魚は淡水中より海水中でより多くのマイクロプラスチックを飲む

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2023-03-10 東京大学

発表のポイント

♦海水にも淡水にも適応できる2種のメダカ類(ジャワメダカ、ミナミメダカ)の稚魚を、海水および淡水中でマイクロプラスチック粒子に曝露すると、両種とも海水中でより多くの粒子を体内に取り込むことがわかった。また、取り込み量の違いが、水分補給のために飲む水の量の差に起因することが明らかになった。

♦環境浸透圧が異なる海水中と淡水中では、魚類は全く異なる生理状態にあり、飲水量も大きく異なるが、マイクロプラスチック粒子の取り込みを両環境で比較した研究例はこれまでなかった。本研究では、両環境に適応できる魚種をモデルとして用いることで、世界で初めて同じ魚種で粒子取り込みの違いを明らかにした。

♦水分補給のために海水を飲む性質は海水魚に共通であるため、海水魚は一般に淡水魚よりマイクロプラスチック粒子を誤飲しやすいことが示唆された。本研究の結果は、マイクロプラスチック汚染の魚類への影響を解明するための重要な手掛かりとなる。

発表者

ヒルダ・マルディアナ・プラティウィ(東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻 博士課程)

髙木 俊幸(東京大学大気海洋研究所 助教)

スハイラ・ルスニ(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)

井上 広滋(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表概要

東京大学のヒルダ・マルディアナ・プラティウィ大学院生(大学院新領域創成科学研究科)、髙木俊幸助教、スハイラ・ルスニ特任研究員、井上広滋教授(大気海洋研究所)による研究チームは、海水性だが淡水にも適応できるジャワメダカ(注1)、および淡水性だが海水にも適応できるミナミメダカ(注2)の稚魚を、それぞれ海水および淡水に適応させてから、マイクロプラスチック粒子(蛍光ポリスチレン、1µm、注3)に対する曝露実験(注4)を行い、どちらの種においても、淡水中よりも海水中で、稚魚がより多くの粒子を取り込むことを発見しました。両種とも海水中では水分補給のために海水を盛んに飲むのに対し、淡水中ではほとんど水を飲まないため、海水中の稚魚は海水とともにマイクロプラスチック粒子を誤飲していると考えられました。海水を盛んに飲む性質は成魚・稚魚を問わず海水魚に共通であるため、マイクロプラスチック粒子の誤飲は海水魚に共通して生じる現象と考えられます。海水魚と淡水魚のマイクロプラスチックの取り込みの違いに注目した研究はこれまでなく、今回得られた成果は、マイクロプラスチック汚染の水圏生態系への影響を調べるための重要な手掛かりとなることが期待されます。

本研究成果は、2023年3月10日(英国標準時)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

微小なプラスチック粒子(マイクロプラスチック、注3)による環境汚染は、世界の水圏環境において大きな問題になっています。マイクロプラスチック汚染の水圏生物に対する影響の研究は世界中で進められていますが、海水域と淡水域で取り込みや影響が異なる可能性については、これまでほとんど注目されることはありませんでした。しかし、同じ水圏環境でも、淡水域と海水域では、生物の生理状態は全く異なります。例えば魚類の体液の浸透圧(注5)は、淡水魚、海水魚ともに海水の約3分の1なので、体液より浸透圧が高い海水中では、浸透圧差により鰓(えら)や体表から脱水される状況にあります(図1上)。そのため、海水魚は一般に、水を補給するために海水を活発に飲むことが知られています。私たち人間は海水を飲んでもそこから水分を吸収することはできませんが、海水魚は飲んだ海水を食道や腸で脱塩し、浸透圧を下げてから水を吸収するしくみを備えています(図1上)。一方、体液より浸透圧が低い淡水中では、浸透圧差により鰓や体表から常に水が浸入するため、淡水魚は水をほとんど飲まず、浸入した不要な水は、尿として排出します(図1下)。このように、海水中と淡水中では魚類の体内と環境との間の水や物質の動きが大きく異なります。

本研究では、ジャワメダカ(図2上;注1)とミナミメダカ(図2下;注2)という2種のメダカ類の稚魚を用いて、海水中と淡水中でのマイクロプラスチックの取り込みの違いを調べました。ジャワメダカは通常海水域や汽水域(淡水と海水が混ざった場所)に生息していますが、淡水にも適応できる海水性の広塩性魚(注6)です。また、ミナミメダカは通常淡水に生息していますが、海水にも適応できる淡水性の広塩性魚です。したがって、これらの種をモデルとして用いることで、海水中と淡水中の取り込みの違いを同じ種で比べることができます。また、体が小さい稚魚を用いることで、体内にある粒子を体の外から観察できます(補足1)。さらに、観察を容易にするために、蛍光標識したポリスチレン粒子(直径1µm=0.001mm)をモデル粒子として用いました。

