他人の利益を考慮する意思決定の脳回路

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脳回路の働き方の違いが社会行動の個人差にも関わる

2019-05-22 理化学研究所

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター学習理論・社会脳研究チームの中原裕之チームリーダー、ニン・マ研究員、福田玄明客員研究員らの国際共同研究グループは、他人の利益を考慮する意思決定の脳回路を発見しました。

本研究成果は、他者理解や共感など人間の複雑な社会行動を形作る脳の働きの理解、その脳内情報処理の理解に貢献すると期待できます。

私たちの意思決定は、自分自身への報酬(利益)に基づいて決定されますが、社会的場面においては、自分自身への報酬には関係しない他者への報酬が意思決定に影響する場合がしばしばあります。しかし、他者への報酬をどのように自分の報酬と統合して意思決定に至るのか、その神経メカニズムに関してはほとんど分かっていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、fMRI(機能的磁気共鳴画像測定)[1]を用いた実験を行い、その実験データを数理モデル[2]で解析することで、他者への利益と自分の利益を統合する、いわば他人の利益の“脳内為替”を行う意思決定に関わる脳回路を特定しました。さらに、向社会的な人と個人主義的な人では、この脳回路の働き方に違いがあることも発見しました。これは、個人差のある社会的行動の背景に、この脳回路の働き方の違いがあることを示しています。

本研究は、米国の科学雑誌『Journal of Neuroscience』のオンライン版(4月18日付け)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 脳神経科学研究センター
学習理論・社会脳研究チーム
チームリーダー 中原 裕之(なかはら ひろゆき)
研究員 ニン・マ(Ning Ma)
テクニカルスタッフⅠ 原澤 寛浩(はらさわ のりひろ)
客員研究員 福田 玄明(ふくだ はるあき)
研究基盤開発部門 機能的磁気共鳴画像測定支援ユニット
ユニットリーダー(当時) カン・チェン(Kang Cheng)
専門職研究員 上野 賢一(うえの けんいち)

東北大学 学際フロンティア研究所
助教 鈴木 真介(すずき しんすけ)

スタンフォード大学心理学部
Assistant Professor ジャスティン・ガードナー(Justin Gardner)

国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 微細構造研究部
部長 一戸 紀孝(いちのへ のりたか)

情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター
研究マネージャー 春野 雅彦(はるの まさひこ)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)「人工知能と脳科学の対照と融合(領域代表者:銅谷賢治)」の「人工知能と脳科学の融合研究の推進(研究代表者:銅谷賢治)」および、同新学術領域研究(研究領域提案型)「意思決定のための価値の生成と統合の脳機能:数理モデルの提案とその実験検証(研究代表者:中原裕之)」による支援を受けて行われました。

背景

私たちの意思決定は、自分自身への報酬(利益)に基づいて決定されると考えられています。しかし、社会的場面においては、自分自身への報酬には関係しない他者への報酬が意思決定に影響する場合がしばしばあります。このことは、行動実験ではよく知られており、他者への報酬の脳内表現については多くの研究が行なわれてきました。

しかし、他者への報酬をどのように自分の報酬と統合して意思決定に至るのか、その神経メカニズムに関してはほとんど分かっていませんでした。この神経メカニズムは、私たちの社会行動の基盤となっている可能性があり、人間の社会性を理解する上で極めて重要であると考えられます。

そこで、国際共同研究グループは、自分自身への報酬だけでなく、他者に与えられる報酬も考慮して行う意思決定課題を、fMRI(機能的磁気共鳴画像測定)スキャナーの中で行い、意思決定を数理モデルで定量化し、その定量化された意思決定と脳活動の関係を調べることで、他者への報酬を考慮する意思決定の脳回路について調べることにしました。

