一細胞レベルで目的の遺伝子を発現誘導できる技術の変遷 ~適用から解析まで~

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2025-01-10 基礎生物学研究所

遺伝子の機能をより正確に理解するためには、任意のタイミングで対象となる遺伝子の発現を操作することが重要です。これまでに本共同研究グループの亀井保博RMC教授らは、顕微鏡下で狙った細胞に赤外レーザーを照射して熱ショック応答を介した単一細胞レベルでの遺伝子発現誘導技術としてIR-LEGO (Infrared laser-evoked gene operator) を開発し、さまざまな動物や植物で本法を応用してきました。今回、さらに進化学、発生学、生態学などの分野でモデル生物として用いられているオオミジンコ(Daphnia magna)ならびに、ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)への応用に成功し、これら生物種における遺伝子機能解析の強力なツールとして活用できるようになりました。

【背景と経緯】
IR-LEGO法は細胞の主要構成分子である水の吸収極大波長である1,480 nmの赤外レーザーを顕微鏡対物レンズで集光することで個体内の単一細胞を加熱して、熱ショックプロモーター下流に繋いだ任意の遺伝子を局所的に発現させることができる技術です。この技術の応用のためには2つの制約があります。まず、①熱ショックプロモーターが確立されている必要があります。熱ショック応答は任意のタイミングで遺伝子発現を行えるため、誘導型プロモーターと呼ばれています。この系では、遺伝子発現の前後で機能発現による変化を明確にできるためしばしば利用されています。次に、この誘導型システムを利用するために、②生物への遺伝子組換え技術が必要となります。組換え技術が確立されることで様々な遺伝子の機能をその生物種で検証できるためモデル生物には必須の技術です。IR-LEGO技術はこれまでに、動物では、線虫、メダカ、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、アフリカツメガエル、イベリアトゲイモリ、植物では、シロイヌナズナ、ゼニゴケへの応用を基礎生物学研究所の複数の共同研究で実現してきました。今回、新たに2生物種での応用が可能になりました。さらに、赤外レーザー照射時にどの程度の出力でどのくらいの時間加熱するかという最適な条件を見つける必要があります。過剰な加熱は細胞にダメージを与えるので照射条件はかなり厳密に検討する必要があります。そして、この条件は狙う細胞の大きさやその位置(深さ)にも影響を受けます。今回はこの条件検討もさらに進めました。
一細胞レベルで目的の遺伝子を発現誘導できる技術の変遷 ~適用から解析まで~図:IR-LEGO法の概要
左は熱ショック応答とそれを利用した外来遺伝子発現誘導系の概略図。細胞への熱ショックはHSF1の3量体形成を形成して核移行する。その後に熱ショックプロモーター領域に結合して熱ショックタンパク質の発現を誘導する。別途熱ショックプロモーター下流に標的遺伝子を配置したトランスジェニック生物を作製すれば、熱ショックにより標的遺伝子を発現させることができる(赤枠)。右は顕微鏡対物レンズ(下部)から赤外レーザーを集光照射し標的細胞を加熱するイメージ図。エネルギーが集まる単一細胞を特に加熱することが可能。

【それぞれの論文成果概要】

(発表論文1)
オオミジンコへのIR-LEGO法の応用

大阪大学 准教授 加藤 泰彦(Yasuhiko KATO)
大阪大学 教授 渡邉 肇(Hajime WATANABE)
生命創成探究センター 特任研究員 坂本 丞(Joe SAKAMOTO)
基礎生物学研究所 RMC教授 亀井 保博(Yasuhiro KAMEI)

動物プランクトンであるオオミジンコは長い間進化、発生、生態学等に用いられてきました。近年、ゲノム解読が終了しゲノム編集などの遺伝子操作の開発も行われ、エボデボ(evo-devo)やエコエボデボ(eco-evo-devo)の新規モデルとして注目されています。一方で、発生のステージ、細胞、組織特異的に遺伝子操作を行う技術はこれまで開発されていませんでした。そこで、本共同研究では、赤外レーザーを用いて遺伝子発現を空間的・時間的に制御する手法であるIR-LEGO法の応用を行いました。まず、ゲノム配列からオオミジンコHSP70-A遺伝子上流に存在する熱誘導性プロモーターを特定し、このプロモーター領域を用いて熱ショック応答でGFPレポーター遺伝子を発現するトランスジェニックミジンコ系統を樹立しました。作出した組換え体を高温に曝露し、GFP遺伝子は胚、幼生、成体のすべての段階で熱処理に応答し活性化することを確認しました。次に、オオミジンコ胚において4つの異なる部位(第三胸肢近位部、正中線の中央部、第二触角の遠位部、第二小顎)をそれぞれ狙って赤外レーザーを照射し、部位特異的にGFP蛍光が増強され、IR-LEGO法が特定の部位での遺伝子発現誘導に有効であることを明らかにしました。これらの成果はScientific Reports誌に掲載されました。本手法は、オオミジンコにおける発生過程における遺伝子の機能の時空間的な解析、さらに環境ストレスに対する適応メカニズムの細胞、組織レベルでの解析を行う上で基盤となるツールとなると考えています。
fig2.jpg図:オオミジンコ胚の局所に赤外レーザーを照射して局所的な遺伝子発現を行った例。左:第三胸肢、右:正中線でのGFPの発現誘導の様子。全体的な緑色は自家蛍光で、照射なし(各パネル右側)との比較で発現場所が分かる。
[発表論文詳細]
発表雑誌:Scientific Reports
論文タイトル:Spatiotemporal control of transgene expression using an infrared laser in the crustacean Daphnia magna.
著者:Rina Shimizu, Joe Sakamoto, Nikko Adhitama, Mana Fujikawa, Pijar Religia, Yasuhiro Kamei, Hajime Watanabe & Yasuhiko Kato*
(清水 里奈、坂本 丞、Nikko Adhitama、藤川 真奈、Pijar Religia、亀井 保博、渡邉 肇、加藤 泰彦)
https://doi.org/10.1038/s41598-024-77458-8
[研究サポート]
本研究は次の支援を受けて実施されました。
基礎生物学研究所統合イメージング共同利用研究(22NIBB505, 21-405, 20-509, 19-511)、ならびに、科学研究費課題(19H05423, 20H04923, 21H03602, 22H02701, 22H05598, 23K18048, 23K21753, 23K18048, 24H01367)