最初に、ジャワメダカについて、海水中(塩分3.1%)でふ化させ、ふ化後21日間海水中で飼育を続けた稚魚(海水区)と、段階的に淡水に馴化させた稚魚(淡水区)(補足2)を、それぞれ108個/Lの粒子に7日間曝露する実験を行いました。曝露は500mLビーカー中で行い、穏やかな通気により攪拌して粒子を懸濁させました。そして曝露開始1、3、7日後に一部の個体を採取し、体内の粒子の分布を蛍光顕微鏡で観察しました。また、組織中のマイクロプラスチック粒子を抽出して粒子数の計数を行いました。その結果、淡水区、海水区とも1、3、7日後のいずれでも粒子は主に消化管から検出され(図3A)、その数は海水区のほうが淡水区よりも多い結果となりました(図4A)。しかし、本来海水に生息するジャワメダカでは、淡水に馴致させたストレスにより取り込みが減少した可能性があるため、本来淡水に生息するミナミメダカでも実験を行いました。

ミナミメダカでは、淡水中でふ化した稚魚を、段階的に3分の2海水(塩分2%)まで馴化させた海水区(補足3)と、ふ化後淡水で21日間飼育した淡水区について、ジャワメダカと同様の曝露実験を行いました。結果はジャワメダカと同様で、マイクロプラスチック粒子は主に消化管から検出され(図3B)、取り込まれた粒子数は海水区のほうが多い結果となりました(図4B)。したがって、本来の生息環境が海水であっても淡水であっても、海水中のほうがマイクロプラスチック粒子を多く取り込むことがわかりました。

海水と淡水では比重が異なり、粒子の分布水深が異なっていた可能性も考えられたため、曝露条件下での表層、中層、底層の水中のマイクロプラスチック粒子数を計数しましたが、各層間に粒子数の差はなく、粒子は各層に均一に分布していることがわかりました(図5)。また、稚魚の成長が海水中で早かった可能性を考え、稚魚の体長、体幅、口の幅等を計数しましたが、海水区と淡水区の間に統計的に有意な差はありませんでした(図6)。

ミナミメダカにおいては、稚魚が海水中で淡水中より水を多く飲むことがすでに実験的に証明されています(参考文献1)。そこで、本研究では、ジャワメダカ稚魚を、蛍光色素を溶かした海水と淡水で飼育し、飲水量の比較を行いました。その結果、海水中の稚魚は多くの水を飲んでいるのに対し、淡水中の稚魚は殆ど水を飲んでいないことがわかりました(図7)。したがって、粒子の取り込み量の違いは、飲水量の違いに起因していると考えられました。取り込まれた粒子が消化管内に検出されることと合わせて考えると、海水中で、水分補給のために水を飲む際にマイクロプラスチック粒子を誤飲していると考えられます。

前に述べたように、水分補給のために海水を飲む性質は、海水魚の成魚や稚魚で一般的にみられる性質です。したがって、海水とともにマイクロプラスチック粒子を誤飲する現象も、海水魚に共通で起こると考えられます。もし同じ濃度でサイズの小さいマイクロプラスチックが水中に浮遊していた場合には、海水魚のほうが淡水魚よりも取り込みやすいと考えられます。本研究の結果は、マイクロプラスチック汚染の魚類への影響を解明するための重要な手掛かりとなることが期待されます。

本研究は、東京大学-日本財団FSI海洋ごみ対策プロジェクトおよび日本学術振興会研究拠点形成事業B.アジア・アフリカ学術基盤形成型(CREPSUM JPJSCCB20200009)の支援を受け実施されました。

(補足1)ふ化21日後の稚魚を用いた。この時期の稚魚は、まだ体は小さく、解剖しなくても体内の様子が外から観察できるが、体内組織はすでに完成している。ただし、色素細胞もでき始めているため、観察時には薬剤による透明化処理を行った。

(補足2)ふ化後、海水中に7日間、続いて約半分に希釈した海水に7日間、さらに淡水に7日間馴化させた。

(補足3)ふ化後、淡水で7日間、続いて3分の1海水で3日間、さらに2分の1海水で3日間、最後に約3分の2海水(塩分2%)で5日間飼育した。海水区を3分の2海水とした理由は、事前の予備実験において、無希釈の海水(塩分3.1%)まで馴致すると生存率が極めて低く、ストレスが強すぎると判断したためである。ミナミメダカの成魚は無希釈の海水に適応できるが、この時期の稚魚は成魚ほどの適応力は備えていないと考えられた。3分の2海水でも、体液のおよそ倍の浸透圧があるため、無希釈の海水と同様に高浸透圧環境である。

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:3月10日)

