2019-04-09 東大病院
1.発表者:
長谷川 頌(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 医師/東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻 医学博士課程 4 年/日本学術振興会 特別研究員)
田中 哲洋(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 講師)
南学 正臣(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 教授)
洲﨑 悦生(東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野 講師/科学技術振興機構 さきがけ研究員)
上田 泰己(東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野 教授/理化学研究所生命機能科学研究センター合成生物学研究チーム チームリーダー/東京大学 ニューロインテリジェンス国際研究機構 主任研究者)
駒場 大峰(東海大学医学部 内科学系 腎内分泌代謝内科 准教授/東海大学医学部 腎臓病総合病態解析講座 准教授/東海大学 総合医学研究所 所員)
和田 健彦(東海大学医学部 内科学系 腎内分泌代謝内科 准教授)
深川 雅史(東海大学医学部 内科学系 腎内分泌代謝内科 教授)
2.発表のポイント:
◆臓器透明化(CUBIC)と 3 次元免疫染色を組み合わせることで、腎臓内部の交感神経が動脈周囲を取り巻くように走行している様子を世界で初めて可視化しました。
◆同手法を用いて、虚血再灌流障害後の腎臓では交感神経の機能異常が生じており、それが長期間遷延していることを明らかにしました。
◆交感神経障害の遷延は腎臓病の進行に影響を及ぼしている可能性があり、今後の研究につながる成果です。また、腎臓全体を包括的に把握する今回の手法は、今後の腎臓病研究において強力なツールとなることが期待されます。
3.発表概要:
腎臓は血液をろ過して尿を生成することで老廃物を排出し、体内の環境を一定に保つ働きをしています。腎臓の複雑な動きを制御するために交感神経系が重要な働きを担っていると考えられてきましたが、これまで腎臓における神経系の 3 次元構造を把握することは困難でした。
東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科の長谷川 頌医師・南学 正臣教授らは、大学院医学系研究科 システムズ薬理学の洲﨑 悦生講師・上田 泰己教授らが開発した臓器透明化手法「CUBIC」(注 1)を用いてマウスの腎臓を透明化し(図 1)、3 次元免疫染色(注 2)を組み合わせることで腎臓全体の交感神経の構造を把握することに成功しました。
その結果、交感神経は動脈の周囲を取り巻くように走行していることが明らかとなり(図 2)、交感神経が動脈の収縮を制御していることが裏付けられました。また、腎臓の虚血再灌流障害(腎臓の血流が一時的に急激に低下することによる障害:急性腎障害)後に、交感神経の機能異常が長期間にわたって遷延していることを明らかにしました(図 3)。急性腎障害が慢性腎臓病に移行するメカニズムには未解明の部分が多いですが、今回見出した腎交感神経の機能異常が病態に影響している可能性もあり、今後の研究につながる成果です。
さらに研究チームは、交感神経・動脈だけでなく、腎臓の他構造(集合管・近位尿細管・糸球体)を臓器全体で可視化することにも成功しました(図 4)。この臓器透明化(CUBIC)と 3 次元免疫染色を組み合わせた観察法は、今までにない包括的な視点を提供することで、今後の腎臓病研究において強力なツールとなることが期待されます。
本研究成果は、日本時間 2019 年 4 月 9 日に、国際学術誌 Kidney International にオンライン掲載されました。
4.発表内容:
腎臓は血液をろ過して尿を生成することで老廃物を排出し、体内の環境を一定に保つ働きをしています。腎臓の複雑な動きを制御するために交感神経系が重要な働きを担っていると考えられてきましたが、これまで腎臓における交感神経の 3 次元構造を把握することは困難でした。臓器全体での 3 次元構造を把握する手段として CT(computed tomography:コンピューター断層撮影)や MRI(magnetic resonance imaging:磁気共鳴映像法)がありますが、特定の機能を持った細胞を標識して観察することはできません。一方、顕微鏡を用いた従来の病理組織学的解析では、臓器を薄い切片に切ってスライドガラスに載せて特定の細胞を標識することはできますが、臓器全体の構造を 3 次元で把握することができません。
東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科の長谷川 頌医師・南学 正臣教授らは、腎臓内の交感神経の 3 次元構造を把握するために、近年開発が進んでいる「臓器透明化」を利用しました。東京大学大学院医学系研究科 システムズ薬理学の洲﨑 悦生講師・上田 泰己教授らが開発し、発展させてきた臓器透明化手法「CUBIC」を用いてマウス腎臓を透明化し、3 次元免疫染色によって交感神経に特異的なマーカーであるチロシン水酸化酵素を標識し、高速三次元撮影が可能であるライトシート顕微鏡(注 3)を用いて腎臓全体の観察を行いました。
