2025-01-24 国立長寿医療研究センター
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)研究所・認知症先進医療開発センター・神経遺伝学研究部の近松幸枝研究生(名古屋市立大学大学院薬学研究科)、榊原泰史研究員、飯島浩一部長、関谷倫子副部長らは、低栄養の条件下において、老化に伴い低下した睡眠の量と質が、必須アミノ酸(1)の摂取により改善することを、ショウジョウバエモデル(2)を用いた研究から明らかにしました。
図1.本研究結果の概要
低栄養食ではTORシグナル伝達が大幅に低下し、寿命も短縮した。低栄養食に必須アミノ酸を添加すると、TORシグナルが回復し、加齢に伴う睡眠時間の減少や睡眠の断片化が改善した。
研究背景
カロリー制限(食事を減らして摂取エネルギーを抑える方法)は、多くの生物種で寿命を延ばす効果があると報告されています。しかし、「カロリーを減らせば健康で長生きできる」と一概には言えません。特に高齢者では、食事量の減少や偏った食事が原因で低栄養状態に陥りやすく、却って健康を害してしまう可能性があります。低栄養になると、筋力、免疫力、認知機能が低下し、寝たきりや病気のリスクが増加します。そのため、高齢者にとっては、栄養バランスの取れた食事を摂ることが非常に重要です。
一方で、睡眠は心身の健康を維持するために欠かせない役割を果たしますが、年齢とともに量と質が低下することが知られています。睡眠不足や睡眠障害は、認知症のリスクを高めるだけでなく、心血管疾患、代謝疾患、免疫不全などの健康問題とも関連があります。さらに、栄養状態と睡眠の間には密接な関係があり、特に高齢者では低栄養が睡眠の質を悪化させることが報告されています。従って、食事は睡眠の量や質に影響を与えると考えられますが、ヒトを対象とした研究では因果関係を明確にするのが難しい場合が多く、また、特定の栄養素の摂取により、老化による睡眠の量や質の低下が改善されるかどうかについても、十分には解明されていません。
研究成果
本研究では、生命科学や医学研究の分野で確立されたモデル生物の一つであるショウジョウバエを用いて、低栄養が睡眠に与える影響と、必須アミノ酸の摂取による改善効果について検討しました。ショウジョウバエは、ヒト疾患遺伝子の約75%を共有しており、老化や栄養に関する研究に広く利用されています。また、ショウジョウバエにおいても、老化に伴い睡眠の量や質(睡眠時間の断片化)が低下することが報告されており、そのメカニズムの解明にも役立つと考えられます(図2)。
図2.老化に伴いショウジョウバエで見られる睡眠量の減少と睡眠の断片化
ショウジョウバエにおいても、老化により睡眠の量と質の低下(睡眠の断片化)が認められる。1週齢(若齢期)、3週齢(壮齢期)、5週齢(老齢期)のハエの睡眠解析の結果を示す。*p < 0.05, **p < 0.01 and ***p < 0.001 by one-way ANOVA followed by Tukey’s post-hoc tests.
近松らはまず、ショウジョウバエの主なたんぱく質源である乾燥酵母の含有量を通常の1/10量(0.27%)にした低栄養食の条件下で、寿命や睡眠への影響を検討しました。その結果、低栄養食の条件下ではアミノ酸などの栄養源に応答して活性化するTORシグナル伝達(3)が顕著に低下し、寿命も短縮することが確認されました(図1)。さらに、低栄養食の条件下では、普通食と比べてより若齢期から睡眠の量が低下することを見出しました。次に、低栄養食に10種類の必須アミノ酸(体内で合成できず食事から摂取する必要があるアミノ酸)を追加することで、寿命の短縮や睡眠の量や質の低下が改善するかを調べました。その結果、TORシグナル伝達の低下は回復したものの、寿命の短縮は改善されませんでした(図1)。一方で、必須アミノ酸の摂取によって、老化による睡眠量の減少や睡眠の断片化が顕著に改善されました(図3)。このことから、必須アミノ酸が寿命の制御とは独立したメカニズムで、老化に伴う睡眠障害を抑制している可能性が示唆されました。
図3.必須アミノ酸の摂取による睡眠の量と質の改善
低栄養食に必須アミノ酸を添加すると、加齢に伴う睡眠時間の減少や睡眠の断片化が改善した。**p < 0.01 and ***p < 0.001 by Student’s t-test.
本研究により、特定の栄養摂取により老化に伴う睡眠障害を抑制できる可能性が明らかになり、食事を介した睡眠障害の改善方法の開発に貢献できる可能性があります。今後は、これらの知見を基に、ヒトへの応用の可能性を探るための臨床研究が期待されます。
本研究成果は、令和6年12月19日付けで日本生化学会誌The Journal of Biochemistryのオンライン版に掲載されました。なお、本研究は国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費、科研費(日本学術振興会科学研究費助成事業)からの研究助成を受けて行われました。
用語解説
- 必須アミノ酸:イソロイシン、ヒスチジンなどヒトでは9種類(ショウジョウバエの場合は、アルギニンを加えた10種類)のアミノ酸。生命活動に必要でありながら,体内で合成することができないため、卵・牛乳・チーズ・豚もも肉など、食事からでしか摂ることが出来ないとされているアミノ酸。
- ショウジョウバエモデル:ショウジョウバエは、ヒト疾患遺伝子の約75%を有していることから、老化や栄養に関する研究に広く利用されています。また、ショウジョウバエにおいても、老化に伴う睡眠の量や質の低下(睡眠時間の断片化)が報告されており、ヒトの老化や疾患のメカニズムの解明にも役立つと考えられます。
- TORシグナル伝達:細胞のエネルギー状態や栄養状態を感知して、細胞の成長や増殖を制御します。栄養状態が低下すると、栄養センサーとして働くTORシグナル伝達は低下します。
原著論文情報
Sachie Chikamatsu, Yasufumi Sakakibara, Kimi Takei, Risa Nishijima, Koichi M. Iijima, Michiko Sekiya, “Supplementation of essential amino acids suppresses age-associated sleep loss and sleep fragmentation but not loss of rhythm strength under yeast-restricted malnutrition in Drosophila”, The Journal of Biochemistry, mvae090, 2024. doi: 10.1093/jb/mvae090.
論文URL(The Journal of Biochemistryのサイトへ移動します)
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