2024-10-25 東京大学
発表のポイント
- 小児白血病患者で認められるNPM1融合遺伝子をマウス骨髄細胞に導入し、ヒトNPM1転座型白血病の病態を再現した実験モデルを開発しました。
- NPM1融合蛋白がXPOと共にHOX遺伝子群の転写調節領域に結合し、HOX遺伝子群の発現上昇を誘導していることを明らかにしました。
- NPM1転座型白血病に対してXPO阻害剤やMenin阻害剤が有効であることを示しました。 NPM1異常を有する白血病に対する治療法の開発に貢献することが期待されます。
NPM1転座型白血病マウスモデルの作製と発症機序の解明
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻先進分子腫瘍学の合山進教授、下里侑子特任研究員(研究当時)、山本圭太助教、北村俊雄東京大学名誉教授らによる研究グループは、小児急性骨髄性白血病(注1)患者で認められたNPM1(注2)融合遺伝子(NPM1::MLF1、NPM1::CCDC28、注3)をマウス骨髄細胞に導入し、NPM1転座(注4)型白血病のマウスモデルを作製しました。これにより、NPM1融合遺伝子が白血病誘導能を持つことが明らかになりました。またそのメカニズムとして、NPM1融合蛋白が直接HOX遺伝子(注5)群の転写調節領域に結合し、XPO1(注6)と協調してHOX遺伝子群の発現レベルを上げていることを示しました。さらに、XPO1阻害剤(Selinexor、注7)やMenin阻害剤(VTP50469、注8)が、NPM1転座型白血病に対して有効であることを見出しました。これらの成果は、NPM1変異を有する白血病の病態解明や治療法の開発に貢献することが期待されます。
発表内容
<研究の背景>
急性骨髄性白血病は、骨髄系の細胞ががん化して異常に増殖する血液のがんです。近年の治療方法の改善により小児急性骨髄性白血病の予後は改善傾向ですが、依然として治らないものも多く、新規治療法の開発が望まれています。特に小児の急性骨髄白血病では、融合遺伝子により白血病が誘導される症例が多く、それらの分子機序の解明が、新しい治療法を開発するために必要です。最近の研究で、NPM1::MLF1、NPM1::CCDC28Aという二つのNPM1融合遺伝子が小児白血病患者で同定されました。NPM1の遺伝子異常としては、成人の急性骨髄性白血病で高頻度に認められるエクソン12領域のフレームシフト変異(注9)が有名ですが、これらのNPM1融合遺伝子が同様の白血病誘導能を持つかどうかは不明でした。そこで本研究では、小児急性骨髄性白血病で認めた二つのNPM1融合遺伝子の白血病誘導能を検証し、それらが白血病を誘導する分子機序の解明に取り組みました。
<研究の内容>
小児急性骨髄性白血病で同定された二つのNPM1融合遺伝子: NPM1::MLF1、NPM1::CCDC28Aを正常マウスから採取した骨髄細胞に導入し、レシピエントマウスに移植しました。その結果、どちらの融合遺伝子も急性骨髄性白血病の発症を誘導できること、特にNPM1::CCDC28Aは強い白血病誘導能を持つことが明らかとなりました。また、この白血病細胞を用いてRNA-seq解析(注10)やChIP-seq解析(注11)を行い、NPM1融合遺伝子導入細胞ではHOX遺伝子群の発現が上昇していること、NPM1融合蛋白がHOX遺伝子群の転写調節領域に直接結合していることを見出しました。さらに、NPM1c異常を有する成人の急性骨髄性白血病に対して有効性が報告されているXPO1阻害剤(Selinexor)やMenin阻害剤(VTP50469)が、NPM1転座型白血病に対しても有効であることを示しました。
図1:NPM1融合遺伝子の白血病誘導能
A.NPM1融合遺伝子によって白血病が誘導された。
B.SelinexorとMenin阻害剤によってNPM1融合遺伝子による白血病の増殖の低下を認めた。
<今後の展望>
本研究で樹立したNPM1転座型白血病マウスモデルは、今後小児急性骨髄性白血病研究を進めるうえで貴重な実験ツールになると考えられます。また本研究成果は、NPM1転座型白血病に対しての治療薬開発に貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 先進分子腫瘍学分野
合山 進 教授
下里 侑子 特任研究員(研究当時)
山本 圭太 助教
北村 俊雄 東京大学名誉教授
兼 神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター センター長
論文情報
雑誌名: Leukemia
題 名: NPM1-fusion proteins promote myeloid leukemogenesis through XPO1-dependent HOX activation
著者名: Yuko Shimosato, Keita Yamamoto, Yuhan Jia, Wenyu Zhang, Norio Shiba, Yasuhide Hayashi, Shuichi Ito, Toshio Kitamura, Susumu Goyama*
DOI: 10.1038/s41375-024-02438-w
URL: https://doi.org/10.1038/s41375-024-02438-w
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:22H03100、19K08350)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:22K19540、19H04756)」、「国際共同研究強化(B)(課題番号:22KK0127)」、「基盤研究A(課題番号:20H03537)」、「若手研究B(課題番号:22K16319)」、AMED(課題番号:20ck0106634、23ck0106644h0001、23ama221514h0002、23ama221223)、日本血液学会、川野小児医学奨学財団、小林がん学術振興会の支援により実施されました。
用語解説
(注1)急性骨髄性白血病
骨髄中で骨髄芽球(白血球に分化する過程の未熟な細胞)に遺伝子変異や染色体転座などの異常が生じ、それががん化したもの。
(注2)NPM1
核小体に存在するリン酸化タンパク質で、リボソームの生合成、mRNAのプロセシング、クロマチンリモデリング、DNA損傷の修復などが機能として報告されている。急性骨髄性白血病において遺伝子変異を多く認める遺伝子の一つである。
(注3)融合遺伝子
別々の遺伝子同士が融合することでできる遺伝子。小児の急性白血病患者において認める頻度が高い。
(注4)転座
染色体異常の一種。 染色体の一部が正常な位置から別の位置や他の染色体へ移動する現象を指す。
(注5)HOX遺伝子
動物の胚発生の初期において、組織の前後軸や体節制を決定する遺伝子群であり、多くのがんで発現上昇を認める遺伝子。
(注6)XPO1
核外輸送シグナル(NES)を持つ物質を、核から細胞質へ輸送をする蛋白質Exportin 1。
(注7)Selinexor
XPO1に結合して核外輸送を阻害する薬剤。近年NPM1遺伝子変異を有する急性骨髄性白血病において有効性が報告されている。
(注8)Menin阻害剤
核内に局在し、細胞増殖などに関わるMenin蛋白の阻害剤。NPM1遺伝子異常を有する成人白血病において、有効性が報告されている薬剤。
(注9)フレームシフト変異
塩基の挿入、欠失が起こり、mRNAからアミノ酸への翻訳がずれることで、合成されるタンパク質が本来の配列と異なったものになる変異。NPM1のフレームシフト型変異体として、NPM1cがある。
(注10)RNA-seq解析
次世代シーケンサーを用いて、細胞の遺伝子発現を網羅的かつ定量的に解析する手法。
(注11)ChIP-seq解析
クロマチン免疫沈降(Chromatin ImmunoPrecipitation: ChIP)アッセイとシーケンス(seq)を組み合わせた実験手法で、転写因子のDNA結合部位を同定することができる。
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新領域創成科学研究科 広報室