その結果、交感神経は動脈の周囲を取り巻くように走行していることが明らかとなり(図 2)、交感神経が動脈の収縮を制御していることが裏付けられました。また、腎臓の虚血再灌流障害(腎臓の血流が一時的に急激に低下することによる障害:急性腎障害)を起こしてから 10 日後の腎臓を透明化して観察したところ、交感神経マーカーで標識される領域が健康な腎臓と比べて著明に減少していました(図 3)。交感神経から分泌される神経伝達物質であるノルアドレナリンの量を測定したところ、虚血再灌流障害 10 日後の時点の腎組織内では著明に低下していたことから、交感神経の機能異常が生じていることが裏付けられました。さらに、経時的な変化を観察したところ、交感神経マーカーで標識される領域は障害直後に最も減少し、時間と共に徐々に回復するものの、28 日後でも完全には回復しておらず、交感神経の機能異常が長期間にわたって遷延していることが分かりました(図 3)。急性腎障害が生じた後、徐々に線維化を中心とする慢性腎臓病に移行していくことが知られていますが、今回見出した遷延する腎交感神経の機能異常が病態に影響している可能性もあり、今後の研究につながる成果です。
さらに研究チームは、交感神経・動脈だけでなく、腎臓の他構造(集合管・近位尿細管・糸球体)を、それぞれ 3 次元免疫染色を用いて標識することによって臓器全体で可視化することにも成功しました(図 4)。この臓器透明化(CUBIC)と 3 次元免疫染色を組み合わせた観察法は、今までにない包括的な視点を提供することで、今後の腎臓病研究において強力なツールとなることが期待されます。
本研究は、東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科、東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野、東海大学医学部 内科学系 腎内分泌代謝内科の共同研究として行われました。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Kidney International」(オンライン版:4 月 9 日)
論文タイトル:Comprehensive three-dimensional analysis (CUBIC-kidney) visualizes abnormal renal sympathetic nerves after ischemia/reperfusion injury.
著者:Sho Hasegawa, Etsuo A. Susaki, Tetsuhiro Tanaka, Hirotaka Komaba, Takehiko Wada, Masafumi Fukagawa, Hiroki R. Ueda, and Masaomi Nangaku
DOI:https://doi.org/10.1016/j.kint.2019.02.011
6.問い合わせ先:
<研究内容に関するお問い合わせ先>
東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科
医師 長谷川 頌(はせがわ しょう)
<広報担当者連絡先>
東京大学医学部附属病院
パブリック・リレーションセンター(担当:渡部、小岩井)
東京大学医学部・医学系研究科総務係
東海大学医学部・健康科学部・総合医学研究所
伊勢原研究推進部 伊勢原研究支援課(担当:石田)
7.用語解説:
(注 1)CUBIC; Clear, Unobstructed Brain/Body Imaging Cocktails and Computational analysis
東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野/理化学研究所生命機能科学研究センター合成生物学研究チームの上田 泰己教授らによって開発された臓器透明化による全臓器の 3 次元蛍光イメージングとコンピューターを用いた画像解析のパイプライン。臓器の形態およびタンパク質の抗原性を残しながら透明にすることで、臓器全体を薄切せずに蛍光イメージングすることが可能となる。
(注 2)3 次元免疫染色通
常の免疫染色は、抗体を用いてスライドガラス上の薄切標本における特定のタンパク質の局在を観察する手法である。3 次元免疫染色は透明化した臓器を薄切せずに丸ごと染色する手法であるが、臓器の内部まで抗体を浸透させる点が難しい。本研究は、マウス腎臓における様々な抗体の 3 次元免疫染色法を確立した点でも意義が大きい。
(注 3)ライトシート顕微鏡(light sheet fluorescence microscopy:LSFM)
シート状のレーザーを左右から照射し、サンプル内の蛍光シグナルを上部に設置されているレンズで検出する顕微鏡。シート状レーザーの最薄部は 10 μm に設置されており、光学セクショニングを行うことで透明なサンプルの高速三次元撮影が可能となる。
8.添付資料:
図 1. マウス腎臓の透明化。臓器内部のタンパク質の抗原性を残して透明にすることで、臓器を薄切せずに内部構造を観察できるようになる。
図 2. 透明化したマウス腎臓全体の交感神経・動脈の 3 次元構造。交感神経(sympathetic nerves)・動脈(arteries)を重ね合わせると(merged)、交感神経が動脈を取り巻くように走行していることが分かる。
図 3. 虚血再灌流障害(IRI; ischemia/reperfusion injury)後の腎臓内交感神経の脱落。腎障害後に交感神経の異常が生じており、徐々に回復するものの、28 日後まで遷延していることが分かる。
図 4. 集合管(collecting duct)・近位尿細管(proximal tubules)・糸球体(足細胞;podocyte) をそれぞれのマーカーで標識し、腎臓全体における 3 次元構造を可視化した。腎臓全体を包括 的に把握する今回の手法は、今後の腎臓研究における強力なツールとなることが期待される。