産総研の施設を活用した放射線治療用線量計の校正サービスを開始~企業単独で導入することが難しい産総研の特殊な施設を活用~

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2025-02-14 産業技術総合研究所

ポイント

  • 従来のCoガンマ線源ではなく医療用リニアック装置を用いることで、放射線計測の「不確かさ」の影響を放射線治療時に無視できるレベルまで低減
  • 放射線治療施設で使用される多くの種類の線量計を校正することが可能に
  • 医療用リニアック装置を用いる放射線治療の効率と安全性を向上

産総研の施設を活用した放射線治療用線量計の校正サービスを開始~企業単独で導入することが難しい産総研の特殊な施設を活用~

産総研と東洋メディック株式会社の連携による校正サービスの提供

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門 放射線標準研究グループ 清水森人 主任研究員、森下雄一郎 主任研究員、加藤昌弘 研究グループ長、黒澤忠弘 副研究部門長と東洋メディック株式会社は、医療用リニアック装置を用いて多種多様な放射線治療用線量計を二次校正するための技術を開発しました。

放射線治療では、患部に照射する放射線の量(線量)が適切でないと、治療後のがんの再発率や副作用の発生率が増加することが知られています。しかし、線量計測の不確かさが大きいために、照射する線量の不確かさも大きくなってしまっていました。その原因の一つは、種類の異なる放射線に対する線量計の感度の違いです。従来、線量計測に使用する線量計はコバルト(Co)線源から出るガンマ線(Coガンマ線)を用いて校正されてきました。しかし、実際の放射線治療には医療用リニアック装置で発生させる高エネルギーの電子線や光子線などが用いられるため、線量計測時に線源の違いを考慮した補正が必要となり、大きな不確かさ要因となっていました。

そこで、医療用リニアック装置からの電子線や光子線を高精度で測定して、線量計を一次校正する産総研の技術を東洋メディック株式会社との共同研究を行うことで発展させ、多種多様な放射線治療用線量計を二次校正するための技術を開発しました。この技術を用いることで、放射線治療の成績に影響を与えない水準にまで線量計測の不確かさを低減し、測定手順も簡略化することに成功しました。これにより、放射線治療現場で従来よりも正確に線量が定まるようになり、安全性を確保しつつ、より高度な放射線治療が提供されることにつながります。

本成果をもとに、産総研内の医療用リニアック装置を用いた放射線治療用線量計のJCSS校正サービスが東洋メディック株式会社より提供されます(2025年2月にJCSS校正事業者の認定を取得)。

開発の社会的背景

放射線治療では患者体内のがんなどの腫瘍に照射する線量を適切に管理することが重要であり、照射した線量が5 %少なかっただけで、がんの再発率が20 %増加し、照射した線量が5 %増加した場合の副作用の発生率が5 %増加することが報告されています1)。そのため、治療前後に実施する線量計測は正確に行う必要があります。照射する線量の不確かさが治療結果に影響を与えるため、国際原子力機関(IAEA)は2016年に「合理的な範囲で可能な限り正確に放射線治療を実施すること」を勧告しました 2)。放射線治療の前後に行われる放射線治療装置の線量計測については、治療成績に影響を与えない、不確かさ1 %以下の水準を実現することが推奨されています3)

これまで、放射線治療現場の線量計測に使用する線量計はCoガンマ線を用いて校正されていました。しかし、実際の治療には医療用リニアック装置で発生させた高エネルギー光子線や高エネルギー電子線などが用いられており、放射線の種類が異なります。線量計測においては、このような放射線の種類の違いに対応する不確かさを含めて補正をする必要があり、不確かさが増大する要因となっていました。また、Coガンマ線で校正された線量計を実際の放射線治療現場で使用する際の測定手順は複雑なものとなっていました。このため、適切な線量を照射しているという保証を得るのが難しいという問題がありました。

さらに、従来の校正で線源として用いられるCoガンマ線源などの放射性同位体は、国際情勢の変化で高騰しており供給が不安定になっています。加えて、核セキュリティ対策や使用後の処分方法にも課題があり、放射性同位体を線源として用いる線量計校正の継続は世界的に困難になっています。

研究の経緯

産総研は、放射線治療現場と同型の医療用リニアック装置を産総研内に設置し、医療用リニアック装置からの高エネルギー光子線と高エネルギー電子線の線量を高精度に計測し、これを基準に放射線治療用線量計を一次校正する技術を開発しました(2013年9月12日 産総研プレス発表)。一方、企業にとって、放射線管理区域や医療用リニアック装置などの特殊な施設や設備を導入することのハードルは高く、この技術を用いて放射線治療用線量計を校正し、全国の放射線治療施設に提供する二次校正機関はこれまでありませんでした。

今回、産総研と東洋メディック株式会社は最新の医療用リニアック装置を新たに産総研内に設置し、産総研が開発した技術を活用して、全国の放射線治療施設に導入されている多種多様な放射線治療用線量計を校正する技術を開発するための共同研究を実施しました。

本研究の波及効果

Coガンマ線源などの放射性同位体に代わり、医療用リニアック装置という機械式の放射線発生装置を用いる線量計の校正は、これまで大規模には行われてきませんでした。放射性同位体を用いた放射線源を機械式の放射線発生装置で置き換える技術の研究開発は世界的に行われており、今回の成果はこの流れを推進するものです。

産総研は、産業競争力強化法に基づき、企業が産総研の施設を利用して単独で事業活動を行うことができる制度を整えました。今回の放射線治療用線量計の校正サービスは、この制度を利用して産総研の放射線施設を民間企業が活用し、産総研の技術を社会実装する最初の例となります。

研究の内容

放射線治療用線量計の校正はこれまでCoガンマ線を用いて行われていたため、線量計測の不確かさが大きいことが課題となっていました4)。産総研では高エネルギー光子線および電子線の線量を高精度に計測する技術を開発し、放射線治療用線量計を校正する技術を開発しました。しかし、産総研で校正できる放射線治療用線量計の種類と数には限りがあるため、全国的な校正サービスの提供は困難でした(図1)。

図1
図1 高エネルギー光子線および電子線の放射線治療用線量計校正サービスの供給体制


そこで、産総研と東洋メディック株式会社は校正サービスの事業化を目指した共同研究を開始し、産総研内に最新の医療用リニアック装置を設置して、医療用リニアック装置から放出された線量の出力と放射線治療用線量計で測定した出力を同時に取得し、両者を高速かつ高精度に比較することで、効率よく放射線治療用線量計の校正定数を決定する新たな校正技術を開発しました(図2)。この技術により、同社が販売している代表的な放射線治療用線量計の校正が可能になり、放射線治療用線量計の校正システムの実証試験を進めた結果、校正可能な放射線治療用線量計の種類と数を大幅に増加させることに成功しました。そして、東洋メディック株式会社が、共同研究の成果と産総研の施設を活用した放射線治療用線量計のJCSS校正サービス事業を開始することになりました。

図2
図2 放射線治療用線量計の校正方法
医療用リニアック装置から放出された線量の出力と校正対象の放射線治療用線量計で測定した出力を同時に取得し比較することで、効率よく放射線治療用線量計を校正するシステムを産総研と東洋メディック株式会社の共同研究で開発しました。


病院で使用されているものと同型の医療用リニアック装置を使用して、多種多様な放射線治療用線量計を校正することにより、病院で実際に線量を計測する際の手順が簡略化され、ヒューマンエラーが発生しにくくなるとともに、放射線治療の前後に行われる放射線治療装置の線量を計測する際の不確かさも、治療に影響を与えないレベルとされている、1 %以下にまで低減されました5)。また、放射性同位体を使用せず、医療用リニアック装置を線源として使用するため、将来にわたって安定的に校正サービスを提供し続けることが可能となりました。さらに、校正サービスには共同研究のために産総研に設置された医療用リニアック装置が使用されます。一次標準線量機関である産総研と二次標準線量機関である東洋メディック株式会社が同一の装置を用いて校正サービスを行うことにより、より信頼性の高い校正サービスを全国の病院に提供することができます。

産総研の放射線施設を民間企業との連携で活用し、社会実装として事業化に結びつけた事例はこれが最初であり、今後も産総研が持つ放射線計測技術および校正技術の社会実装に取り組んでいきます。

参考文献

1) ICRU. ICRU Report 24: Determination of Absorbed Dose in a Patient Irradiated by Beams of X or Gamma Rays in Radiotherapy Procedures, 1976.

2) IAEA. Accuracy Requirements and Uncertainties in Radiotherapy. IAEA Human Health Series 2016; 31(31).

3) Papanikolaou Nikos, Battista J, Jerry, Boyer L, Arthur, 他. AAPM Report No. 85: TISSUE INHOMOGENEITY CORRECTIONS  FOR MEGAVOLTAGE PHOTON BEAMS. Report of Task Group No. 65 of the Radiation Therapy Committee of the American Association of Physicists in Medicine, 2004.

4) 日本医学物理学会編. 外部放射線治療における水吸収線量の標準計測法(標準計測法 12). 通商産業研究社, 2012.

5) 清水 森人, 石川 正純, 小口 宏, 他. 医療用リニアック装置によって校正された放射線治療用線量計による水吸収線量の標準計測法(リニアック標準計測法 24). 日本医学物理学会ガイドライン 2024.

用語解説
医療用リニアック装置
電圧換算で数百万ボルトから千数百万ボルトで加速された電子を用いて高エネルギー光子線や高エネルギー電子線を発生させ、患部に照射することでがんなどを治療する放射線治療装置。
放射線
電離作用のある電磁波または粒子線。例えば、放射性物質から放射されるアルファ線、ベータ線、ガンマ線などの高いエネルギーを持った粒子や光の流れ。人工的に発生させたX線、高エネルギーの光子や粒子も放射線に含まれる。
放射線治療
放射線を用いてがんを治療する医療行為。がん細胞に放射線を照射し、がん細胞にダメージを与えることによって治療する。医療用リニアックを用いた高エネルギー光子線や電子線、加速器を使った重粒子線、陽子線を使った治療、小線源を用いた治療などさまざまな手法がある。
不確かさ
計測値の「信頼性」、あるいは「疑わしさ」を定量的に判断するための尺度。計測値の信頼性に影響を与える要因を洗い出し、それぞれの要因によって計測値がどの程度ばらつくかを評価して、その結果を約束事に沿って足し合わせることによって得られる。放射線治療では、不確かさの大きな線量計で校正された放射線治療装置では治療成績が悪くなり、正常組織への悪影響の発生率が増えることが分かっている。この不確かさが1 %以下であれば、治療成績に与える有意な影響はなくなるとされている。
ガンマ線
原子核から放出される高エネルギーの光子。高エネルギー光子線と違い、特定のエネルギーの光子しか含んでおらず、また透過力も高エネルギー光子線に比べ弱い。
高エネルギー電子線
医療用リニアックから発生するエネルギーの非常に高い電子線。電子線のため高エネルギー光子線に比べて透過力が弱く、皮膚がんなどの体の浅いところにあるがんの治療に使用される。
高エネルギー光子線
医療用リニアックから発生するエネルギーの非常に高いX線。レントゲン撮影などに使われるX線に比べて非常にエネルギーが高いので光子線と呼んで区別している。Coガンマ線に比べ、透過力の強い高エネルギーの光子を含んでおり、体内のがん治療に使用される。
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