計算論的精神医学のデータベースの構築 ~精神疾患の理解と治療法の解決に向けて~

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2020-12-04 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第7部の山下祐一室長、東京大学総合文化研究科博士後期課程3年の加藤郁佳、専修大学人間科学部の国里愛彦准教授、慶應義塾大学精神・神経科の沖村宰特任助教、名古屋大学情報学研究科の片平健太郎准教授らの研究グループは、計算論的精神医学(※1)の論文を神経科学、精神医学、数理モデルの観点でタグ付けし、2次元マップ上でタグに沿って研究領域の状況を可視化したデータベース、CPSYMAP(https://ncnp-cpsy-rmap.web.app/)を作成しました。Webアプリケーション形式の本データベースは、分野全体の概観を直感的にわかりやすく視覚化し、効率的な研究を後押しできるようになる見込みです。
本研究により、「どの病気のどういう症状に数理モデルがあって、逆にどういうところが欠けているのか」を可視化して、先行研究の分布や今後さらに研究するべき領域を知ることが可能となり、今後の計算論的精神医学の方向性を決める上で重要な基盤が提供されることとなりました。
 研究成果は、グリニッジ標準時2020年12月4日6時(日本時間2020年12月4日15時)に国際精神医学誌『Frontiers in Psychiatry 』オンライン版に発表されました。

1.研究の背景

精神障害疾患の発症や病状には、遺伝子学から細胞、神経回路、認知・行動特性、周囲の環境に至るまで複数の階層の要因が複雑にからみあって影響します。そのため、精神障害を理解するためには、それらの相互作用のメカニズムを明らかにすることが欠かせません。今までの生物学的・心理学的研究の蓄積に加え、近年の数理計算科学的方法論の進歩により、数理の力で階層横断的に精神疾患を理解することが期待されています。例えば、神経回路モデルという数理モデルを用いて、自閉スペクトラム症について報告されていた神経活動の変調が、どのようにして臨床で見られる行動特徴につながるのか、といったメカニズムに迫る研究が可能になってきました(https://www.ncnp.go.jp/topics/2020/20200812.html)。そのような背景をもとに近年生まれた「計算論的精神医学」は数理・理論的手法を精神医学研究に応用して新しい知見をもたらそうとする研究領域です。脳における知覚・認知をある種の“計算”ととらえ、その情報処理プロセスを数理モデル化することで精神疾患への理解を深めることが期待されています。この分野は、神経科学、精神医学、数学的モデル化 にまたがる様々なバックグラウンドを持つ研究者が必要とされる、非常に学際的な分野です。したがって、計算論的精神医学の研究を加速させるためには、1つ1つの研究を、神経科学、精神医学、計算モデルの観点から整理して、異なる分野から得られた知識と結びつけることが極めて重要だと考えられます。

図1 計算論的精神医学の研究を整理する3つの軸

2.研究

本研究では、研究論文を二次元の「地図」として可視化できる新しいデータベース「計算精神医学研究地図、Computational Psychiatry Research Map(CPSYMAP)」を開発しました。このデータベースは、神経科学、精神医学、計算科学 の各軸に沿った論文の分布を色の濃淡で示しており、直感的にどの疾患にどのモデルを使った研究がどれくらいあるのかを概観することができます。さらに、表示する軸を選ぶ、キーワードで絞り込むなどの機能があり、これからより研究が必要になる領域等を絞り込むことができます。
2020年10月時点でデータベースに登録されている論文は合計248件で、今後さらに増えることで分布が変化することが予想されますが、このデータベースを使って可能な分析の例として、例えば、計算論的アプローチが用いられている論文では統合失調症スペクトラムやその他の精神病性疾患が最も多く取り上げられている(95 論文)一方で、双極性障害や関連障害、不安障害に関する論文は、障害の有病率が高いにもかかわらず、登録数が比較的少ないことがわかり、さらなる研究が求められていることがわかりました(図2)。さらに、計算科学的観点からは、登録されている論文では、「脳の計算過程のモデル化(※2)」(101 論文)と「モデルフィッティング(※3)」(95 論文)の両方が多用されていることがわかりました(図3)。その他の手法も一定以上利用されており、この分野における方法論の多様性を示しています。

