2025-02-06 大阪大学
掲載誌 Nature Communications
図1: 本研究のワークフロー
研究成果のポイント
- ヒトパピローマウイルス(HPV)関連頭頸部がん※1の全ゲノムシークエンス解析により、HPVゲノムがヒトゲノムに組み込まれる(HPVインテグレーション※2)際に、腫瘍内に不均一に分布することを解明。また、インテグレーションの位置がHPVゲノム内で偏っていることも発見。さらに、およそ半数の症例では、HPVインテグレーションがなくてもがん化することを明らかに。
- HPVインテグレーションは、APOBEC3※3という酵素によって引き起こされる広範なゲノム不安定性や、局所的なゲノム不安定性と関連していることを発見。
- ATM遺伝子※4の一部が失われることで、腫瘍の形成に寄与する可能性が示唆された。また、クローン性※5HPVインテグレーションを持つ腫瘍ではJAK-STATシグナル伝達経路※6が活性化し、クローン性HPVインテグレーションを持たない腫瘍ではNF-κB経路が活性化することが判明。腫瘍進化※7における分子メカニズムを明らかにした。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の佐々暢亜助教(遺伝統計学/耳鼻咽喉科・頭頸部外科学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム 客員研究員/東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 客員研究員)、岡田随象 教授(遺伝統計学/ 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授/ 理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)、猪原秀典教授(耳鼻咽喉科・頭頸部外科学)らは、14例の日本人症例を含む51例のHPV関連頭頸部がんの全ゲノムシークエンスデータを用いて、HPVインテグレーションとヒトゲノムの体細胞変異※8の関連を調べました(図1)。
その結果、HPVインテグレーションの腫瘍内での不均一性や、APOBEC3によるゲノム不安定性との関連を発見しました。また、クローン性HPVインテグレーションの有無によって、がんの増殖シグナル伝達経路が異なることを明らかにしました。
本研究成果によってHPV関連頭頸部がんにおけるHPVインテグレーションへの理解が進み、将来的に、個別化医療へ貢献することが期待されます。
本研究の背景
HPVインテグレーションはがん遺伝子E6/E7の過剰な発現を引き起こす重要な要因と考えられてきました。次世代シーケンサーの発展により、HPV18陽性の子宮頸がんではほぼ全てのケースで、HPV16陽性の子宮頸がんでは75%、中咽頭がんでは70%程度でHPVインテグレーションが見られることがわかっています。
HPVインテグレーションは、ゲノム全体の不安定化や構造変異との関連していることが示されていますが、HPVインテグレーション自体がゲノム不安定性を引き起こすのか、それともゲノム不安定性の結果としてHPVインテグレーションが起こるのかはまだわかっていません。
また、HPV関連がんにおける、ヒトゲノムの体細胞変異は、APOBEC3による変異が主要な原因とされていますが、HPVインテグレーションとの関連はまだよくわかっていません。
本研究の成果
本研究グループは、51例のHPV関連頭頸部がんの全ゲノムシークエンスデータを用いて、HPVインテグレーションや体細胞変異のCancer Cell Fraction (CCF)※9を推定し、それらの関連を調べました。
その結果、HPV16ゲノムによるインテグレーションのブレークポイントは様々なCCFを取り、56%がクローン性、44%がサブクローン性であることを発見しました(図2a)。つまり、HPVインテグレーションの腫瘍内不均一性が初めて示されました。HPVゲノム上のインテグレーションブレークポイントの位置には偏りが存在し(図2b)、必ずしもE2が切断されるわけではないことが示されると同時に、E2が切断されるブレークポイントに正の選択圧がかかっていることが示唆されました。また、HPVインテグレーションのブレークポイント数やクローン性・サブクローン性によって、頭頸部がんの腫瘍を4つの種類に分類しました(図2c)。この新たな分類から、少なくとも49%の腫瘍はHPVインテグレーションを伴わずに発がんに至ったことが見出されました。
4つの新たな腫瘍の分類を用いて変異数を比較したところ、インテグレーションを持たない“Episomal-only”の腫瘍に比べて、インテグレーションを有する腫瘍ではクローン性変異数が多い傾向が認められました(図3a)。そこで、各腫瘍におけるAPOBEC3による変異(APOBEC signature)の割合を分類間で比較したところ、インテグレーションを持たない“Episomal-only”の腫瘍に比べて、インテグレーションを有する腫瘍ではクローン性変異におけるAPOBEC signatureの割合が有意に高いことがわかりました(図3b)。このことから、ゲノムワイドなAPOBEC signatureを持つ腫瘍でHPVインテグレーションが起こっていることが示唆されました。続いて、各腫瘍におけるHPVインテグレーションと構造多型は隣り合うブレークポイントの距離が、ランダムに配置した場合に比べて有意に小さい(互いの距離が近い)ことがわかりました(図3c)。