海水魚のマイクロプラスチック排出は速いが腸に残る~同一魚種による海水・淡水中での粒子排出動態の比較~

ad

2025-01-15 東京大学

発表のポイント
  • 海水、淡水の両方に適応できるジャワメダカ稚魚を用いて、体内に取り込まれたマイクロプラスチック粒子の体内残留と体外排出を両環境で比較した。その結果、海水中では粒子は速やかに排出されるが一部腸に残り、淡水中では排出は遅いが残存しにくいことがわかった。
  • 海水中、淡水中では、魚類の生理状態は全く異なるが、両環境におけるマイクロプラスチック粒子の体内動態を、同じ魚種で比較した例はこれまでなかった。
  • マイクロプラスチックの有害性は体内で発現するため、環境によって体内残留時間が異なることを示した本研究の成果は、その有害作用を解明する重要な手掛かりになることが期待される。

海水魚のマイクロプラスチック排出は速いが腸に残る~同一魚種による海水・淡水中での粒子排出動態の比較~
図1:海水・淡水両方に適応できるジャワメダカ(産卵直後のメス成魚)

概要

東京大学大気海洋研究所のヒルダ・マルディアナ・プラティウィ研究員、髙木俊幸助教、スハイラ・ルスニ研究員、井上広滋教授による研究グループは、海水、淡水の両方に適応できるジャワメダカ(図1;注1)の稚魚(図2;注2)を用いて、体内に取り込まれたマイクロプラスチック(注3)の排出過程を両環境において比較しました。その結果、海水中の稚魚のほうが粒子の体外排出が速いこと、また、その原因が消化管内の水の移動速度の違いであることが明らかになりました。加えて、消化管内に餌があると、排出がさらに促進されることがわかりました。一方、多くの粒子が迅速に排出されるにもかかわらず、海水中の稚魚の消化管には少数の粒子が長く残存しました。すなわち、長期的には、海水魚のほうがマイクロプラスチックの影響を受けやすい可能性があります。

マイクロプラスチックの有害性を検討するうえで、海水と淡水における魚類の生理状態(注4)の違いはこれまで考慮されてきませんでした。両環境でのマイクロプラスチック粒子の体内動態を、世界で初めて同じ魚種で比較した本研究は、生物に対する影響を解明するための重要な手掛かりを提供します。

発表内容

マイクロプラスチックによる環境汚染は、世界各地の水域で大きな問題となっています。マイクロプラスチックが水圏生物に与える影響について、世界中で様々な研究が進められていますが、海水域と淡水域で影響が異なる可能性については、両水域における生物の生理状態が全く異なるにもかかわらず、これまで注目されることはありませんでした。

昨年、同研究チームは、海水と淡水に慣らしたジャワメダカ稚魚(注1,2)を用いて、海水中のほうがより多くのマイクロプラスチック粒子を「飲む」ことを発見しましたが(関連情報参照)、本研究では、飲み込まれた粒子が体内に滞在する時間を比較しました。マイクロプラスチック粒子が、体内で有害性を発現することを考えると、粒子が体内に滞在する時間を調べることは極めて重要です。

実験は、海水中で飼育を続けた稚魚(海水区)と、段階的に淡水に馴化させた稚魚(淡水区)を、108個/Lの蛍光ポリスチレン(注5)粒子(直径1µm=0.001mm)に24時間曝露し、その後、新しい海水または淡水中に移して、水中または糞中に排出された粒子を経時的に24時間後まで計数しました(図2)。


図2:実験の概要

その結果、海水区のほうがより速く粒子を排出することがわかりました(図3)。蛍光物質を溶かした海水、淡水の中で稚魚を飼育し、消化管内の水の動きを調べると、海水中のほうが消化管内の水の動きが活発であったため、消化管内の水の移動が粒子の排出を促進すると考えられました。また、粒子への曝露の後に、稚魚に餌(ブラインシュリンプ幼生)を与えると、与えない場合よりもさらに排出が速くなり(図3)。消化管内の餌の移動も粒子排出を促進すると考えられました。しかし、24時間後にはまだいずれの実験区も消化管内に粒子は残留しており、しかも残留粒子数は海水区の方が淡水区より多い結果となりました(図3)。


図3:マイクロプラスチック粒子排出の経時変化
棒グラフが排出粒子数、折れ線グラフが累計を示す。排出のピーク(矢印)が、淡水中より海水中(左右の比較)、餌無より餌有(上下の比較)のほうが早いことがわかる。また、24時間後の残存粒子数は、海水中(黒星)のほうが淡水中(白星)より多い(左右の比較;餌無の海水・淡水間の差は統計的にも支持された)。


24時間後には消化管内に粒子がまだ残っていたことから、排出の観察を5日後まで継続したところ、観察期間を通じて、餌の有無にかかわらず、海水区の体内から、淡水区よりも多くの粒子が検出されました(図4左)。また、糞中からの粒子の検出も、海水区で長く続きました(図4右)。海水中で長く粒子が残留する原因として、海水中の稚魚のほうが取り込む粒子数が多いことも一因と考えられますが、生理状態が異なる海水魚と淡水魚(注4)では、腸の微細構造に違いがある可能性もあります。


