質 WAL と BDR1 を同定した。これらのタンパク質はROP タ ンパク質とアクチン繊維を仲介して細胞壁の形 成を制御する全く新しい仕組みであることが判 明した(下)。

■ 成果掲載誌

本研究成果は、英国オンライン科学誌『Nature Communications』に 2019 年 1 月 28 日午後 7 時(日本標準 時)に掲載されます。
論文タイトル:A  Rho-actin signaling pathway shapes cell wall boundaries in Arabidopsis xylem vessels
(アクチンを制御する Rho シグナルが細胞壁の縁構造を作り出す)
著者:Yuki 㻿ugiyama, Yoshinobu Nagashima, Mayumi Wakazaki, Mayuko 㻿ato, Kiminori 㼀oyooka, Hiroo Fukuda, Yoshihisa Oda
(杉山友希、長島慶宜、若崎眞由美、佐藤繭子、豊岡公徳、福田裕穂、小田祥久)

■ 研究の詳細

●研究の背景
植物の細胞壁は陸上に最も豊富に存在する生物資源です。紙パルプや綿、材木といった多くの工業製品 が、植物の細胞壁もしくはその成分でつくられており、植物の細胞壁は私達の生活に欠かせない資源です。近 年では化石燃料に代わるバイオ燃料や次世代素材であるセルロースナノファイバーの供給源としても着目され ています。細胞壁の成分は、セルロースやヘミセルロース、ペクチンといった多糖類が蓄積したものであり、こ れらの成分が細胞膜表面に沈着してゆくことで細胞壁がつくられます。細胞壁が形成される量や位置は、植物 細胞の中で精密に制御されていますが、その仕組みは未だに解明されていません。
● 本研究の成果
細胞壁の形成を制御する遺伝子を探すために、小田准教授ら䛾研究グループの道管の細胞に着目しまし た。道管を構成する細胞の細胞内を空洞にすることにより、水を通す管として働きます。道管の細胞の厚く丈夫な細胞壁を形成しますが、そ䛾細胞壁には「壁孔」と呼ばれる微小な水の通り道をつくります。壁孔の周辺ではとりわけ細胞壁が分厚く形成し、特徴的なアーチ型の細胞壁が形成されます(図1)。

図1: 道管を構成する細胞䛿壁孔を伴った細胞壁を形成する。壁孔の縁は特に細胞壁の䛾形成 が活発におこり、アーチ状の細胞壁が形成され る。

研究グループは独自の細胞培養法を用い、道管の壁孔の周辺で活発に働くタンパク質を調べました。その 結果、壁孔周辺䛾分厚い細胞壁の形成に関わっている新しい2つ䛾タンパク質を発見し、WAL と BDR1 と名付 けました。WAL タンパク質はアクチン繊維(注1)とよばれる繊維状の構造に結合し、壁孔の縁に沿ったリング状のアクチン構造をつくりだしていることが分かりました(図2)。アクチン繊維を破壊した植物や、WAL タンパク質 を失った wal 変異体では壁孔周辺での細胞壁の形成が抑制され、アーチ形の細胞壁の形成が不完全になり ました(図3)。一方、BDR1 䛿細胞膜上に存在する低分子量 GTP アーゼ(注 2) の一種であるROP タンパク質と WAL の双方に相互作用し、アクチン繊維のリング構造がつくられる位置を制御していました。BDR1 のはたらき を抑制すると、壁孔の WAL タンパク質が消失しました(図3)。

図2: 道管を構成する細胞では WAL が壁孔の縁 に存在し、リング状の局在を示す(左、スケール バー䛿 10 µm)。壁孔の断面像では WAL タンパ ク質が壁孔の縁、細胞壁の隅に存在しているこ とが分かる。

図3: (左)野生型と wal 変異体で の壁孔の細胞壁構造。野生型ではアーチ状に細胞壁が形成され ているが、wal 変異体ではその形成が不完全になっている。(右) BDR1 のはたらきを抑制すると壁 孔の WAL タンパク質が消失す る。

これらの結果は、細胞膜上のROP タンパク質が、BDR1 と WAL を介してアクチン繊維を壁孔に集めることにより、壁孔周辺での細胞壁の形成を促進していることを示しています(図4)。このような仕組みはこれまでに報告が無く、細胞壁の形成を制御する全く新しい仕組みとして世界に先駆けた発見といえます。

図4: 新たに同定した細胞壁形成を促進する仕組み。まず、BDT1 タンパク質が細胞膜 上に存在する ROP タンパク質に結合する。 BDR1 タンパク質は WAL タンパク質と相互 作用し、壁孔の縁に WAL タンパク質を集め る。WAL タンパク質はアクチン繊維と結合 し、壁孔の縁にアクチン繊維を集めることに より、細胞壁形成を促進する。
● 今後の期待
道管において顕著に蓄積する細胞壁は二次細胞壁と呼ばれ、樹木の大部分を構成する細胞壁と同等のも のです。植物、特に食糧生産と競合しない樹木を用いた物質・エネルギー生産は温暖化の原因となる大気中 の二酸化炭素の削減に貢献すると期待されています。今回発見したタンパク質のはたらきを利用して細胞壁 の形成を促進することができれば、細胞壁の生産量の多い樹木の開発にも繋がると期待されます。

■ 用語解説

(注1) アクチン繊維 アクチンタンパク質が重合することによってつくられる直径約 8 nm の繊維構造。真核生物に広く存在し、植 物細胞では細胞壁成分を含む小胞や様々なオルガネラを運ぶ役割を担っている。
(注2) GTP アーゼ
GTP (グアノシン三リン酸)を加水分解する活性を持つタンパク質の総称。細胞内の特定のシグナル経路を 活性化するスイッチのようなはたらきを担う。

■ 研究体制と支援

本研究は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の細胞空間制御研究室(杉山友希 特別共同利用 研究員、長島慶宜 特別共同利用研究員、小田祥久 准教授)と東京大学大学院理学系研究科(福田裕穂 教 授)、理化学研究所 環境資源科学研究センター 質量分析・顕微鏡解析ユニット(豊岡公徳 上級技師、佐藤 繭子 技師、若崎眞由美 テクニカルスタッフ)との共同研究として行われました。
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 (16H01247, 15H01243, 15H05958)、日本学術振興会 科学研 究費補助金 (16H06172, 18H02469, 16H06377)、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業さきが け (JPMJPR11B3)、遺伝研公募型共同研究 NIG-JOINT(2015-A1-26)、三菱財団の助成を受けて行われまし た。

■ 問い合わせ先
<研究に関すること>
●国立遺伝学研究所 細胞空間制御研究室 准教授 小田 祥久 (おだ よしひさ)
<報道担当>
● 国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室広報チーム 報道担当

 

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