新生児低酸素性虚血性脳症の早期診断・発見に期待
2018-12-12 国立精神・神経医療研究センター
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:和田圭司)疾病研究第2部(部長:後藤雄一)室長の伊藤雅之らの研究グループは、赤ちゃんの出生時に起こる脳疾患の中で最も多い新生児低酸素性虚血性脳症の早期発見につながる有効なバイオマーカーを新たに発見しました。新生児低酸素性虚血性脳症は、母体内で、あるいは分娩(ぶんべん)中になんらかの原因で新生児の脳への酸素供給や血流が滞ることによって引き起こされる脳障害です。新生児低酸素性虚血性脳症は年間約2,500人に発生し、約30%程度が死亡や重篤な後遺症を残します。受傷後6時間以内の低体温療法の有効性が報告されるようになりましたが、出来るだけ早く専門医療施設で治療を行うことが課題となっています。本研究チームでは、この早期診断・早期治療につながる、新しい指標(バイオマーカー)を発見しました。
これまでの研究から、新生児低酸素性虚血性脳症のモデル動物の脳でLOX-1という分子が増加し、低体温療法を行うと減少すること、そして抗LOX-1中和抗体により治療効果があることを見つけていました(Am J Pathol 2014)。今回、私たちの施設と4施設(東京都立小児総合医療センター、東京大学医学部附属病院、埼玉県立小児医療センター、青梅市立総合病院)の5施設共同研究を行い、72例の成熟新生児の生後6時間以内の血液を調べました。その結果、LOX-1の血液に出てくる成分であるsLOX-1の値が、新生児低酸素性虚血性脳症の赤ちゃんで高いことがわかりました。さらに、新生児低酸素性虚血性脳症の重症度と約1ヶ月後の退院時の後遺症の予測が可能であることが明らかになりました。
この発見により、新生児低酸素性虚血性脳症の重症度診断が容易になり、そして予後予測による治療の適切な選択と医療機関の有効利用が可能になることで、退院後の診療・療育の早期対応の新しい道が拓かれたと期待されます。
本研究成果は、2018年11月5日に米国科学誌Journal of Pediatricsに受理され、オンライン版は日本時間2018年12月12日午後2時過ぎ(報道解禁日時:米国東部標準時間 12月12日0時過ぎ)に掲載されました。
■研究の背景
生まれたばかりの赤ちゃんが呼吸、循環、中枢神経系の不全状態に陥る新生児仮死に引き続き起こる新生児低酸素性虚血性脳症は、赤ちゃんの脳障害を高頻度に起こす疾患です。その発生頻度は国内出生の約0.25%であり、年間約2,500人の赤ちゃんが陥ります。そのうち約30%程度が死亡や重篤な後遺症を残すと考えられています。特効薬はありませんが、一部の施設で低体温療法が行われ、有効性が報告されています。しかし、低体温療法には、高度な設備が必要であるため施設が限られていること、適応のための重症度診断が難しいこと、治療後約30%に脳障害を残すこと、治療に有効な症例の選別が困難なこと、そして科学的根拠がないなどのいくつかの問題があります。そのため、科学的根拠に基づいた新しい重症度診断と治療適用基準の確立、予後予測の方法の開発が必要になっています。そのようなことから、現在ではまだ確実な治療法がないため、出来るだけ早く診断し専門医療施設で低体温療法を行うことが必要となっています。
本研究グループは、新生児低酸素性虚血性脳症のモデル動物を作り、病巣でLOX-1が上昇していること、抗LOX-1中和抗体による治療で脳病変の軽減化ができることを明らかにしていました(Am J Pathol 2014)。これらのことから、赤ちゃんが生まれる時にLOX-1の血液中に現れるsLOX-1を測定することで、重症度が分かるのではないかと考えました。
■研究の内容
本研究グループの施設を中心に5施設共同研究として、72例の成熟児の生後6時間以内のsLOX-1を測定しました。成熟児の基準は、在胎36週以上かつ出生体重1800g以上として、新生児低酸素性虚血性脳症と診断された赤ちゃん27例と診断されなかった赤ちゃん45例について調べました。新生児低酸素性虚血性脳症は、米国NIH(米国国立衛生研究所)の診断基準に基づき、重症度はSarnat分類によって軽度、中等度、重度に分けました。一般的に、中等度と重度の新生児低酸素性虚血性脳症が低体温療法の適応になります。新生児低酸素性虚血性脳症のあった27例の赤ちゃんは、軽度6例、中等度16例、重度5例でした。sLOX-1の測定の結果、重症度が上がるにつれてsLOX-1も高くなり、中等度と重度症例では、軽度症例に比して有意に高く、sLOX-1値を550pg/ml以上とした場合に特異度83%、陽性的中率94%でした。つまり、血液のsLOX-1を測定することで高い確率で重症度が分かることを意味し、これは新生児医療に慣れていない医師でも容易に専門医療施設の治療が必要かどうかを判断できる可能性が考えられます。また、約1ヶ月後の退院時症状なしの予後良好群は、1000pg/ml以下とした場合に特異度100%、陽性的中率100%となり、神経学的症状(死亡、聴覚障害、麻痺など)を有した予後不良群は、1900pg/ml以上とした場合に特異度93%、陽性的中率75%でした。これは、出生時のsLOX-1測定により予後予測が高い精度でできることを意味します。
これらの結果から、新生児低酸素性虚血性脳症の重症度診断が容易になり、予後予測による治療の適切な選択と医療機関の有効利用が可能になることを見出しました。
図の説明:(A) sLOX-1値は、低酸素性虚血性脳症のない赤ちゃんと軽度の赤ちゃんでは差がなく、中等度と重度は有意に高い。(B) 生後6時間以内のsLOX-1値は、低体温療法の治療対象となる中等度と重度で有意に高い。(C) 退院時に後障害をきたした赤ちゃんは、生後6時間以内のsLOX-1値がそうでない赤ちゃんより有意に高い。
■研究の意義と今後の展開
今回の研究では、患者数が少なかったことと短い観察期間であったため、結果が臨床に応用できるかどうかがまだ確認できておりません。そのため、本年度より規模を大きくした前方視的コホート研究を行い、新生児低酸素性虚血性脳症の臨床応用を進めていきます。これにより、生まれたばかりの赤ちゃんがベッドサイドで血液検査をするだけで、その後の治療とさらにその先の後遺症予測ができるようになることが期待されます。
【用語解説】
・5施設共同研究:
5つの施設が共同で行う研究である。一般に、複数の施設が一緒になって、一つの研究に取り組むことを多施設共同研究という。一つの施設では、十分な患者さんの数が確保できないので、同じ研究を多くの施設で行うことにより、より確からしい研究結果を得ることができる。
・新生児低酸素性虚血性脳症:
新生児仮死に伴って起こる脳障害で、重篤な精神・神経学的後遺症を残すことがある。そのため、早く診断し、適切な治療を行うことが必要である。専門医の不足や医療機関の地域性など課題が多い。
・Sarnat分類:
新生児仮死の重症度分類法で、赤ちゃんの意識状態、姿勢、動き、反射、自律神経系の症状など多項目からなる神経学的な診察によって行う。専門的な知識と経験が必要である。
・低体温療法:
頭または全身の体温を下げることによって、脳保護作用を期待する治療法である。治療には、体温管理をする機器、人工呼吸器など高度な機器を必要とし、厳格な監視を必要とする。新生児低酸素性虚血性脳症では、生後6時間以内、中等度から重度においてのみ効果が報告されている。
・sLOX-1:
レクチン様酸化LDL受容体1(LOX-1)は細胞膜にある受容体で、その細胞外部分(soluble form of LOX-1 (sLOX-1))が切断され血中に放出される。急性冠動脈疾患で血中sLOX-1濃度が上昇する。粥状硬化症や脳梗塞の予測因子として注目されている。
【原著論文情報】
論文名:A Pilot Study of Soluble Form of LOX-1 as a Novel Biomarker for Neonatal Hypoxic-Ischemic Encephalopathy
著者:Tomohisa Akamatsu, MD, PhD1, Takehiro Sugiyama, MD, MSHS, PhD2,3, Yoshinori Aoki, MD1, Ken Kawabata, MD, PhD4, Masaki Shimizu, MD, PhD4, Kaoru Okazaki, MD, PhD5, Masatoshi Kondo, MD, PhD5, Kan Takahashi, MD6, Yoshiki Yokoyama, MD6, Naoto Takahashi, MD, PhD7, Yu-ichi Goto, MD, PhD1, Akira Oka, MD, PhD7, and Masayuki Itoh, MD, PhD1
掲載誌:Journal of Pediatrics
DOI: https://doi.org10.1016/j.jpeds.2018.10.036
URL: https://www.jpeds.com/
参考論文:
Akamatsu T, Dai H, Mizuguchi M, Goto Y, Oka A, Itoh M. LOX-1 Is a Novel Therapeutic Target in Neonatal Hypoxic-Ischemic Encephalopathy. Am J Pathol 2014; 184 (6): 1843-1852.
【助成金】
本成果は、以下の研究事業・研究課題によって得られました。
・日本学術振興会(科研費)若手研究(B)(JP15K19663)、挑戦的萌芽研究(25670486)
・日本医療研究開発機構(AMED)成育疾患克服等総合研究事業 (18gk0110033h0001)
・国立精神・ 神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ先】
伊藤雅之(いとう まさゆき)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
疾病研究第二部 室長
【報道に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係