ヒトゲノムを、クローン性インテグレーションブレークポイントの近く100kb以内(Clonal)、サブクローン性インテグレーションブレークポイントの近く100kb以内(Subclonal-only)、その他の領域(Background)に分けたとき、クローン性インテグレーションブレークポイントの近くに生じる欠失はサブクローン性の割合が有意に高いこと(図3d)や、クローン性インテグレーションブレークポイントの近くに生じるクローン性重複は大きなサイズである割合が有意に高いこと(図3e)を見出しました。これらの結果は、HPVインテグレーションが生じる領域における局所的なゲノム不安定性が、腫瘍ががんに進行する間にサイズの大きな重複を引き起こし、その後、同領域でサブクローン性のインテグレーションや欠失を引き起こすことを示唆しました。
HPV関連頭頸部がんの体細胞コピー数異常ではコピー数減少が幅広く認められ、中でもATM遺伝子とBIRC2遺伝子のヘテロ接合性欠失(正常アレル1コピーとなる欠失)が67%と多くの腫瘍に認められることを見出しました。HPV関連中咽頭がんのシングルセルトランスクリプトーム解析を用いて、腫瘍細胞では正常上皮細胞に比べて両者の発現が低下していることを確認しました。ATM遺伝子はがん抑制遺伝子ですが、実際に1コピーのみのヘテロ接合性欠失の症例では0コピーのホモ接合性欠失の症例と同様にATMの発現低下が認められることを免疫染色で確認しました。
PIK3CA遺伝子の一塩基変異やコピー数増加を含むPI3K経路の活性化が多くの腫瘍で共通することが改めて確認されただけでなく、クローン性インテグレーションを伴う腫瘍ではJAK-STAT経路の活性化が、クローン性インテグレーションを伴わない腫瘍ではNF-κB経路の活性化が発がんに関与している可能性が見出されました。
図2: HPVインテグレーションの腫瘍内不均一性と腫瘍分類
図3: HPVインテグレーションとゲノム不安定性
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、かつては発がんに必須と考えられていたHPVインテグレーションが、HPV関連頭頸部がんの腫瘍進化の様々な段階において存在し(=腫瘍内不均一性)、体細胞変異と同様に多様な形で生じていることを明らかにしました。そして、エピソーム型およびインテグレーション型のHPVゲノムに基づく分類により、それぞれ異なるがん増殖シグナル伝達経路が活性化されることを発見しました。
本研究の成果は、HPVインテグレーションの有無などによる新たな分類を通じて、患者一人ひとりに合わせた医療の質を向上させる基盤となることが期待されます。
研究者コメント
<佐々 暢亜 助教>
頭頸部がんの領域では、先進国を中心にHPV関連がんの発症が増加しています。私たちの研究が、HPV関連がんに関する理解をさらに深め、患者一人ひとりに最適化された治療戦略の改善に寄与することを願っています。本研究は、膨大なゲノムデータの解析を通じて達成されたものであり、この成果を得るにあたり、全ての共同研究者、研究支援機構、ならびにサンプルをご提供いただいた皆様に心より感謝申し上げます。
用語説明
※1 ヒトパピローマウイルス(HPV)関連頭頸部がん
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、環状二本鎖DNAを持つウイルスで、皮膚や粘膜の上皮細胞に感染する。その中でも16型や18型などの高リスク型は、子宮頸がんや中咽頭がんなどの発がんに関連している。HPVのがん遺伝子E6とE7は、感染細胞のがん化において重要な役割を果たす。HPV関連がんは、全がんの約4.5%を占め、その中で頭頸部がんが占める割合は約30%とされている。頭頸部がん全体ではHPV関連がんの割合は約25%とされ、特に中咽頭がんでは約50–90%を占めており、本邦を含む先進国を中心に増加傾向にあることが近年報告されている。
※2 HPVインテグレーション
高リスク型HPVゲノムは宿主であるヒト細胞内で環状エピソームの形で存在し複製されるが、直鎖状になりヒトゲノムに組み込まれることが知られている。古典的にはE6/E7の負調節因子であるE2遺伝子が切断される形で直鎖状になることで、E6/E7の過剰発現を引き起こすとされており、重要な発がんドライバーと考えられてきた。
※3 APOBEC3
APOBEC3は,一本鎖DNAを基質とするシチジン脱アミノ化酵素群であり、様々ながん種でAPOBEC3により導入された変異(APOBEC signature)が認められることがわかっている。
※4 ATM遺伝子
ATMは、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)関連キナーゼファミリーのメンバーであり 、相同組み換えや非相同末端結合などの二本鎖切断に対するDNA損傷応答において重要な役割を果たしている。子宮頸がんでは、HPVはATMとATR (同じくPI3K関連キナーゼ)を構成的に発現させることでウイルスゲノムの増幅を促進するとされている。
※5 クローン性
