生体内の酸性環境を調査する新技術
2017-12-29 大阪大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- ハナガサクラゲの触手から、耐酸性で緑色の蛍光タンパク質Gamillusを開発。
- 一般的な緑色蛍光タンパク質が酸性環境で蛍光を失うのに対して、Gamillusは酸性環境を含むほぼ全てのpH環境(pH4.5-9.0)で使用可能。
- 生体分子の分解・リサイクルを行うオートファジーなど、酸性細胞小器官が関わる未知の生命現象を調べる分子ツールとしての貢献に期待。
今回研究グループは、ハナガサクラゲの光る触手から、蛍光タンパク質注2)をコードする遺伝子を新規に同定し、タンパク質工学を用いて遺伝子改良することで、耐酸性で単量体型、高輝度の緑色蛍光タンパク質Gamillus(Green fluorescent protein with acid-tolerance and monomeric property for illuminating soured environmentの略)を開発しました(図1)。一般によく使われる、緑色蛍光タンパク質EGFP(オワンクラゲ由来)がpH6.0以下の酸性環境で蛍光を失うのに対して、Gamillusは酸性環境でも安定した蛍光を放ち、細胞内のほぼ全てのpH環境で使用可能です(図2左)。Gamillusの立体構造をX線結晶解析法注3)で決定したところ、一般的なGFPとは異なるトランス型の蛍光発色団注4)を形成し、この構造が耐酸性メカニズムに寄与することを見いだしました(図1右)。
酸性細胞小器官は、2016年のノーベル医学・生理学賞受賞者の大隅 良典 博士が発見したオートファジーなど、多くの生命機能に密接に関わっています。しかし、既存の緑色蛍光タンパク質は、低pHで蛍光しないため、酸性細胞小器官内での使用が限られていました。Gamillusを用いることにより、マクロオートファジーにより蛍光タンパク質が細胞質から酸性細胞小器官へリソソーム輸送される過程を観察することが可能になりました(図2右)。将来的には、既存の耐酸性の青色・赤色蛍光タンパク質と組み合わせることで、複数種のタンパク質を別々の色で標識して、同時に追跡することが可能となります。Gamillusは、酸性環境中の未知の生命現象を発見するための基盤技術となり、医学・創薬研究にも大きく貢献すると期待されます。
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金新学術領域研究「少数性生物学」、「脳構築における発生時計と場の連携」の一環として行われました。
本研究成果は、2017年12月29日(金)(日本時間)に「Cell Chemical Biology」(オンライン)に掲載されます。
本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「超解像「生理機能」イメージング法の開発と細胞状態解析への応用」、「異物排出輸送の構造的基盤解明と阻害剤の開発」の一環として行われました。
<研究の背景>
細胞内にあるリソソームなどの酸性細胞小器官は、生体分子の修飾・輸送・分解から、細胞死誘導のコントロールなど、生命活動に幅広く重要な役割を担っています。2016年のノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅 良典 博士が発見したオートファジーもその一例です。生体分子はオートファジーにより、リソソームへ輸送され分解・リサイクルされます。
蛍光タンパク質は酸性細胞小器官中の生体分子の機能を調べるための有効なツールの1つです。蛍光タンパク質で細胞内の特定の生体分子を標識してやれば、蛍光からその位置や動態を観察することができます。複数色の蛍光タンパク質を併用することで、複数種の生体分子を異なる色で光らせることができ、それぞれの機能を同時に調べることができます。しかし、現在報告されている蛍光タンパク質の多くは、pH6.0を下回る酸性環境では消失するといった問題点があります。青・赤色で耐酸性能をもつ蛍光タンパク質はいくつか報告されていますが、細胞観察に有用な耐酸性の緑色蛍光タンパク質の報告はありませんでした。したがって、酸性細胞環境中の複数の生体分子の相互関係を調査するためにも、耐酸性で緑色の蛍光タンパク質が強く求められていました。
<今後の展開>
本研究成果により、酸性細胞環境中の未知の生命現象の解明に貢献すると期待されます。たとえば、既存の耐酸性の青・赤色蛍光タンパク質と併用することで、複数種のタンパク質の機能を同時に解析することが可能になります。また、Ca2+などの機能分子を検出するセンサーの作成も、将来的に応用可能です。これらのタンパク質・機能分子が関わる新たな疾病メカニズムの発見、また創薬スクリーニングへの貢献が期待されます。
<参考図>
図1 Gamillus作成の概略図
ハナガサクラゲの触手より、蛍光タンパク質の遺伝子をクローニングし、 タンパク質工学により明るさや単量体度を改良した。
(ハナガサクラゲは鶴岡市立加茂水族館の奥泉様よりご提供いただいた。)
図2(左)pHと蛍光タンパク質の蛍光強度の相関図。(右)GamillusまたはEGFPを発現するHeLa細胞の蛍光画像。Gamillusを用いることで、マクロオートファジーによりタンパク質がリソソームへと輸送される過程を、蛍光で観察できるようになった。スケールバー:10μm.
<用語解説>
- 注1) 蛍光
- 光を吸収し、その光よりも低エネルギー(長波長)の光を放出する物質の性質のこと。Gamillusは青色光(~500nm)を吸収し、緑色光(~520nm)を放出する。
- 注2) 蛍光タンパク質
- 蛍光を発するタンパク質の総称。2008年のノーベル化学賞で知られる下村 修 博士らが、1962年にオワンクラゲから初めて遺伝子を単離し、緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein,GFP)と命名した。
- 注3) X線結晶解析法
- 結晶化した分子にX線を照射し、回折の結果を解析することで、その立体構造を約0.1~1nmの精度で求めることができる手法。
- 注4) トランス型の蛍光発色団
- 蛍光タンパク質中の、実際に蛍光現象に関わる部位を蛍光発色団と呼ぶ。Gamillusの場合、グルタミン・チロシン・グリシンの3アミノ酸から成熟しできた蛍光団のうちの、チロシンの側鎖の向きが、一般の緑色蛍光タンパク質の逆向き(異性型)のトランス型を形成する。
<論文情報>
タイトル | “Acid-tolerant monomeric GFP from Olindias formosa” |
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著者名 | Hajime Shinoda, Yuanqing Ma, Ryosuke Nakashima, Keisuke Sakurai, Tomoki Matsuda and Takeharu Nagai |
doi | 10.1016/j.chembiol.2017.12.005 |
<お問い合わせ先>
永井 健治(ナガイ タケハル)
大阪大学 産業科学研究所 生体分子機能科学研究分野 教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
大阪大学 産業科学研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課