図2 疾患カテゴリごとに集計した論文数

図3 計算論的観点から実験デザインごとに集計した論文数

今回の研究では、視覚的にわかりやすい2次元マップの形で研究を整理するデータベースを開発しました。総説論文のように個別の研究を整理することを目的としていますが、Webアプリケーションという形式を取ることにより、利用者の希望に沿った研究領域の整理がボタンをクリックするといった直観的な操作で可能になり、さらに、論文情報の随時アップデートも可能になります。利用者が論文を入力することが可能な科学コミュニティー共有のシステムを作ることで新しい研究を始める研究者や既にその分野で論文を書いている研究者双方に利益があるシステムを目指しています。

図4 データベースの普及先

3.今後の展望・意義

今回の研究では、研究成果の新しい整理の仕方を提案し、計算論的精神医学という今後発展が見込まれる、学際的な分野の研究を整理することで、新規参入する研究者を増やす効果を狙っています。計算論のような新しいアプローチを可能にすることにより精神疾患の理解がより進み、将来的に治療等に役立てられることを期待しています。
現在、登録されている論文の数は限られていること、またタグ付けが個々の研究者の手作業によっている、という課題があります。その課題を解決するために、次回のアップデートでは、開発中のプログラムによってデータベースに登録するのに適した候補論文を推薦し、個々の論文にタグ候補を付けてユーザーに提示し、登録を半自動化することを計画しています。この自動論文抽出・タグ提案が可能になれば、他の分野の論文でのデータベースの作成のハードルも下がり、様々な領域での研究支援に役立つと思われます。

研究者のコメント:
「どの病気のどういう症状に数理モデルがあって、逆にどういうところが欠けているのか」を可視化して、先行研究の分布や今後さらに研究するべき領域を知りたいというモチベーションで開発に踏み切りました。複雑な精神医学の研究が整理され、多くの研究者にとって利用しやすい形を提案することで、精神疾患の理解と治療法の解決に貢献できればと思います。

4.用語解説

※1計算論的精神医学
数理・理論的手法を精神医学研究に応用して新しい知見をもたらそうとする研究領域を指し、大規模データに機械学習等を使用するデータ駆動型、脳の機能を数理モデルで説明し、疾患と結びつける理論駆動型などの研究がある
※2 脳の計算過程のモデル化
脳における知覚・認知をある種の「計算」ととらえその情報処理プロセスを数理モデル化し計算機構の違いによって疾患を捉えようとする方法
※3 モデルフィッティング
個人や疾患群のデータに近いデータを生成するモデルのパラメータを推定することで、その個人や疾患群の認知・行動特性とその偏り・変調を表現する方法

5.原著論文情報

雑誌名:Frontiers in Psychiatry
論文名:Computational Psychiatry Research Map (CPSYMAP): a New Database for Visualizing Research Papers
執筆者名(所属機関名):加藤郁佳(東京大学)、国里愛彦(専修大学)沖村宰(慶應義塾大学)片平健太郎(名古屋大学)山下祐一(国立精神・神経医療研究センター)
掲載(予定)URL:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyt.2020.578706
DOI:10.3389/fpsyt.2020.578706
データベースURL: https://ncnp-cpsy-rmap.web.app/
データベースのコンセプト:
https://speakerdeck.com/cpsymap/ji-suan-lun-de-jing-shen-yi-xue-falselun-wen-detabesu-cpsymap-falsekonseputo-29dbd26a-2ac4-4e87-a90d-70bfb91181d3

6.助成金

研究費名:JST CREST
研究課題名:認知ミラーリング:認知過程の自己理解と社会的共有による発達障害者支援
研究代表者名(所属機関名):長井志江(東京大学)

研究費名:新学術領域「人工知能と脳科学の対照と融合」(公募研究)
研究課題名:深層学習を用いた安静時機能的MRIからの汎用特徴量抽出
研究代表者名(所属機関名):山下祐一(NCNP)

研究費名:科学研究費 基盤A
研究課題名:人工知能技術と疾患横断的・次元的アプローチに基づく精神障害の計算論的診断学の創出
研究代表者名(所属機関名):山下祐一(NCNP)

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第七部
山下祐一

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係

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