(発表論文2)
ヒメツリガネゴケへのIR-LEGO法の応用と、加温の仕方による遺伝子発現誘導の起こり方の違いに関する論文

東京理科大学 助教 友井 拓実(Takumi TOMOI)
生命創成探究センター 特任研究員 坂本 丞(Joe SAKAMOTO)
宇都宮大学 准教授 玉田 洋介(Yosuke TAMADA)
基礎生物学研究所 RMC教授 亀井 保博(Yasuhiro KAMEI)

熱ショック応答は、加温の温度とその処理時間の組み合わせによって決まります。IR-LEGOにおいては、赤外レーザーの出力と照射時間の組み合わせがそれに相当しますが、それらと遺伝子発現の誘導効率の関係は長らくよく分かっていませんでした。昨年、被子植物のシロイヌナズナにおいて、赤外レーザーを強く短く照射するよりも、弱く長く照射する方が遺伝子発現の誘導が起こる頻度が高いことが分かってきました (過去のプレスリリース; https://www.nibb.ac.jp/press/2023/06/08.html)。これに対して本研究では、コケ植物蘚類のヒメツリガネゴケを用いて、遺伝子発現の誘導が起こる頻度に加えて、その発現誘導がどのように起こるのかを詳細に解析しました。すると、赤外レーザーを長く照射した場合にのみ、レーザー出力が強くなるにつれて遺伝子発現の誘導効率が高くなることが分かりました。この他にも、レーザーの出力が大きくなるにつれて発現誘導の上昇が緩やかになったり、開始のタイミングが遅れたりすることも分かりました。これらの成果はCommunications Biology誌に掲載されました。本成果は、IR-LEGOを植物で利用するための実験戦略のモデルとなるだけでなく、多細胞生物で初めて一細胞レベルで熱応答性の遺伝子発現誘導を定量的に解析したものであり、熱ショック応答が起こる仕組みの理解につながることが期待されます。
fig3.jpg図:赤外レーザー照射時間および出力を変えた場合の発現誘導効率の比較。グラフの縦軸は、照射直後の蛍光輝度値を1として、その後の同細胞の蛍光輝度値を相対的に比較している。短時間照射(1秒)の場合にはレーザー出力を上げても発現量は2倍程度と低いが、長時間照射(60秒)の場合はレーザー出力を上げれば発現量が7倍程度(12 mW 8時間後)まで上昇することが分かった。遺伝子発現量を上げたい場合には短時間照射の方が良いことが分かった。
[発表論文詳細]
発表雑誌:Communications Biology
論文タイトル:Infrared laser–induced gene expression in single cells characterized by quantitative imaging in Physcomitrium patens.
著者:Takumi Tomoi*, Yuka Yoshida, Suguru Ohe, Yukiko Kabeya, Mitsuyasu Hasebe, Tomohiro Morohoshi, Takashi Murata, Joe Sakamoto, Yosuke Tamada* & Yasuhiro Kamei*
(友井 拓実、吉田 優佳、大江 駿、壁谷 幸子、長谷部 光泰、諸星 知広、村田 隆、坂本 丞、玉田 洋介、亀井 保博)
https://doi.org/10.1038/s42003-024-07141-1
[研究サポート]
本研究は次の支援を受けて実施されました。
基礎生物学研究所統合イメージング共同利用研究(20-517, 21-410, 22NIBB426)、自然科学研究機構先端光科学研究分野プロジェクト(01212001)科学研究費課題(20K22572, 19K16046, 20H02586, 17H06258, 20H05886, 21K19250, 20H0589, 21H04663, 21K19250)
【問い合わせ先】
基礎生物学研究所 超階層生物学研究センター
RMC教授 亀井保博

細胞遺伝子工学
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