研究手法と成果

実験では、実験参加者(20~32歳の男女36人)に、fMRIスキャナーの中で以下の3種類の選択課題を行ってもらいました。「基本課題」は、左右に提示されるニつのくじから一つを選択する課題で、それぞれの選択肢には、当たりやすさと当たった場合の報酬額が示されています。実験参加者は自分の報酬を最大化するように、くじを選択しました。「他者課題」は、基本課題と同様ですが、左右どちらか一方のくじにだけ、他者への追加報酬(ボーナス)がついていました。もし、他者ボーナスのついたくじを選択すると、他者に報酬が支払われることになっていました。これにより、実験参加者の選択は、自分の報酬だけでなく、他者の報酬にも影響することになります(図1)。もう一つの課題は、「自己ボーナス課題」です。自己ボーナス課題では、自分自身への追加報酬がどちらか一方についていました。これら三つの課題によって、追加報酬がどのように処理されるのか、その処理は他者ボーナスと自己ボーナスでどのように異なるのかを解析しました。

次に、実験参加者の選択行動について、ロジスティック回帰分析[3]を用いた数理モデルから、意思決定行動の定量化を行いました。具体的には、それぞれの実験参加者の選択が、他者ボーナスにどれくらい影響を与えるかを明らかにしました。その影響の程度を自己ボーナスの場合の選択と比べることで、各実験参加者について、他者ボーナスと自己ボーナスの主観的価値を推定しました。その推定量に対応する脳活動を調べることで、他者の利益を勘案する意思決定の脳活動とその対応する脳回路を分析しました。

その結果、自己ボーナスの提示の場合には、左背外側前頭前野[4](left dlPFC)に脳活動があることが分かりました。他者ボーナスの提示の場合には、左背外側前頭前野に加えて右側頭頭頂接合部[5](right TPJ)にも脳活動がありました。これらは、自己ボーナスと他者ボーナスの間には共通の処理と、さらに他者ボーナスに特有な処理があることを示しています。そして、他者ボーナスの行動選択への影響の大きさは右前島皮質[6](right AI)の活動が対応し、最終選択に関わる主観的価値は内側前頭前野[7](mPFC)の活動が対応することを発見しました。

その上で、これらの脳活動の関係を調べるコネクティビティ分析[8]を行い、他者ボーナスの提示の場合は、右側頭頭頂接合部(right TPJ)と左背外側前頭前野(left dlPFC)→右前島皮質(right AI)→内側前頭前野(mPFC)の3段階の脳活動のカスケードがある脳回路を同定しました(図2赤矢印)。この一方で、自己ボーナスの場合には、右前島皮質(right AI)を経由せずに、左背外側前頭前野(left dlPFC)→内側前頭前野(mPFC)への直接のカスケードがあることが分かりました(図2緑矢印)。これらの結果は、他者の報酬を意思決定に統合するときには、特有の脳回路が働くことを、特に右前島皮質(right AI)が他者の報酬を選択に勘案するための処理を担っていることを示しています。

私たちはこの脳回路の特性がさまざまな社会行動の個人差の基盤になっていると推測しています。そこで、今回の実験で、各実験参加者に行っていた社会的価値志向性テスト[9]の結果を利用しました。このテストにより各被験者の社会的態度を調べることで、向社会的な人と個人主義的な人に分けることができます。この分類をもとにして、上述の脳活動をさらに詳しく解析しました。その結果、向社会的な人と個人主義的な人の間で、異なる脳活動の特性があることが分かりました。個人主義的な人では、右前島皮質(right AI)→内側前頭前野(mPFC)が優勢なのに対して、向社会的な人では、自己ボーナスの場合と同様に左背外側前頭前野(left dlPFC)→内側前頭前野(mPFC)の脳活動の流れが優勢となりました。これはつまり、向社会的な人では、自己ボーナスの場合と同じ脳活動の流れが、他者ボーナスの時にも強く働いていることを示します。このことは、今回発見した回路が、複雑な社会行動の個人差の根底にある可能性を示しています(図3)。

今後の期待

本研究の成果により、私たちの社会行動のもとになる神経基盤の一つが特定されました。さらに、この回路の働き方の違いが社会行動の個人差にも関わることが明らかになりました。

今後は、本研究で明らかにされた神経基盤をもとに、どのような場合にどのような社会行動が起こりやすいのか、どのような人がどのようなモチベーションで社会的な行動をとるのかが定量的に明らかにされていくものと期待できます。

原論文情報

Haruaki Fukuda, Ning Ma, Shinsuke Suzuki, Norihiro Harasawa, Kenichi Ueno, Justin L Gardner, Noritaka Ichinohe, Masahiko Haruno, Kang Cheng and Hiroyuki Nakahara, “Computing Social Value Conversion in the Human Brain”, Journal of Neuroscience, 10.1523/JNEUROSCI.3117-18.2019

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 学習理論・社会脳研究チーム
チームリーダー 中原 裕之(なかはら ひろゆき)
研究員 ニン・マ(Ning Ma)
客員研究員 福田 玄明(ふくだ はるあき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. fMRI(機能的磁気共鳴画像測定)
    核磁気共鳴画像法(MRI)によって血流動態反応を検知することで、脳の神経活動を非侵襲的に計測する方法の一つ。
  2. 数理モデル
    時間変化する複雑な現象の一面を簡略化した形で表現し、微分方程式など数式を用いて現象を捉え、論理的に記述すること。
  3. ロジスティック回帰分析
    ニつの選択肢からの選択のような、2値の目的変数を予測するための統計的回帰モデル。
  4. 背外側前頭前野
    前頭前野の背外側に当たる領域で、自制心などの高次認知操作に関わるとされる脳部位。dlPFCはdorsolateral prefrontal cortexの略。
  5. 側頭頭頂接合部
    側頭葉と頭頂葉の接合部に当たる領域で、他者の心的状態の推測などの社会的認知に関わるされる脳部位。TPJはtemporoparietal junctionの略。
  6. 前島皮質
    島皮質の前部の領域で、情動の生起と関わるとされる脳部位。AIはanterior insulaの略。
  7. 内側前頭前野
    前頭前野の内側に当たる領域で、意思決定における主観的価値や選択に関わるとされる脳部位。mPFCはmedial prefrontal cortexの略。
  8. コネクティビティ分析
    脳内の各部位の情報処理のネットワークを推定するために行われるfMRIの解析方法。本研究では、Psychophysiological interaction analysis(PPI)とDynamic causal modeling (DCM)と呼ばれるニつの方法が使われた。
  9. 社会的価値志向性テスト
    自分と他者との間でお金などのリソースを、どのように割り当てるかについての好みを判別するテスト。

 

他人の利益を考慮する意思決定の脳回路

図1 課題の概要

左右に二つのくじが提示される。それぞれのくじには、当たりやすさと当たった場合の報酬が書かれており、実験参加者は、自己の報酬を最大化するように左右のどちらかを選択する。自己ボーナス課題、他者ボーナス課題では、さらに、ボーナスがどちらか片方のくじについており、自己ボーナス課題ではそのくじを選ぶと追加報酬を得ることができ、他者ボーナス課題では他者に報酬が支払われる(図の場合は左)。

他者の報酬を考慮した意思決定を行うための脳回路の図

図2 他者の報酬を考慮した意思決定を行うための脳回路

コネクティビティ分析により、赤矢印のように、他者ボーナスの提示を符号化する右側頭頭頂接合部(right TPJ)、左背外側前頭前野(left dlPFC)から右前島皮質(right AI)、そして最終の意思決定に関わる内側前頭前野(mPFC)への脳活動のカスケードが特定された。一方で、自己ボーナスの場合は、緑矢印のように、AIを経ずにleft dlPFCからmPFCへの直接カスケードがあることが分かった。

社会行動の個人差に伴う脳回路の働きの違いの図

図3 社会行動の個人差に伴う脳回路の働きの違い

個人主義的な人は、右前島皮質(right AI)から内側前頭前野(mPFC)への情報の流れが強かったのに対し、向社会的な人では左背外側前頭前野(left dlPFC)からmPFCへの情報の流れがより強くなっていた。

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