脊髄損傷後の神経回路修復を促進させるメカニズムの解明

ad

2025-02-12 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所神経薬理研究部の村松里衣子部長らの研究グループは、脊髄損傷(Spinal cord injury, SCI)後の神経回路の修復を促進させるメカニズムに、アストロサイト1)に発現するHeterogeneous nuclear ribonucleoprotein U(Hnrnpu)2)が関わることを見出しました。
日本では、年間約5,000人の脊髄損傷患者が発生しているといわれています。損傷部位に応じて、手や足が動かなくなったり、感覚が麻痺するなどの症状があらわれ、寝たきりや車いすの生活となることで日常生活に大きな影響が及びます。
これらの後遺症を緩和させる方法のひとつとして、損傷により傷ついた神経回路を修復させることが有望と期待されています。最近の研究で、損傷部位の周囲に備わるアストロサイトという細胞には、神経機能を回復させる役割もある可能性が指摘されています。しかし、アストロサイトがどのように神経機能の回復に貢献するか、その分子メカニズムには不明な点が多くありました。
今回、研究グループは、千葉大学の真鍋一郎教授と共同で、アストロサイトに発現するHnrnpuという分子が、神経機能の回復を促進させる働きがあることを見出しました。Hnrnpuはアストロサイトの増殖力の維持や、神経回路の修復に対して促進的に働く分子の産生を担っていました。本成果は、アストロサイトの増殖が関わるさまざまな疾患の治療に応用できる可能性があります。
本研究成果は日本時間2025年2月1日6時に、米国のオンライン総合学術雑誌「Journal of Neuroinflammation」に掲載されました。脊髄損傷後の神経回路修復を促進させるメカニズムの解明
図1. 脊髄損傷後の神経回路の修復に、アストロサイトのHnrnpuが関与する。

研究の背景

損傷部に集積するアストロサイトには、以前より、傷ついた神経回路の修復を阻む働きがあることが知られていました。しかし近年の研究で、損傷後まもなくの間は、アストロサイトは神経回路に対して保護的に働く因子を産生し、神経回路の自発的な修復を支える働きがあることが他のグループから報告されました。損傷後、アストロサイトはまず増殖を開始することが知られています。そのため、アストロサイトの増殖に関わる分子を見出すことで、二次的に、神経回路に対する保護効果を発揮するメカニズムの探索に繋がると考えました。

研究の概要

研究グループは、マウスを用いた実験から、アストロサイトの増殖に関わる分子のスクリーニング試験を実施し、Hnrnpuが内因性の増殖維持因子であることを見出しました(図2、左)。また、Hnrnpuには、損傷を受けたアストロサイトの特徴である分子発現の変動にも影響する作用がありました。脊髄損傷モデルマウスでは、Hnrnpuの発現を阻害すると、損傷後のアストロサイトの増殖が阻害されました(図2、右)。

図2
図2. Hnrnpu発現の阻害は、アストロサイトの増殖を阻害する。


アストロサイトのHnrnpu発現を阻害した脊髄損傷マウスは、損傷部周囲の神経線維の数が、対照群と比較して少なくなりました(図3、左)。また、損傷後の運動機能の推移を観察したところ、アストロサイトでHnrnpuの発現を阻害させたマウスでは、運動機能の回復が阻害されました(図3、右)。さらに、ヒト由来の培養アストロサイトを用いた検討から、Hnrnpuの発現を阻害すると、細胞の増殖や神経細胞再生に関連する遺伝子の発現も変化することがわかりました。これらのことから、アストロサイトのHnrnpuには神経回路の修復を促進させる働きがあることが明らかになりました。図3
図3. アストロサイトHnrnpu発現の阻害は、脊髄損傷後の軸索再生および運動機能回復を抑制する。

今後の展望

アストロサイトは、脊髄損傷に限らず、多発性硬化症やパーキンソン病などさまざまな中枢神経系疾患の成り立ちにも関連が示唆されています。脊髄損傷患者や神経疾患患者においても、同様の機序により神経機能の回復が導かれる可能性があることから、Hnrnpuを治療標的とした新たな治療法の開発が期待されます。

用語の説明

1)アストロサイト
中枢神経系に存在するグリア細胞の一種。神経細胞への栄養供給や血液脳関門の維持等、多彩な機能を有する。アストロサイトの増殖は、中枢神経系の病変でしばしば認められる。脊髄損傷においては、損傷部に形成する瘢痕というかさぶた様構造に、アストロサイトが含まれている。
2)Hnrnpu
DNA/RNA結合タンパク質。中枢神経系における機能は、脳の発達への寄与が知られるが、損傷時での働きは今回の知見が初めて。アストロサイトでの同分子の機能も未解明だった。

原著論文情報

・論文名:Astrocytic heterogeneous nuclear ribonucleoprotein U is involved in scar formation after spinal cord injury
・著者:Lili Quan, Akiko Uyeda, Ichiro Manabe, and Rieko Muramatsu†(†責任著者)
・掲載誌: Journal of Neuroinflammation
・doi: 10.1186/s12974-025-03351-4
https://link.springer.com/article/10.1186/s12974-025-03351-4

研究経費

本研究結果は、日本学術振興会・科学研究費補助金若手研究、基盤研究(B) 、科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST, AMED-PRIME)の支援を受けて行われました。

お問い合わせ

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 神経薬理研究部
村松 里衣子

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました