自分の身体に気づくための2つの処理過程を発見

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リハビリテーションなど身体認知のメカニズム理解へ

2019-01-25  東北大学 大学院情報科学研究科,科学技術振興機構

ポイント
  • 見ている手を自分の手であると気づくとき、人間は以下の2つを経験し、同じ処理過程から生じると仮定されていました。
    1.見ている手を自分の身体の一部だと感じる。
    2.見ている手の位置に自分の手があると感じる。
  • 自己身体の気づきにおける、これら2つの経験が、視覚と体性感覚の異なる処理過程に依存していることが本研究で判明しました。
  • 本成果は、人間の心の最も重要な特徴の1つである自己身体の気づきを理解する上で、有益な情報となる可能性があります。

東北大学 大学院情報科学研究科の松宮 一道 教授は、「自己身体の気づき」(自分の身体認知)に関して、体性感覚注1)処理と視覚処理で得られた情報が1つの統合的な処理過程で認識されるとする従来の説に対して、今回、目に見える「物理的な身体」ではなく、目に見えない「心の中の身体」を、バーチャルリアリティー技術を用いた実験心理学的手法により解明し、「身体所有感注2)」と「身体定位注3)」の2つの処理過程で認識されていることを新たに発見しました。本発見は、運動機能障害のリハビリテーションや身体能力開発などの分野において、新しい知見をもたらす画期的な成果です。

社会の高齢化に伴い、加齢による運動機能障害や脳卒中による運動麻痺を有する患者の急増は、現代社会が抱える課題となっています。特に従来のリハビリテーションでは、治療的介入により運動機能が向上しても、その向上効果が持続しないことが多く、これが運動機能障害を有する高齢者の社会復帰を阻む要因となっています。運動機能障害を克服する有効な手段を講じることは、高齢者の生活品質(QOL:Quality Of Life)を向上させるために緊急に対応すべき重要課題です。

本研究では、情報科学の観点から人間の身体認知のメカニズムを解明して、運動機能障害や心理的発達障害などの治療に役立てることを目標としています。運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、この「心の中の身体」の回復が運動機能障害を克服する鍵を握っています。

本研究では、被験者自身の手は見えないようにし、その代わりにコンピューターグラフィックスにより作成された手(CGハンド)を提示し、CGハンドに対して身体所有感を制御できる実験環境を構築し、「自己身体の気づき」のメカニズムを解明しました。

本成果は、2つの乖離した自己身体の気づきの処理過程の存在を初めて明らかにするもので、運動機能回復のためのリハビリテーションに重要な役割を果たしている身体認知のメカニズムを理解する上で重要な発見となりました。

この発見により、運動機能障害を有する患者の心の中で感じている自分の手や足の異常の度合いや、事故などにより身体の一部を失った患者さんが装着する義手や義足などの自己身体への帰属の度合いを評価するための指標作成の新たなガイドラインを提供する可能性があり、運動機能回復のリハビリテーションに画期的な効果が期待できます。

本研究は、2019年1月24日(英国時間)に「Scientific Reports」(電子版)に公開されました。

本成果は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ、日本学術振興会 科学研究費補助金、日立製作所 産学連携研究によって得られました。

<詳細な説明>

東北大学 大学院情報科学研究科の松宮 一道 教授は、「自己身体の気づき(自分の身体認知)」に関して、体性感覚処理と視覚処理で得られた情報が1つの統合的な処理過程で認識されるとする従来の説に対して、今回、目に見える「物理的な身体」ではなく、目に見えない「心の中の身体」を、バーチャルリアリティー技術を用いた実験心理学的手法により解明し、「身体所有感」と「身体定位」の2つの処理過程で認識されていることを新たに発見しました。本発見は、運動機能障害のリハビリテーションや身体能力開発などの分野において、新しい知見をもたらす画期的な成果です。

社会の高齢化に伴い、加齢による運動機能障害や脳卒中による運動麻痺を有する患者の急増は、現代社会が抱える課題となっています。特に従来のリハビリテーションでは、治療的介入により運動機能が向上しても、その向上効果が持続しないことが多く、これが運動機能障害を有する高齢者の社会復帰を阻む要因となっています。運動機能障害を克服する有効な手段を講じることは、高齢者の生活品質(QOL:Quality Of Life)を向上させるために緊急に対応すべき重要課題です。

本研究では、情報科学の観点から「自己身体の気づき」のメカニズムを解明して、運動機能障害や心理的発達障害などの治療に役立てることを目標としています。運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、この「心の中の身体」の回復が運動機能障害を克服する鍵を握っています。このような人間の身体認知の理解には、人間が心の中で感じている身体状態のモデル化が不可欠です。現在、国内外の多くの研究機関で「心の中の身体」を生成する脳内神経機構の解明に関する研究が盛んに行われていますが、「心の中の身体」の定量的な可視化はいまだ実現されていません。

実験心理学的研究により、「自己身体の気づき」は、図1に示すように、脳内において手などの身体部位から得られる視覚情報と体性感覚情報が統合されることで、自分の身体部位を身体の一部であると認識されることが報告されています。

自己身体の気づきを評価する際には、「自分の身体であると感じる」(身体所有感)という質問票を使った主観的評価と、「自分の身体があると感じる場所」(身体定位)を知覚的に判断する客観的評価の2つがあり、これらの評価された結果は、極めて相関が高いため、同じ処理過程を反映していると仮定されていました。

それに対して本研究では、被験者自身の手は見えないようにし、その代わりにコンピューターグラフィックスにより作成された手(CGハンド)を提示し、CGハンドに対して身体所有感を制御できる実験環境を構築しました。さらに異なる感覚情報を統計的に最適な方法で統合する最尤(さいゆう)推定モデル注4)を適用することで「自己身体の気づき」のメカニズムを解明し、1つの統合処理過程とする従来の仮定とは異なり、自分の身体であるという気づきには、「これは自分の手だ(who)」と感じる身体所有感、「自分の手はここにある(where)」と感じる身体定位を認識する2つの処理過程が存在することを発見しました(図2)。

身体所有感の評価値と身体定位の評価値に対して、身体に関する視覚情報のノイズ(身体部位の見えにくさ)の影響を心理物理実験により調べ、このノイズの影響を最尤推定モデルで説明できるかどうかを調べました。感覚情報のノイズによってその感覚情報の重みが系統的に変わることを予想しました。もし、身体所有感と身体定位が同じ処理過程を共有しているならば、これらの2つの処理過程におけるノイズの影響は、ともに最尤推定モデルと一致した振る舞いを示すはずです。

しかし、本研究では、身体定位のみ最尤推定モデルの振る舞いと一致し、身体所有感は最尤推定モデルの振る舞いと系統的にずれることを発見しました。この結果は、身体所有感と身体定位が脳内では乖離した処理過程であることを強く示唆しています。さらに、身体に関する視覚情報と体性感覚情報の統合過程におけるノイズの影響が、身体所有感と身体定位の間で系統的に異なることがわかりました。

本成果は、2つの乖離した「自己身体の気づき」の処理過程の存在を初めて明らかにするもので、運動機能回復のためのリハビリテーションに重要な役割を果たしている身体認知のメカニズムを理解する上で重要な発見となります。

運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、この「心の中の身体」の異常をいかに修正するかが効果的な運動機能回復の実現の鍵となります。現状では、患者に「自己身体の気づき」に対する異常は、身体所有感と身体定位を明確に区別していませんでした。例えば、義手に対する自己身体への帰属の度合いを評価するときに、義手を自分の手と感じるかという評価指標(身体所有感)と、自分が動かしたと思った位置に義手があるか(身体定位)という評価指標は、同じ指標であると仮定されています。しかし、本成果により、これら2つの指標は異なる処理過程に基づいていることが示されたため、たとえ義手を自分の手であると感じても、義手をうまく制御できない可能性があるということになります。従って、本発見により、運動機能障害を有する患者の心の中で感じている自分の手や足の異常の度合いや、事故などにより身体の一部を失った患者さんが装着する義手や義足などの自己身体への帰属の度合いを評価するための指標作成の新たなガイドラインを提供できる可能性があり、運動機能回復のリハビリテーションなどにおいて画期的な効果が期待されます。

<参考図>

図1 自己身体の気づき

図1 自己身体の気づき

手などの身体部位から得られる視覚情報と体性感覚情報を脳内で統合することで、見ている身体部位を自分の身体の一部であると認識することができる。

図2 「自己身体の気づき」のメカニズム(本研究成果)

図2 「自己身体の気づき」のメカニズム(本研究成果)

自分の身体の気づきには、「自分の身体部位はここにある」という空間的位置の知覚(身体定位)と「見えている身体部位は自分の身体だ」という主観的印象(身体所有感)は、同じ処理過程であると仮定されていた。しかし、本研究により、これらの処理過程は乖離した視覚と体性感覚の統合過程であることが明らかになった。

<用語解説>
注1)体性感覚
体性感覚は、皮膚の受容器からの感覚や、筋骨格系の受容器から得られる手足などの位置感覚から成る。
注2)身体所有感
心の中で主観的に感じている自分の身体に対する意識的経験のことを指す。自分の手を見たときに、私たちはその手が自分の身体の一部に属していると感じる経験。
注3)身体定位
自分の身体部位の空間的位置知覚のことを指す。例えば、私たちは自分の手が空間内のどこにあるのかを容易に答えることができる。このような知覚を身体定位と本研究では定義した。
注4)最尤(さいゆう)推定モデル
人間が周囲の環境を知覚するときには、視覚、聴覚、触覚などさまざまな感覚を利用することができる。例えば、目の前にあるコップの大きさを知覚する際に、視覚情報からその大きさを得ることもできるし、手で触ることで触覚情報からも同じ情報を得ることができる。このような状況では、視覚が優位に働くとこれまで考えられていた。しかし最近では、感覚情報の信頼性に応じて、視覚や触覚などの重みが統計的に最適な方法で計算され、視覚情報や触覚情報といった感覚情報の重み付き線形加算により最終的な知覚の出力が決定されると考えられている。この計算手法を最尤推定モデルと呼ぶ。
<論文情報>

タイトル:“Separate multisensory integration processes for ownership and localization of body parts”

DOI:10.1038/s41598-018-37375-z

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

松宮 一道(マツミヤ カズミチ)
東北大学 大学院情報科学研究科 教授

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

<報道担当>

東北大学 大学院情報科学研究科 広報室

科学技術振興機構 広報課

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