腫瘍内で更なる遺伝的変異が起きた結果、腫瘍内に複数の遺伝的に異なる細胞集団であるサブクローンが生じる。腫瘍内の全がん細胞が共有する変異をクローン性変異といい、一部の細胞集団(サブクローン)にのみ存在する変異をサブクローン性変異という。サブクローンは腫瘍内不均一性の原因であり、治療効果や予後に影響を与える。本研究の解析では各変異やインテグレーションブレークポイントのCancer Cell Fraction (CCF:腫瘍細胞における変異を有する細胞の割合)が計算され、例えばインテグレーションブレークポイントではCCFが0.8未満をサブクローン性とした。
※6 シグナル伝達経路
シグナル伝達経路は、細胞が外部のシグナル(成長因子、サイトカイン、ストレスなど)を受け取り、細胞内でそれに応じた応答を引き起こすための一連の分子反応を指し、細胞増殖、分化、生存、アポトーシスなどの重要な生理機能を制御する。がんでは、これらのシグナル伝達経路が遺伝的・エピジェネティックな異常により制御不能となり、細胞増殖の制御の破綻や生存シグナルの過剰活性化を引き起こす。本研究でもPI3K/Akt経路やJAK-STAT経路、NF-κB経路の異常な活性化が認められた。
※7 腫瘍進化
腫瘍進化(Tumor evolution)とは、がん細胞がその形成から進行、転移に至る過程で、ゲノムに蓄積された変異が選択的に有利なものとして広がり、多様性が形成されるプロセスを指す。この進化は、ダーウィン的進化論に基づき、「突然変異」や「選択圧」によって推進される。腫瘍進化を駆動する変異(ドライバー変異)は、がん細胞の増殖や生存に直接的な利点をもたらす。一方、進化の過程で偶然に生じた変異(パッセンジャー変異)は、腫瘍進化に直接関与しないものの、腫瘍の多様性に寄与する。腫瘍の進化過程を理解することで、治療抵抗性や転移の原因を明らかにし、新たな治療戦略を設計する手がかりとなる。また、進化の早期段階でのドライバー変異を標的とする治療や、腫瘍内多様性を低減する治療の開発が期待されている。
※8 体細胞変異
体細胞変異(Somatic mutation)は、生殖細胞変異(Germline mutation)とは異なり、受精卵から分裂して形成された個体の体細胞に生じる遺伝的な変化のことを指す。この変異は、生殖細胞(卵子や精子)ではなく体細胞で発生するため、子孫に遺伝することはなく、多くのがんを含むさまざまな疾患の発症や進行に重要な役割を果たす。
※9 Cancer Cell Fraction (CCF)
腫瘍細胞内の特定の変異を有する細胞の割合を示す指標であり、であり、クローン性・サブクローン性の解析に用いられる。
特記事項
本研究成果は、2025年1月26日(日)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Intratumor heterogeneity of HPV integration in HPV-associated head and neck cancer”
【著者名】
Noah Sasa1,2,3,4, Toshihiro Kishikawa1,2,5, Masashi Mori1, Rie Ito1,6, Yumie Mizoro3, Masami Suzuki1, Hirotaka Eguchi1, Hidenori Tanaka1, Takahito Fukusumi1, Motoyuki Suzuki1, Yukinori Takenaka1, Keisuke Nimura7,8, Yukinori Okada2,3,4,9,10*, Hidenori Inohara1.
- 大阪大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
- 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
- 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
- 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
- 愛知県がんセンター 頭頸部外科
- 大阪労災病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科
- 大阪大学大学院医学系研究科 ゲノム生物学
- 群馬大学 未来先端研究機構
- 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
- 大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)
DOI:10.1038/s41467-025-56150-z
本研究は、JSPS科研費、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST・脳神経科学統合プログラム・ゲノム創薬基盤推進研究事業・難治性疾患実用化研究事業・ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・免疫アレルギー疾患実用化研究事業、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業、武田科学振興財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクス・イニシアティブ、大阪大学先導的学際研究機構、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムの支援を受けて行われました。