論文タイトル:Euryhaline fish larvae ingest more microplastic particles in seawater than in freshwater

著者:Hilda Mardiana Pratiwi*, Toshiyuki Takagi, Suhaila Rusni, Koji Inoue

DOI番号:10.1038/s41598-023-30339-y

アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41598-023-30339-y

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門

教授 井上 広滋(いのうえ こうじ)

用語解説
注1:ジャワメダカ(図2上)
学名Oryzias javanicus。インド、インドネシア、マレーシアなどの河口周辺の海水域や汽水域に広く生息するメダカの近縁種。淡水にも適応できるが、体液よりも高浸透圧な環境を好むため、海水魚のモデルとして研究に用いられる。近年、全ゲノム配列や、遺伝子ノックアウト技術(参考文献2)も利用可能となっている。
注2:ミナミメダカ(図2下)
学名Oryzias latipes。日本に生息するメダカ。従来日本のメダカは「メダカ(O. latipes)」1種とされたが、近年では主に南日本に生息する本種と、主に北日本に生息するキタノメダカ(O. sakaizumii)の2種に分けられている(参考文献3)。いずれも主に淡水域に生息するが、海水にも適応する能力がある。(参考文献4, 5)
注3:マイクロプラスチック
環境中に存在する微小なプラスチック粒子。一般には5mm以下の大きさのものを指す。大きなプラスチックの破壊により生じるほか、工業製品の原料として、あるいはヘルスケア製品などに用いるために微小粒子として製造されたものも環境中から検出される。
注4:曝露実験
化学物質などに生物をさらし、それにより生物に起こる現象を調べる実験。本研究では、ポリスチレン粒子を加えた水(淡水または海水)のなかに稚魚を入れ、その取り込みを調べた。
注5:浸透圧
水は通すが、中に溶け込んでいる物質(溶質)は通さない「半透膜」を挟んで二つの溶液が接している時には、濃度の濃い方に水が移動(浸透)する。この移動の力を、圧力として表したものが浸透圧である。濃度の濃い溶液ほど水を引く力が大きい、すなわち浸透圧が高いと表現される。生物の細胞膜は半透膜に近い性質を持つため、環境に接している細胞では環境浸透圧の影響により脱水や吸水が起こる。
注6:広塩性魚
適応できる塩分範囲が広く、淡水・海水の両方に適応できる魚を広塩性魚と呼ぶ。広塩性魚は、体液浸透圧調節のしくみを、海水魚型・淡水魚型の両方に切り替えることができる。
参考文献
  1. Kaneko T., Hasegawa S. Application of laser scanning microscopy to morphological observations on drinking in freshwater medaka larvae and those exposed to 80% seawater. Fisheries Science 65, 492–493 (1999). https://doi.org/10.2331/fishsci.65.492
  2. Rusni S., Sassa M., Takagi T., Kinoshita M., Takehana Y., Inoue K. Establishment of cytochrome P450 1a gene-knockout Javanese medaka, Oryzias javanicus, which distinguishes toxicity modes of the polycyclic aromatic hydrocarbons, pyrene and phenanthrene. Marine Pollution Bulletin 178, 113578 (2022). https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2022.113578 (ジャワメダカに関する日本語参考記事:https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/researcher-story/030.html;ノックアウトに関する日本語参考記事:https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2022/20220325.html)
  3. 酒泉 満.メダカの系統.農業および園芸95(5), 382-388 (2020).
  4. Inoue K., Takei Y. Diverse adaptability in Oryzias species to high environmental salinity. Zoological Science 19, 727–734 (2002). https://doi.org/10.2108/zsj.19.727
  5. 御輿 真穂, 坂本 竜哉.異なる浸透圧におけるメダカの成長と体液調節・エネルギー代謝.比較内分泌学38 (147), 209–211 (2012). https://doi.org/10.5983/nl2008jsce.38.209
添付資料

図1 海水魚と淡水魚の体液浸透圧調節のしくみ

図2 ジャワメダカ(上)とミナミメダカ(下)の成魚

図3 マイクロプラスチック粒子に曝露されたメダカ類稚魚

ジャワメダカ(A)およびミナミメダカ(B)の稚魚を海水および淡水に馴化させ、蛍光ポリスチレンビーズ(直径1µm)に7日間曝露し、顕微鏡観察した.

図4 海水中、淡水中でマイクロプラスチック粒子に曝露されたメダカ類稚魚の体内から検出された粒子数

各グラフにおいて、異なるアルファベットが付された値の間には統計的に有意な差がある.

図5 曝露実験液中のマイクロプラスチック粒子の垂直分布

図6 海水区・淡水区におけるメダカ稚魚の体サイズ比較

図7 蛍光物質を溶解した海水または淡水中で飼育したジャワメダカ稚魚

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