図4:粒子曝露後5日後までのマイクロプラスチック粒子の体内残留と糞への排出
左図:稚魚体内から検出された粒子数の経時変化。餌の有無にかかわらず海水中の稚魚から多くの粒子が検出される。すべて6個体ずつ調べており、粒子が検出されなかった個体はグラフに加えていない。右図:糞中に排出された粒子の蛍光顕微鏡観察の結果。緑の蛍光を放つマイクロプラスチック粒子(白い鏃で指示)は、5日後には淡水区の稚魚の糞中からは検出されなくなる。


以上のように、消化管内に取り込まれたマイクロプラスチック粒子は、海水中の稚魚では、平均的には速く排出されるものの、少数の粒子が長期に消化管内に残存することがわかりました(図5)。海水、淡水中における体液調節のしくみは、サメやエイなどの例外を除けば、ほぼすべての魚類で共通であるため、本研究で得られた結果は、魚類一般に共通の性質と考えられます。したがって、海水魚と淡水魚を比べると、海水魚のほうがよりマイクロプラスチック汚染の影響を受けやすい可能性があります。本研究の成果は、マイクロプラスチック汚染の影響を解明するための重要な情報を提供します。


図5:海水中と淡水中における魚類のマイクロプラスチック粒子の取り込みと排出の比較

〇関連情報:
「プレスリリース:魚は淡水中より海水中でより多くのマイクロプラスチックを飲む」(2023/3/10)

発表者・研究者等情報

東京大学大気海洋研究所
ヒルダ マルディアナ プラティウィ 特任研究員
髙木 俊幸 助教
スハイラ ルスニ 特任研究員
井上 広滋 教授

論文情報

雑誌名:Science of the Total Environment
題 名:Osmoregulation affects elimination of microplastics in fish in freshwater and marine environments
著者名:Hilda Mardiana Pratiwi*, Toshiyuki Takagi, Suhaila Rusni, Koji Inoue
DOI:10.1016/j.scitotenv.2024.178293
URL:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2024.178293

研究助成

東京大学-日本財団FSI海洋ごみ対策プロジェクトおよび日本学術振興会研究拠点形成事業B.アジア・アフリカ学術基盤形成型(CREPSUM JPJSCCB20200009)の支援を受け実施されました。

用語解説
(注1)ジャワメダカ
学名Oryzias javanicus。インド、インドネシア、マレーシアなどの河口周辺の海水域や汽水域に広く生息するメダカの近縁種。淡水にも適応できるが、体液よりも高浸透圧な環境を好むため、海水魚のモデルとして研究に用いられる。近年、全ゲノム配列や、遺伝子ノックアウト技術も利用可能となっている。
(注2)稚魚
卵から孵化(ふか)した後、基本的な体のしくみが出来上がった時期の魚を稚魚と呼ぶ。本研究では孵化21日後の稚魚を主に用いている。この時期の稚魚は、成魚と同様の体のしくみがすでに完成しているが、まだ体が小さいため全身が顕微鏡の視野の中に収まり、透明度が高いために体内の現象の多くを解剖せずに観察できる利点がある。脱色処理をすれば、より詳細な観察が可能になる。
(注3)マイクロプラスチック
環境中に存在する微小なプラスチック粒子。一般には5mm以下の大きさのものを指す。大きなプラスチックの破壊により生じるほか、工業製品の原料として、あるいはヘルスケア製品などに用いるために微小粒子として製造されたものも環境中から検出される。
(注4)海水中・淡水中の魚類の生理状態の違い
濃度の濃い溶液と薄い溶液が細胞膜を挟んで接しているとき、薄い溶液から濃い溶液に水が吸い出される。この水を吸い出す力を浸透圧と呼ぶ。淡水魚、海水魚ともに体液の浸透圧は海水の約3分の1なので、海水魚の体表や鰓からは、海水との浸透圧差により常に水が吸い出される。失われた水分を補給するために、海水魚は海水を活発に飲む。海水魚は飲んだ海水を食道や腸で脱塩する能力を持っており、それにより浸透圧を下げてから腸で水を吸収する。一方、淡水中では浸透圧差により鰓や体表から常に水が浸入するため、淡水魚は水を積極的には飲まない。また、鰓や体表から浸入した水は、血液を経て腎臓で濾過され尿として排出されるため、消化管は経由しない。以上の理由により、淡水魚の消化管内の水の移動は海水魚より少ない。
(注5)ポリスチレン
ポリエチレン、ポリプロピレンなどとともに、五大汎用プラスチックのひとつに挙げられ、環境中から検出されるマイクロプラスチックの主要種のひとつである。スチロール樹脂とも呼ばれ、発泡スチロールの原料でもあるが、発泡していないポリスチレンの比重は水とほぼ同じか、わずかに重い。
問合せ先

東京大学大気海洋研究所
教授 井上 広滋(いのうえ こうじ)

生物環境工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました