植物におけるホウ素毒性メカニズムの一端を解明

ad
ad

過剰なホウ素がもたらすDNA損傷の発生とその緩和機構の発見

2018-12-12 東京理科大学,東京大学,科学技術振興機構

東京大学 大学院農学生命科学研究科 藤原 徹 教授および東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 松永 幸大 教授、坂本 卓也 助教らの共同研究グループは、植物の必須栄養元素であるホウ素(元素記号:B)が、植物に過剰に吸収されることでもたらされるDNA損傷の発生とその緩和機構を発見し、植物におけるホウ素毒性の分子メカニズムの一端を明らかにしました。
本研究成果は、2018年12月11日(英国時間)に「Nature Communications」に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構 CREST「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」および文部科学省・基盤研究(S)・科学研究費「植物の無機栄養ホメオスタシスと成長の統合的理解と仮説検証」および文部科学省・新学術領域・科学研究費「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」および「植物発生ロジックの多元的開拓」の支援を受けて実施した研究成果です。

<研究の背景>

ホウ素(元素記号:B)は植物の成長と生存に欠かせない栄養元素です。一方で、土壌中に過剰にホウ素が存在すると、植物体内に過剰に吸収されて毒性を示すようになり、結果として植物の成長を阻害したり、枯死させたりします。世界には、ホウ素毒性によって農作物の収穫量に影響が出ている地域が数多くあります。ホウ素毒性の仕組みを理解することは、毒性への対処方法の確立につながるため、ホウ素過剰地域における農業生産に貢献できると期待できます。
私たちの研究グループはこれまでに、ホウ素毒性によって植物のDNA損傷が引き起こされることを明らかにしてきました。しかし、ホウ素毒性によるDNA損傷がどのようにして引き起こされ、また植物がどのようにしてそのDNA損傷を軽減させているのかそのメカニズムは不明でした。

<研究の内容>

私たちはこれまでに、モデル植物であるシロイヌナズナに化学変異処理をし、過剰なホウ素処理に対して根の生育が著しく阻害されるhigh-sensitivity to excess boron(heb)変異株を7株単離しました。heb変異株は根でのホウ素毒性の軽減に必要な遺伝子の機能が損なわれていると考えられます。本研究では、heb3、heb6およびheb7がそれぞれ26Sプロテアソーム注1)と呼ばれるタンパク質複合体の異なる構成因子をコードする遺伝子に変異があることを発見しました。26Sプロテアソームはポリユビキチン化されたタンパク質を選択的に認識し分解することで、細胞周期の進行などさまざまな生命現象を制御していることが知られています。そこで、私たちは過剰量のホウ素に応答して、26Sプロテアソームによって分解されなくてはならないタンパク質が存在することを予測し、プロテオーム解析や生化学的解析を行いました。その結果、過剰なホウ素条件で生育させた26Sプロテアソーム変異株では、BRAHMA(BRM)と呼ばれるタンパク質が、過剰なホウ素条件で生育させた26Sプロテアソーム変異株では多く蓄積していることが分かりました。また、26Sプロテアソーム変異株でBRMの機能を欠損させると根の生育がホウ素毒性に対して強くなったことから、過剰なホウ素条件下でBRMを積極的に分解することがホウ素毒性を緩和させることに必要であることがわかりました(図1)。
BRMはエピゲノム制御因子注2)の1つであり、クロマチン注3)の構造を変化させるクロマチンリモデリング因子として知られるタンパク質で、アセチル化したヒストン注4)と相互作用してその機能を発揮します。そこで、26Sプロテアソーム変異株にBRMが多く蓄積すると植物の成長に負の影響を与えることから、過剰なホウ素条件下ではヒストンのアセチル化の亢進も伴っているのではないかと仮説を立てました。動物では、過剰なホウ素を処理するとヒストン脱アセチル化酵素注5)が阻害されてヒストンのアセチル化が亢進することが知られています。仮説を基に私たちが調べた結果、植物でも過剰なホウ素を処理するとヒストンのアセチル化が亢進することが分かりました。
ヒストンのアセチル化は、クロマチンを弛緩させ、クロマチンの状態はDNA損傷の受けやすさと密接に関係していることが知られています。すなわち、クロマチンが緩んでいるDNA部分は損傷を受けやすく、一方で、クロマチンが凝縮しているDNA部分は損傷を受けにくいということです。実際に、植物にヒストン脱アセチル化酵素の阻害薬を処理して、ヒストンのアセチル化を亢進させると、DNA損傷が多くなることを見いだしました。従って、ホウ素がヒストンのアセチル化を亢進させることで、クロマチンを弛緩させ、DNAを不安定な状態にすることで、DNA損傷を誘発する原因になっていると考えられます。
また、BRMはエピゲノム制御としてアセチル化したヒストンに結合してクロマチンの不安定性を助長させることで、よりDNA損傷を誘発しやすい状態にしていることが分かりました。このことから、植物が26SプロテアソームによってBRMを積極的に分解することは、ホウ素毒性がもたらすDNA損傷の発生を緩和させるメカニズムの1つであると結論づけました(図2)。

<今後の展望>

今回の研究では、過剰なホウ素条件下で26Sプロテアソームによって分解されるべきタンパク質としてBRMに着目して解析しましたが、BRMの他にも、ホウ素毒性と関わる可能性のある12のタンパク質を発見しています。過剰なホウ素はDNA損傷の誘導以外にも活性酸素種の産生など植物の生育を阻害するさまざまな現象を引き起こすことが知られています。今後、ホウ素毒性と関わる可能性のある他のタンパク質の解析を行うことで、さらに詳細に、植物がどのようにしてホウ素毒性に対処しているのかを明らかにできる可能性があります。
また、今回の研究により、過剰なホウ素によるヒストンのアセチル化の亢進を通じてDNAを不安定な状態にすることがホウ素毒性によるDNA損傷の主な原因であることが分かりました。そこで、DNAの弛緩を防ぐ方法を見つけることができれば、ホウ素毒性に曝された植物の生育改善を通じて農業生産に貢献できる可能性があります。すでに、ホウ素にはヒストン脱アセチル化酵素を直接阻害する作用があることが報告されているので、過剰なホウ素によるヒストンのアセチル化の亢進は、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害が原因であると考えられます。そこで、ホウ素による阻害を受けないようなヒストン脱アセチル化酵素を開発するなどして、過剰なホウ素条件下でのエピゲノム制御が可能となれば、ホウ素毒性に強い植物を生み出せるかもしれません。

<参考図>

図1

図1

BRMの機能を抑制するとホウ素過剰ストレス条件における根の発達が改善する。矢尻は、分裂が盛んな領域の境界を示す。
ホウ素過剰ストレスがかかると野生型株では分裂が盛んな領域は縮小するが、BRM機能抑制株では分裂が盛んな領域の縮小は見られない。図2 ホウ素過剰ストレスによるDNA損傷の発生と緩和のメカニズム

図2 ホウ素過剰ストレスによるDNA損傷の発生と緩和のメカニズム
<用語解説>
注1)26Sプロテアソーム
数十のサブユニットから構成される巨大なタンパク質複合体。主に、ユビキチンと呼ばれるタンパク質で標識されたタンパク質を選択的に認識し、分解する。この能動的なタンパク質分解を通じて、細胞周期の進行やシグナル伝達などさまざまな生命現象を制御する。植物では、サブユニットの構成を変えることで、標的となるタンパク質の選択性を変化させ、26Sプロテアソームの機能にバリエーションをもたらしていると考えられている。
注2)エピゲノム制御因子
後述するクロマチンの構造を変化させることで、DNA塩基配列を変化させることなく、遺伝子の働きを制御する因子の総称。ヒストン修飾酵素、DNA修飾酵素やクロマチンリモデリング因子などのタンパク質がある。
注3)クロマチン
DNAとタンパク質の複合体。非常に長いDNA(シロイヌナズナだと8.3cm)をわずか直径数μm程度の核に収められようにDNAをまとめる機能や、その構造の変化を通じて遺伝子発現やDNA複製、DNA損傷修復を制御する。
注4)ヒストン
DNAに結合する塩基性タンパク質。4種のヒストン(H2A、H2B、H3、H4)が集まって、ヌクレオソームを形成する。ヌクレオソームはクロマチンの基本構成単位である。ヒストンタンパク質のヒストンテールと呼ばれる領域では、さまざまなアミノ酸残基がアセチル化やメチル化といった化学修飾をうける。この化学修飾によりクロマチン構造が弛緩したり凝縮したりする。
注5)ヒストン脱アセチル化酵素
アセチル化されたヒストンからアセチル基を取り除く酵素。この酵素の活性が阻害されると、適切なアセチル基の除去が行われず、結果として、アセチル化されたヒストンが増えていく。
<論文情報>

タイトル:“Proteasomal degradation of BRAHMA promotes Boron tolerance in Arabidopsis”
著者名:Takuya Sakamoto, Yayoi Tsujimoto-Inui, Naoyuki Sotta, Takeshi Hirakawa, Tomoko M. Matsunaga, Yoichiro Fukao, Sachihiro Matsunaga & Toru Fujiwara
DOI:10.1038/s41467-018-07393-6

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

坂本 卓也(サカモト タクヤ)
東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 助教

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ

<報道担当>

東京理科大学 研究戦略・産学連携センター(URAセンター)
東京大学 農学系事務部 総務課 総務チーム 総務・広報情報担当
科学技術振興機構 広報課

ad

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました