歩行性害虫の「接触感染」を避ける術
2019-05-08 京都大学
矢野修一 農学研究科助教、中井友也 農学部生(研究当時)は、ヤブガラシというつる草が、ハダニによる加害を防ぐため、ハダニのいる植物には巻きつかないことを世界で初めて発見しました。
自重を支えるために周りの他植物に巻き付くつる草は、他植物と触れる際に想定される災害に備えるべきです。ナミハダニという歩行性の害虫がいる植物につる草が巻きつくと、ハダニがつるを歩いてなだれ込み激しく加害されます。
本研究グループは、アサガオのつるとヤブガラシという雑草の巻きひげが、ハダニがいる植物を避けるかどうかを調べるため、コマ落とし撮影でつる草が動く方向を見極めて、その予測進路にハダニがいるマメ株、またはいないマメ株を置いて巻きつく割合を比べました。アサガオはどちらにも巻き付きましたが、ヤブガラシの巻きひげはハダニがいるマメ株に触れると巻き付かずに離れました。つまり、ヤブガラシがハダニのいる植物に巻きつくことを避けてハダニの「接触感染」を防ぐことが示されました。ヤブガラシはハダニが植物の表面に張る網を感知すると考えられます。
この「賢さ」は、害虫から自分で身を守る多くのつる草の雑草が持つと予測されます。この賢さを逆手にとれば、アサガオは巻きつくけれども、賢い雑草は巻きつかないといったフェンス素材の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、2019年4月29日に、国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究のイメージ図
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-019-43101-0
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/241120
Tomoya Nakai & Shuichi Yano (2019). Vines avoid coiling around neighbouring plants infested by polyphagous mites. Scientific Reports, 9:6589.
京都新聞(5月8日 23面)に掲載されました。
詳しい研究内容について
つる草はハダニがいる植物には巻き付かないことを発見
―歩行性害虫の「接触感染」を避ける術―
概要
自重を支えるために周りの他植物に巻き付くつる草 は、他植物と触れる際に想定される災害に備えるべきで す。ナミハダニという歩行性の害虫がいる植物につる草が巻きつくと、ハダニがつるを歩いてなだれ込み激し く加害されます。
京都大学大学院農学研究科 矢野修一 助教、中井友也 農学部学部生(現:毎日放送)は、ヤブガラシ というつる草が、ハダニによる加害を防ぐため、ハダニのいる植物には巻きつかないことを世界で初め て発見しました。
矢野助教らは、アサガオのつるとヤブガラシという雑草の巻きひげが、ハダニがいる植物を避けるかどう かを調べるため、コマ落とし撮影でつる草が動く方向を見極めて、その予測進路にハダニがいるマメ株または いないマメ株を置いて巻きつく割合を比べました。アサガオはどちらにも巻き付きましたが、ヤブガラシの巻 きひげはハダニがいるマメ株に触れると巻き付かずに離れました。つまり、ヤブガラシはハダニがいる植物に 巻きつくのを避けてハダニの「接触感染」を防ぐのです。ヤブガラシは、ハダニが植物の表面に張る網を感知 するようです。
この「賢さ」は、害虫から自分で身を守る多くのつる草の雑草が持つと予測されます。この賢さを逆手にと れば、アサガオは巻きつくけれども、賢い雑草は巻きつかないフェンス素材を開発できるかもしれません。
本研究成果は、2019 年 4 月 29 日に、国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
1.背景
つる草は、自重を支えるために周りの他植物に巻き付く生活を送りますが、相手の植物に触れるとその植物 にいるハダニなどの飛べない小型の害虫にみすみす侵入路を与えることになります。ふつうの害虫は餌にする 植物の種類が限られますが、ナミハダニはとても多くの植物を餌にしますので、つる草の多くが餌になります。 したがって、ハダニがいる植物につる草が巻きつくと、ハダニに文字通り「接触感染」しますので、つる草と してはこの一大事を避けるべきです。
ヤブガラシは,人里にはびこるつる草で「貧乏葛」と呼ばれて嫌われていますが、その一方で、野外で生き 抜くこの雑草の「賢さ」が近年注目されています。ヤブガラシの巻きひげ(他植物に巻きつくための器官)は、 巻きつく相手の植物が身内のヤブガラシかどうかを識別し、身内には手心を加えて共倒れを防ぐ能力を持ちま す。それほど賢いヤブガラシの巻きひげならば、害虫のハダニがなだれ込むかもしれない一大事を感知できる に違いない、と予測したのが研究のきっかけです。せっかくですので、つる草といえば誰もが思いつくアサガ オも使って、ハダニがいる植物に対する反応を調べてみました。
2.研究手法・成果
アサガオのつるとヤブガラシの巻きひげが、ハダニがいる植物を避けるかどうかを調べました。人間の時間 感覚では植物は静止して見えますが、コマ落とし撮影して数百倍の速度で再生すると、つる草は巻きつく対象 を探して生き生きと動き回っています。アサガオの場合は、上から見て反時計方向に回転します(市販の web カメラとパソコン、コマ落とし撮影用のフリーソフトがあれば観察できますので、夏休みの自由研究におスス メです)。
つるや巻きひげの動きの方向を見極めて、予測進路にハダニがいるマメ株またはいないマメ株を置いて巻き つく割合を比べました(図1a)。アサガオはどちらにも巻き付いて、ハダニのいるマメに巻きついてしまった アサガオは、ハダニまみれになってひどく加害されました。実験に使った Heavenly Blue という品種は、緑の カーテンによく利用されるくらいですから、何にでも巻きつくように品種改良されてきたのかもしれません。 一方で、ヤブガラシの巻きひげはハダニがいるマメに触れると激しく縮れて離れ、巻き付きませんでした。こ の結果は、つる草がハダニのいる植物に巻きつくのを止めてハダニの「接触感染」を防ぐことを示す初めての 例です。
さらなる実験の結果、ヤブガラシは、加害されたマメの匂い(図1b)や巻きひげに侵入するハダニではなく、 ハダニが植物表面に張る網(図1c、図2)を感知して避けることがわかりました。また同じ網でも植物を加害 しない(むしろ守ってくれる)蜘蛛の網は避けないこともわかりました。ハダニの網に触れて縮れた巻きひげ (図2)が、しばらくすると元の形に戻ることから、この反応はヤブガラシによる能動的な反応だと考えられま す。
3.波及効果、今後の予定
ヤブガラシに限らず、野外で生き抜くつる草の雑草はどれもハダニの侵入を避けたいに違いありません。ま ずは、他のつる草がヤブガラシと同様の「賢さ」を持つかどうかを調べる必要があります。この「賢さ」を逆 手にとれば、アサガオなどの「賢くない」栽培植物は巻きつくけれども、「賢い」雑草は巻きつきにくい、夢 のフェンス素材が開発できるかもしれません。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、(京都大学運営交付金と)日本学術振興会科学研究費助成金(課題番号 15K07792)の援助を受けま した。
<研究者のコメント>
この研究のきっかけは、ハダニがいる植物をつる草が避ける現場を 目撃したからではありません。その逆の順序です。生き物が賢く出 来ているとすれば、ハダニがいる植物をつる草が避けるべきだと理 詰めで予測して調べたら、本当にそうだったので感動しました。あ るがままの世界を観察して面白い現象を探すのもひとつの方法です が、生き物は賢いはずだという色眼鏡で世界を眺める方法も楽しい ですよ。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Vines avoid coiling around neighbouring plants infested by polyphagous mites(つる草は多食性 ダニに加害された隣接植物に巻き付くのを避ける)
著 者:中井友也(研究当時京都大学農学部4回生、現:毎日放送社員)・矢野修一(京都大学大学院農学 研究科助教)
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:doi.org/10.1038/s41598-019-43101-0
<イメージ図>
図 1 a) ハダニに加害された植物、b) 加害された植物の匂い、c) ハダニの網に対するヤブガラシの巻き付き を調べるための実験装置
図2 割り箸表面につけたハダニの網に触れると(上)、ヤブガラシの巻きひげは激しく縮れる(下)。